大戦終結編
第四四話 終戦
1945年の7月。世界は――――
―――――落ち着きを取り戻していた。
西に目を向ければ、エルヴィン・ロンメルを中心としたベルリン共和国はある程度の安定を見せ、イタリアの手を借りながら復興を進めていた。ナチスドイツに被害を受けた国々も、アメリカやイギリスの手を借りて、戦災からの復活を進めている。
東に目を向ければ、日本は全土を取り返し、台湾を日本領として正式に認められた。中華民国は崩壊し、中華立憲民主主義共和国が形成、中華民国内で逮捕されていた張学良が新たな政党を率い、政党政治の形をとることに成功した。
他にも、漢民族以外の中国人の国として、一悶着は合ったものの、永世中立国として満州国の建国が容認、モンゴル、大韓民国もそれぞれ民主主義国家として独立した。蒙古国は、満州国へと合併することを望んだため、実際にそのようにされた。
東南アジアでは、フィリピン、インドネシア、パプアニューギニアが独立。ラオス、カンボジア、ベトナムは会談の末、一まとめにインドシナ連邦として独立した。
タイやビルマ、ネパール等も、中華民国の占領から解放された。
戦後の極東国際裁判にて、中華民国の要人たちが裁かれ、蒋介石を中心とした国民政府要人や軍人は、無期懲役の刑に処された。しかし、日本が「満州事変以降大変迷惑をかけた」として温情をかけ、死刑判決を受ける者はいなかった。
これにて戦後の処理は終了し、各国は本格的に戦後復興の体制を整えていくのだった。
1945年7月18日。
「ベルリンの様子はどうだ?」
「順調です、瓦礫の撤去は終了したので、これから議事堂、民間人向けの家、基地の順で建築を始めるとか」
ブランドの問に、ハルが答える。
「租借したハノーファー周辺はどうなっている。核汚染に関する物は見つかったか?」
「はい、瓦礫や土の調査が進み、詳細が徐々に明らかになっています。ただ、ナチスが隠蔽した民間人への被害については、やはり見当たらないとロンメル首相から謝罪の電報が届きました」
苦い顔をしながら、ブランドは頷く。
「そうか、まあ重機でも送ってやれ、建築の役に立つだろう」
「了解しました」
アメリカは現在、多くの国に人員や重機を貸し、復興を手助けしている。そのための潤沢な資金も、相変わらず上手い根回しのおかげで、議員からの承諾を得られた。
「ああ、日本はどうだ? 内戦の傷や、北陸はかなり荒れているはずだろう?」
ハルは苦笑気味に、写真を数枚机に並べる。
「八割は復興が終了しているようで、一部では民間施設などではなく、歴史的重要文化財の復興などに力を入れているそうですよ」
日本は、第二次日中戦争が終わると同時に戦時緊急体制を解き、改めて民主化の改革を進めた。
大日本帝国憲法の一部を修正し、天皇陛下を国の象徴とする方針に変え、立憲君主制をとった。戦前日本の悪しき農地制度もアメリカに指摘を受け、改革に至った。他にも、他国への攻撃が誘発しないよう軍の統率の見直しを行い、あくまで国を守るための軍隊、自国防衛軍、略称『自防軍』へと名前を変更した。
20以上の男女問わず参加することができる普通選挙の制度も導入され、初めての総選挙も行われた。
そこで、臨時で首相をしていた片山哲は内務大臣へと下り、新たな首相には吉田茂が選ばれた。外務大臣は幣原が起用され、自防軍の元帥として、国防大臣には山本五十六が就任した。
「相変わらず日本には驚かされるばかりです。このまま復興を続けて、経済の活性化が進めば、いずれGDP諸々追い抜かされてしまいそうですね」
「そこは、商務大臣や次の大統領に期待だな」
そんな笑いに、ハルは驚きを隠せない。
「どうした?」
「大統領の座を、降りるのですか?」
現在、ブランドの支持率はアメリカ国内で圧倒的な過去最高を記録しており、46年2月に予定されている大統領選挙でも、当選確実と言われていた。
「ああ、次の大統領選挙に私は出ない。ついでに言うと、政治家としても店じまいだ。もう表に立つことは無い」
「どうして!? 貴方は最初こそ無名の存在として軽く見られてきました、正直私もそのうちの一人です。ですが今や英雄だ! 貴方は第二次世界大戦をアメリカの勝利に導き、アメリカの土地を守り切った」
ハルは珍しく取り乱し、心の内を暴露する。
「国連の発足だって成功し、貴方は今後の世界の平和すらも築き上げた! 私は感動した、あれほど敵対すると思っていた日本と上手く交渉し、互いの利益を追いながらここまでの協力関係を築いた! どうして、貴方が辞める必要があるのです!?」
あまりの勢いに、ブランドは目を丸くし、大きな笑い声を上げる。
「ハハハハ! 君はそんな風に思っていたのか、いやいや、これは意外だ。仕事人の君がこうまで私を引き留めるとは、いやはや驚きだ」
しばらく笑いがおさまらないブランドだったが、一息ついた後、ハルに言った。
「私は確かに色々やった。平和を目指し、アメリカを世界のリーダーにするためにな。だが、やり過ぎた」
席を立ち、窓の外を見つめるブランド。
「ハル、私の支持率は今いくつだ?」
「94%です」
「私は、人気になりすぎた」
首を捻るハル。
「支持率が高ければ、高いほど、私は行動しやすくなる。例えば、今から私がソ連に宣戦布告すると言い、それなりの理由を並べれば国民の3分の1は納得し、指示するだろう。ワシントンポストがそれを記事にし、私の息のかかったものがプラスになる見解を述べれば、さらに3分の1が納得するだろう」
何かを悟った目をしながら、ブランド零す。
「今の私と、大戦直前のヒトラー、何が違う?」
ハルは首を振る。
「根本から、思想が違います。ヒトラーは優勢遺伝子思想を掲げましたが、貴方は平等主義で平和主義だ」
「なぜそう言い切れる? 考えが変わる可能性は? 私は、その主義のためなら戦争も致し方ないと割り切ってしまう人間だ……私は、この国の剣なんだよ」
ハルはまだ何かを言おうと口を開くが、あまりにも人間離れしたそのブランドの振舞に、口を紡ぐ。
「剣は戦争が終われば必要ない。他の国を怖がらせ、自他ともに傷つけてしまう可能性があるからな」
大きく息を吐き、ブランドは言う。
「剣は大人しく、鞘へと戻るさ」
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