第16話 ゲームで遊ぶお姉ちゃん

 冬休みに入ったけれど、私は朝から晩までゲーム三昧だった。外は日が沈んで、暗くなっている。そんな中、紗月とボイスチャットをしながらFPSゲームを遊んでいると、突然、ひまりが不満そうな顔をして部屋に入ってきた。


「ちょっと。凛。うるさいよ」


「あっ。ごめん」


 白熱した銃撃戦のさなかで、テンションが上がってしまっていたのだ。私はしゅんとしながら、画面の中でやられてしまった自分のキャラを見つめていた。そのとき、紗月からボイスチャットが入ってくる。


「凛らしくもないやられ方だね。いつもならこれくらいのピンチ、簡単に切りぬけるはずなのに」


「……ひまりに『うるさい』って言われちゃってさ」


 すると紗月は真剣な声で、こんなことを告げてくる。


「ひまりさんの迷惑になることしたらダメでしょ! ひまりは凛と違って天才さんなんだから、創作を邪魔するような大声をあげたらだめ! 分かった!?」


「分かった。それじゃ、私、これから小説書くね」


「了解。私もそろそろ疲れてきたところだったんだ。それじゃあ、また明日。凛」


「うん。また明日」


 私はゲームとボイスチャットを終了させて、大きく伸びをした。ひまりはそんな私の様子をじっとみつめている。


「どうしたの?」


 問いかけると、ひまりはほっぺを膨らませた。


「……私とも、ゲームして欲しい」


 か、可愛すぎる。もしかして紗月に嫉妬してたの? ううん。そんなわけないよね。ひまりはテロリストに命を質に取られるくらいしないと、嫉妬なんてしないよね……。


「いいよ。どのゲームする?」


「さっき、凜がやってたゲーム。一緒にしたい」


 私がやっていたのは割と暴力的なゲームなのだけど、ひまりは大丈夫なのだろうか?無料だから、インストールさえすればすぐにプレイは出来るけど……。


「銃とか撃つゲームだけど、大丈夫……?」


「大丈夫」


 ひまりは自信満々に小さな胸を張っている。本人が大丈夫だというのなら、きっと大丈夫なのだろう。


「分かった。それじゃあインストールしてきて」


「もうしてるから大丈夫。ボイスチャットも準備万端だよ」


「そっか。それじゃあ、一緒にやろっか」


「うん」


 ひまりは自分の部屋に戻った。


 私は早速ゲームを起動して、ボイスチャットにひまりを招待した。


「聞こえてる? ひまり」


「うん。聞こえてる。えへへ。なんか面白いね。これ」


 ひまりは友達がいなかった。あまりにも何でも出来すぎたがゆえに、頼られることはあっても、頼ることはただの一度もなかったのだ。お父さんが亡くなった時ですらも。


 でも今は私が友達だ。ひまりは私に好きなだけ頼ってくれればいい。とは言うものの、私がひまりよりも優れてる部分ってなんだろう……? 創作能力はだめだめだし、学力も多分負けてると思う。


 宮下さんがいうには、ひまりにはカナダで過ごせるくらいの英語力はあるみたいだし、プログラミングができるくらいだから論理的な思考力も相当だろう。


 ……勝ててるのは、ゲームの腕前くらいかな?


 だったらゲームの中ではせめて、ひまりをエスコートできるように頑張ろう。


 私はひまりをゲームの中で招待した。するとすぐに私のごつごつと装飾されたキャラの隣に初期キャラが現れる。ヒットボックスが分かりづらくなるスキンとかがあったりするんだけど、やっぱりひまりはこういうタイプのゲームに関しては素人みたいだ。


「ゲームのルールは分かる?」


「えっと、敵を倒して最後まで生き残った人が勝ちなんだよね?」


「そうそう。私とひまりはペアだから、どっちかが最後まで生き残ったら勝ち。ひまりは隠れてていいからね。私が頑張って戦うから」


「……うん! 頑張って、凛」


 嬉しそうなひまりの声が聞こえてくる。私はひまりの期待に答えたくて、マウスを握る手に力を込めた。ゲームのマッチングを始めるボタンを押す。しばらくすると私たちは緑あふれる広大なフィールドに飛行機から放り出される。


「ひまり、ここに降りよう」


 私がピンを指すと、ひまりと思しき初期キャラが私と同じ方向に向かって飛んできた。


「うん! ついてくね!」


 地上に降り立つと、ひまりは小鳥のように私の後ろをついてくる。可愛い。だけど敵もすぐ近くに降りたみたいだ。私は警戒を怠らずに物資を集めていく。ひまりを守るために強い銃が必要だ。探していると、敵と鉢合わせたから、射撃して倒した。


