第36話 信じたくないお姉ちゃん
「なんでこんなに帰って来るの遅いんだよ? 浮気でもしてるんじゃねえのか?」
「あなたこそ、自分のことを棚に上げて。ずっと夜遊びばかりじゃない!」
お皿がぱりんと割れる音がした。
私はベッドの中で震えながら涙を流していた。
そんな毎日だったから、私はてっきり世の中のお父さんとお母さんというのは、これが当たり前なのだと思っていた。でも小学校に入ってみんなの話を聞くにつれて、違うのではないかと気づき始めた。
私はみんなが羨ましかった。仲のいい両親と過ごしていたみんなが、本当に。
休みの日は遠くにお出かけしたり、長期休暇は沖縄にいったり、私はそういう経験が全くなかったから、自分の生まれを呪うこともあった。その劣等感のせいか、小学生の頃は同級生と少しも上手く行かなくて、ずっとずっと孤立していたのだ。
家でも学校でも一人で。だから人と話すことに抵抗感が出てきて、中学でも人とはあまり関われなくて。夢の中で出会ったひまりくらいとしか、まともには話せなかった。
幸いにも両親が離婚するのとほぼ同時に高校生になってからは、気のいい紗月と出会うことができた。人ともある程度は話せるようにはなった。それでも過去を忘れることはできなくて。
恋人なんてつくる気にはなれなかった。
〇 〇 〇 〇
私は一人、教室でため息をついていた。すると登校してきた紗月が声をかけてくる。
「凛。どうしたの? 今日はやけに落ち込んでるね。あ! そういうことか。ひまりさんと離れ離れになったからか!」
「……私、ひまりを振っちゃった」
「は?」
「私、ひまりを幸せにできる自信、ないよ」。あの言葉は間違いなく、拒絶の言葉だった。
きっとひまりは、私を嫌いになったはずだ。あんなにも好きを伝えてくれていたのに、私はその気持ちに答えられなくて、それどころか拒絶してしまうなんて。
「は?」
さっきから紗月は私を睨みつけてきている。最悪なことをしてしまったのだということは、私も理解している。だから言い訳なんてするつもりもない。じっと黙り込んでいると、紗月は眉をひそめてつげた。
「好きなんじゃないの? だから恋人になったんじゃなかったの?」
「恋人になったのはひまりと姉妹としてもっと仲良くなるため。最初はそんな、恋人としては好きじゃなかったよ。姉妹としては大好きだったけどね?」
「最初はってことは、今は好き?」
「……うん」
ますます理解できないといった風に、紗月は目を細めた。
「だったらなんで振ったの?」
「幸せにできる自信がなかったから」
「どうしたの? 普段の凛、そんな悲観的な感じじゃないよね? ひまりさんと知り合ってからは明るくなって毎日楽しそうにしてたのに、どうしてそんな……」
私のお父さんとお母さんがとてつもなく仲が悪かったということを、紗月は知らない。私もそんなこと、話したくはない。気を使われたりとかしたくないし、気の毒だとも思われたくない。
そういう視線は、小学校、中学校で散々浴びてきたから。
「ほら、ひまりって天才でしょ? だから私なんかじゃ釣り合わないかなって」
「は? なに、凜はひまりさんが間違ってるとでもいうの?」
「え?」
「ひまりさんは自分の意志であんたのこと好きになったんだよ? ひまりさんは釣り合う釣り合わないなんて気にしないから、あんたの恋人になったんだよ? あんたは賢くはないけど、それくらいは分かるはず。……もしかして他に理由あるんじゃないの?」
紗月は心配そうに私をみつめている。本当に紗月には敵わない。出会ったときからしてそうだ。物凄く押しが強かった。私と紗月を結び付けてくれたのはひまりの作ったゲームだったんだけど、私がそれを遊んだことがないと聞くと無理やりにプレイさせてきたのだ。
私たちは一緒にひまりの作ったゲームをプレイして、笑ってそして泣いて、友達になった。
一人ぼっちの私を、紗月は無理やりに友達にした。今では本当に感謝してる。
そんな恩人相手に、嘘をつくのは、やっぱり違うような気がした。
「……実は、前のお父さんとお母さんの仲がとんでもなく悪くて。ちっさな頃からずっと毎日喧嘩してるくらいでね? それ以来、私は恋愛に対して、悪い感情しか持てなくなった」
「だからひまりさんを振ったの?」
「……うん」
私は窓の外をみつめる。どんよりとした曇り空だった。帰るころになると、雨が降るらしい。
黄昏ていると、紗月は突然、私の両肩を掴んで紗月の方へと向けさせた。
「ちゃんと仲直りしなさい!」
「え?」
「このままだとひまりさん、凜から離れちゃうよ!? それでいいの? 他の人と付き合っちゃってもいいの?」
ひまりが、他の人と。想像しただけで悲しくなってくる。
「……良くないよ」
「好きなら好きだっていいなよ! これからの人生、誰とも付き合わずに生きていくつもり? 一人で生きていくつもりなの?」
「……そんなの嫌だよ。でも私は……」
そのとき、ポケットの中のスマホが振動した。
私はうつむきながら、スマホをみつめる。
するとそこにはひまりからのメッセージがあった。
信じたくないことが書かれていた。
「私、さやかちゃんと付き合うことにしたから」
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