第37話 決意するお姉ちゃん
私はバスの中、泣きそうになるのを堪えながら、うつむいていた。
お姉ちゃんは私を振った。幸せにできないといった。
私がお姉ちゃんの妹だから? だからダメなの?
私が肩を落としていると、隣のさやかちゃんが、私に告白してきた女子が、さっきからずっと私のことをみてきている。まだ私と付き合いたいとか思っているのだろうか?
私はお姉ちゃん以外と付き合いたくなんてないのに。
「振られてしまったね」
そんなことをニコニコしながら、私につぶやいてくる。私は睨みつけながらつげた。
「あなたと付き合うつもりなんてありませんから」
「分かってるよ。でもこのままだと、君とお姉さんはもう二度と付き合えないかもしれないよ? 僕にいい方法がある。せめて聞くくらいはしてもいいと思うんだけどね」
さやかちゃんは賢い。流石に私には負けるとは思うけど、入試では一位を取っていた。私は二位だった。負けたのはたぶん、勉強時間のせいだ。私は二か月弱しか勉強できていなかった。正直、ショックだった。お姉ちゃんに褒めてもらおうと思ってたから。
「方法? 聞くだけならいいよ」
「僕と君が付き合えばいいんだよ」
私はさやかちゃんから目を背けた。流れる景色をみつめていると、さやかちゃんが肩を叩いてきた。私は睨みつけるようにして、さやかちゃんに視線を向ける。
「いい加減にしてよ!」
「違うよ。僕は君のためを思って提案したんだ。他人のもっているものが欲しくなるってことはないかい? もしも僕と君が付き合えば、君のお姉さんも君に興味をもつかもしれない。好きなときに振ってくれればいいよ。僕はこの通りモテるんでね、君にこだわる理由はないんだ」
さやかちゃんは確かに嫌味なほど綺麗な顔をしている。もちろんお姉ちゃんの方が綺麗だけど、匹敵するといっても過言ではない。
「……本当に別れてっていえば、別れてくれるの?」
「うん。嘘はつかないよ。僕は正直者なんだ」
さやかちゃんは綺麗だけど、胡散臭い笑顔を浮かべている。あんまり信じられないけれど、私だってこのままお姉ちゃんと距離が離れるのは嫌なのだ。さやかちゃんと恋人になんてなりたくはない。でもそこにしか希望がないというのなら、仕方ないのかもしれない。
「……分かった。でも変なことしないでよね」
「変なことしないよ。僕は紳士だからね」
「さやかちゃんは女の子でしょ?」
「まぁね。でも僕は中性的だからときどき男の子と勘違いされるんだ。君くらいだよ。僕をちゃん付けで読んでくれるのは」
さやかちゃんはクラスでも王子様扱いされている。女の子を男の子扱いするのはどうかと思った私は「さやかちゃん」と呼ぶことにしたのだ。そのせいで妙になつかれてしまったけど……。
「さっそく君のお姉さんにメッセージを送りなよ。僕と付き合うことになった、と」
「……送らないとだめ?」
「じゃないと意味ないよ? 僕と君が付き合っていると伝えて初めて、意味が生まれるんだから」
私はしぶしぶお姉ちゃんにメッセージを送った。
「私、さやかちゃんと付き合うことにしたから」
それを確認したさやかちゃんは突然、大きな声を出した。
「今日から、私とひまりさんは付き合うことになりました。よろしくお願いします!」
するとみんなキャーと黄色い声をあげた。男子たちもおぉと祝福している。
「ちょっと待って! どういうつもり!?」
「ごめんね、僕、嘘ついちゃった。僕はこの機会に君を手に入れるつもりだよ」
さやかちゃんはにやにやとした笑顔を浮かべている。
「……どういう意味?」
「外堀を埋めるってやつさ。もしも仮に、君のお姉さんが君のメッセージをみて、焦って、君に告白したとしよう。そしたら君はきっとその告白を受け入れるだろうね」
「当たり前だよ。私が好きなのはお姉ちゃんなんだから」
「でもこういう条件ならどうだろう。君と僕は付き合ったばかり。なのにその数日後に君が僕を振って、他の女、要するにお姉さんと付き合い始めたら、クラスのみんなは君を嫌いになるだろうね? それを知ったお姉さんは、果たして君に告白できるかな?」
さやかちゃんは、楽しむような笑顔で私の頬に手を当てる。