 ひまりは銃声に驚いているようで、ゲームの中で振り返ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


「びっくりした」


「大丈夫?」


「うん。それよりも凛、凄いね。もう一人倒しちゃった」


「でも油断したらダメだよ。近くにもう一人いるはずだから」


「分かった。私も頑張ってみる」


 ひまりは近くに落ちていた武器を拾って、スコープを覗き込みながらきょろきょろとあたりを見渡している。かと思えば、突然、射撃した。


「どうしたの?」


「敵がいたから」


 言われてみるとキルログにひまりが敵を倒したと表示されていた。


「……え? 何も見えなかったんだけど?」


 もしかして、ひまり、こういうゲームの才能もあるの!?


「もしかして私、才能ある?」


 ひまりは明るい声でそう告げていた。私は思わず、黙り込んでしまう。このままだと、私がひまりをエスコートできる部分が何もなくなってしまう。


 私が何も話さないでいると、ひまりはつげた。

 

「……偶然だよ。偶然。凛には勝てないよ」


 その声は、寂しそうだった。どうしてそんなに寂しそうなのだろう? そこまで考えて、私ははっと思いだす。


 ひまりは才能がありすぎるゆえに、みんなに距離を置かれていたのだ。


 私にも距離を置かれてしまうのではないか。


 そんな風に思っているのかもしれない。


「偶然じゃないよ。ひまりはすごいね。なんでもできる」


「そんなことないよ」


 ひまりの声はやっぱり寂しそうだった。


 それから、私たちは順調に勝ち進んでいったけれど、ひまりは一度も銃を撃たなかった。撃てるはずなのに、全てを私に譲っているのだ。とても寂しかった。


 終盤戦に入って、マップはどんどん縮小してゆき、ついには私たちを含む三組だけがゲームに残った。それでもひまりは頑なに銃を撃とうとしなかった。私のあとをついてくるだけだ。


 私が望んでいたのは、こんなのじゃない。もっとひまりと楽しみたかったのに、ひまりと仲良くなりたかったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 そんな風に悩んだのが悪かった。どこからか銃声が聞こえたけど、反応が遅れてしまう。側面から撃たれて、倒されてしまった。


「凛!」


「ひまり。頑張って」


「でも……」


 ひまりは近くの遮蔽を使って、私のところまで駆け寄ろうとする。でも銃撃されて近づくことができずにいた。


「ひまりならできるよ。ゲームの最初の方、ひまり、遠くの敵を一撃で倒してたでしょ? きっと才能があるんだよ。ひまりには」


「……でも、私」


「大丈夫。ひまりにどんな才能があっても、私たち友達だよ。絶対に離れないし、見捨てないから。もちろん、ちょっとくらい嫉妬はしてしまうかもしれないけど、ひまりのこと、嫌いになんてならないよ?」


 するとしばらくの沈黙の後、ひまりは何かを決心したみたいな力強い声をあげた。


「分かった。私、絶対に優勝するよ。みててね。お姉ちゃん」


「……えっ?」


 今、ひまりが私をお姉ちゃんと呼んだような……。だけど考える暇もなく、ひまりは銃声の方へと走っていった。的確に遮蔽で射線を切りつつ、手りゅう弾を投げて敵をけん制しつつ接近していく。肉薄したかと思えば、とんでもないエイムで二人を瞬殺。


 銃声を聞きつけた残りの1チームが来るも、それも振り向きざまの銃撃で即死させ、あっけなく優勝してしまった。


 私は思わず、言葉を失った。ひまりは不安そうな声をあげた。


「どう、だった? おね……。凛」


「凄いよ! ひまり! 本当に凄いよ。もう最高」


「えへへ……。良かった」


 それから私たちは何度かゲームをプレイした。ひまりのおかげで全戦全勝だった。でもそれ以上に、ひまりが楽しそうにしていたのが、心から嬉しかった。


 ゲームを終えた後、ひまりはボイスチャットでこんなことを話してきた。


「ねぇ、凛。私、高校に入ろうと思う」


「えっ?」


「前に言ってくれてたでしょ? 同じ高校に入らないかって。私、不安だったんだ。また、中学校みたいな目にあうんじゃないかって。でも大丈夫だって思えた」


 ひまりは弾むような声で告げた。


「だって今は、凜がいるから」

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