第三九話 大亜細亜同盟

1944年11月10日、シドニー。


「この度、ここに集まってくれたことに感謝する」


 フランス代表のシャルル・ド・ゴール。

 イギリス代表のウィンストン・チャーチル。

 ポルトガル代表のアントニオ・サラザール。

 オランダ代表のペーター・シュールド・ヘルブランディー。

 アメリカ代表のグリーン・ブランド。

 日本代表の幣原喜重郎。


 それぞれの国の首相達が、一つの机を囲んで座る。日本のみ、国内の事情と中国を考え、外相の出席となっている。


「あまり時間が無い、余計な挨拶はなしにして、本題に入ろう」


 ブランドは真剣な眼差しで、各代表に視線を合わせる。


「簡潔に言えば、各国のアジアにある植民地を、全て独立させたいのだ」


 数秒の沈黙。その言葉の意味を、各々が吟味しているような状態だ。


「何を言い出すかと思えば、今更植民地を手放せと? 正気ですか?」


 オランダ首相、ベルブランディーが異議を申し立てる。


「正気だ。貴国も、ドイツから解放され、本国のことで手一杯なのではないか?」

「それはそうだが、我がオランダ海上帝国が……」


 オランダは17世紀から18世紀にかけて、世界中に植民地を持ち、海上貿易で利益を上げた大国だったが、英仏との戦争により多くの植民地を失った。

 今現在保有できている、大国時代の残りが、インドネシアだった。


 そのため、自国の尊厳のためにも、それを手放すのは難しい判断だった。


「イギリスだって、インドを手放すのは無理がある。インド人はまだ知能が我々白人に追いつけていない。民主主義を導入し、選挙なんてやらせても、到底誰に投票すればいいのかなど分からないだろう」


 イギリス首相、チャーチルは言う。チャーチルは大英帝国の永遠の繁栄、イギリスの元の世界を夢に見ている。

 また、アジアに植民地を持つのは、知能の足りない劣等種族を導くためだと言い続けていた。


「しかし、同じアジアの日本のことは、評価していたじゃないか」


 ブランドがそう聞くと、チャーチルはいつもの葉巻煙草を加えて首を振る。


「インドと日本はあまりにも違いすぎる。日本はアジアでも特例すぎる国だ」


 幣原は声にこそ出さないが、各国の首相達が次々に口にする『アジア人は劣等種族であり支配される側である』という思想に強い怒りを覚えていた。

 しかし、幣原は口を開かない。ここでアジア人である自分が何を言っても変わらないことは、これまでの経験でよく分かっていた。


 幣原は自分の心中で呟き続ける。まだだ、まだ口を開くべきではない……と。


 しばらく、欧州組の主張を見守っていたブランドだったが、大きくため息をついて、ぽつりぽつりと呟きだした。


「……あなた方が望むのは何だ?」


 あまりの覇気に、欧州組の首相達は一斉に口を閉じる。


「何故そこまで自国のみの発展に執着する?」

「英国は神に選ばれた国であり、世界を――」

「その考えが、この戦争を引き起こしたのではないのか?」


 チャーチルの発言を、強い言葉でブランドはシャットアウトする。


「その思想で戦いの士気を高め、暴れまわった国がドイツではなかったか? 貴国は、自分たちの理想のために、我々アメリカに共闘を持ち掛けたのか?」

「そんなわけはないだろう。ドイツという平和を乱す悪を成敗するために、貴国の支援を仰いだのだ」

「そうだ、平和だ。我々連合国は、平和を目指してこの第二次世界大戦に臨んだのではなかったか?」


 机に置かれた氷水から、カランと音が響く。静まり返った会議室では、その音がはっきりと聞こえた。


「植民地主義が引き起こした戦争が第一次世界大戦だ。第二次世界大戦も、その延長に過ぎない。結局は拡大主義的な考えが台頭した結果がこの惨状だ」


 ブランドは休むことなく続ける。


「一体欧州戦線で何人死んだ? 我が国アメリカだけでもすでに30万近くの軍人が死んでいる。ソ連では800万、ドイツは500万以上だ。民間人も含めたら後どれだけ跳ね上がる?」


 ブランドがここまで感情的になって訴えるのは珍しく、何度か会談を行っていた日英の者は、心底驚いていた。


「そして、この惨状は誰が作った? ドイツか? ヒトラーか? 違う。第一次世界大戦の戦勝国たる我々だ! 払えもしない賠償金を押し付け、軍備を解体し、その後できた国際同盟など戦勝国による敗戦国の支配。ヴェルサイユ体制そのものが、今の惨状を作り出している!」