「君がみんなに、嫌われることを、受け入れられるかな?」
〇 〇 〇 〇
「さやかが、ひまりと付き合った……?」
「えっ?」
全身が冷えていった。頭が痛くなって、耳鳴りがして、胸が苦しくなって、吐き気もして。
「……私、帰る」
私はカバンをもって、席をたった。そしてそのまま、廊下を駆けだした。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。……こんなの、嫌だ。
「待って! 凛!」
私は紗月の声も聞かず、校門を出て家に帰った。そして、ベッドに倒れ込んだ。
天井がぐるぐる回っている。風邪をひいたときのように、頭が痛い。私は目を閉じて、ひまりのことを思い出す。ひまりは、可愛くて、いつも私のことを思ってくれていて。
でも私はその気持ちに答えようとしなくて。
私は起き上がって、小説、もといひまりとの毎日を記した日記を取り出した。視界が歪んで、涙がぽつりぽつりとこぼれて、字がにじんでしまう。でも私は文章を読むのを止められなかった。
一緒に水族館にいったり、ホテルにいったり、お弁当を食べさせあいっこしたり、キスをしたり。
色々な思い出が、ひまりと出会ってから今日までの思い出がたくさん頭の中をよぎっていく。
私は怖かった。ひまりと付き合って、やがて仲たがいして姉妹ですらいられなくなる未来が。
でも今は、ひまりと付き合えないほうがもっと怖いと思ってしまうのだ。
視界がぼやける。嗚咽が自然に漏れ出す。
だけどもう、全てが手遅れ。ひまりはさやかと付き合ってしまった。私に愛想を尽かしてしまったのだ。私が、あまりにも臆病だったから。
絶望に打ちひしがれていたそのとき、チャイムが鳴った。
私は涙を拭ってから、インターホンに向かう。そこには紗月が映っていた。
玄関の扉を開くと、心配そうな顔をした紗月がいた。
「紗月? 学校はどうしたの?」
「親友を放っておけるわけないでしょ」
優しい笑顔でそう告げて、紗月は私を抱きしめてくれた。
「さつき……。さつき」
私はえんえんと涙を流すことしかできない。やっと治まったと思った悲しみがまた溢れ出してきて、世界が涙の色に染まっていくのだ。そんな私をなだめるように、紗月は背中を撫でてくれた。
私は問いかける。
「もう、私、ひまりと恋人になれないのかな……?」
「大丈夫。私に考えがある」
「えっ?」
紗月は私の肩を押して、至近距離からじっと私をみつめる。
「略奪すればいいんだよ」
「略奪? でもひまりはもう私のこと……。だから他の人と付き合ったわけで」
「私はそうだとは思わないよ。あのひまりさんが、そんな簡単に想いを変えられるとは思えない。凜だって思うでしょ? あんな純度百パーセントの純愛ストーリを作る人が、果たして、簡単に気持ちを変えられるかな?」
紗月は強気の笑顔を浮かべていた。
「でもそうだとしても理由がわからないよ。どうしてひまりは他の人と……」
「きっとひまりさんは凛を嫉妬させたいんだよ」
「嫉妬?」
「うん。嫉妬させて、気持ちをむき出しにしてほしいって願ってるんだと思う。もしも私の推測が当たっているのなら、ひまりさんは凜のこと、見捨ててないよ」
紗月は力強く笑って、私を励ましてくれる。
「……本当に?」
「うん。私の賢さ、分かってるでしょ? クラスで一位とれるくらい賢いんだから、絶対にあたってるよ! だから凛はただ告白するだけでいい。それだけで、元の関係に戻れるよ」
紗月は心から私のことを思ってくれている。それを裏切りたくない。それに私だって、今回の件で気付いたんだ。自分が本当にひまりのことを好きだってこと。
だからもう止まりたくない。
私はぎゅっとこぶしを握り締めた。
「分かった。私、告白する」
「うん。その意気だよ。それじゃあ、今日は二人で学校休んで、ひまりさんのゲーム一緒に遊ぼうか」
「うん! ……本当にありがとうね。紗月」
私は笑顔で紗月に頭を下げた。すると紗月はクールな笑顔で告げた。
「親友なんだから当たり前だよ」
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