 息も絶え絶えに、熱くブランドは語る。


「今の中華を見ろ、拡大主義に染まり、アジアを支配しようとしているのは一目瞭然だ。アジアを押さえたら、次は世界を狙うかもしれないぞ?」

「……だから独立させ、アジア各国が共同して中華に当たらせようとしている訳か」


 フランス首相、ド・ゴールは小さく呟く。


「そうだ、拡大主義に飲まれる前に、民主国家として独立させ、拡大主義の拡散を防ぎたいんだ」

「……話は理解した」


 ベルブランディーが言い、チャーチルが頷く。

 だが、まだチャーチルは納得が行っていないような顔をする。


「しかし、民主国家として本当にやって行けるのかが分からないだろう? 我々のような導き手が居なくては……」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、幣原はようやく口を開いた。


「我々が、その役目を引き受けましょう」


 視線が幣原へと集まる。


「我ら日本が、アジア各国の導き手として、皆さんの後継を担います」


 幣原は各代表の視線が揺らいでいないことを見て、少なくとも話を聞いてくれると踏み、言葉を続ける。


「貴国らから独立したアジア各国は、日本が立ち上げる同盟へと加盟し、対中国、ゆくゆくは対共産主義の姿勢を貫きます。その同盟の中で、日本が援助を行いながら、アジア各国の運営を手伝っていきます」

「貴国に、それができるのか?」


 チャーチルは、試すような口調でそう聞く。


「出来ます。我ら日本は、民主主義国家であり、アジアの列強です。先を行った国として、アジアの国々に手本を示すことが出来るでしょう」


 幣原は言い切る。


「私は、日本に任せたいと思っている。同じアジア人同士で協力関係を築ければ、発展も早いことだろう」


 ブランドは、元からその気であった。日本をアジアのリーダーに置き、アジアの平和を作り出す。そのための会談が、このシドニー会談だったのだ。


「そうか、アメリカが言うなら、仕方あるまい」

「ああ、植民地を手放すのは痛いが、実際今のオランダには統治できる力はないからな」

「そうだな、フランスもおおむねオランダと同じだ」


 ブランドの言葉を受けた瞬間、皆の考えは一つへとまとまって行った。これがアメリカの力か、と幣原は感心した目でブランドを見つめる。ブランドは、そんな幣原にウィンクを返した。


 そこからの決め事は非常にスムーズに決まって行った……。



1945年2月4日。


 この日、欧米列強は世界に衝撃を与える発表を行った。それは、自国の持つアジア植民地を解放し、民主主義を実行するならば、独立国として認めるというものであった。


 ポルトガル、オランダ、フランス、イギリス、アメリカの五ヵ国が行ったことにより、これは五ヵ国宣言と呼ばれる。


 五ヵ国宣言を受けた国々はそれを承諾。


 2月5日、インドネシア独立、インドネシア共和国成立。

 2月7日、フィリピン独立、フィリピン共和国成立。

 2月8日、インドシナ半島独立、インドネシア連邦共和国成立。

 2月9日、パプアニューギニア島独立、パプアニューギニア共和国成立。

 2月10日、マレーシア半島独立、マレーシア共和国成立。

 同日、インド自治区独立、インド共和国成立。


と言うように、次々と独立、共和国を成立させた。


 そして同じタイミングで、日本は連合国に加盟、常任理事国の座についた後、新陣営を立ち上げた。

 その名も、『大亜細亜同盟』。アジアに所属する国々で団結し、欧米にも負けないような発展をしていこうという名のもとに築かれたこの同盟には、独立した各国、朝鮮、満州、モンゴルなども参加した。


 この同盟立ち上げには、念入りに根回しがされ、日本政府総出でアジア諸国へ出向き、同盟参加を約束してもらった。


 また、新たに中国と戦端を開くこと、同盟を築くことを天皇陛下にもご報告なさると。目を瞑り、粛々とした声でおっしゃられた。


「朕は平和を望むが、苦しむ他亜細亜の人々を見捨てることも忍び難し、人道と武士道を守り、是非にそれを遂行せよ」


 天皇陛下より御裁可を頂いた日本政府は、同盟結成へ奔走し、対中国戦争への準備を進めたのだった。

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