第4話 褒めるお姉ちゃん

 初めて顔を合わせたあの日から二日、私は夢をみなかった。寂しく思いながら、月曜日の朝を迎える。朝起きると、リビングにひまりがいた。


「ふぇっ?」


 まさかこんな朝早くから来るとは思ってもいなくて、変な声を出してしまう。でもひまりは相変わらずかたかたとノートパソコンのキーボードを叩いていた。お母さんは気まずそうに、キッチンからひまりをみつめている。


「ひまりちゃんの服とか家具とかはもう部屋には運んだんだけど、その途中で椅子が壊れちゃってね。ひまりちゃん、椅子に座らないと集中できないみたいで。それでリビングで」


「なるほど」


 流石作り上げたゲームを表彰されるだけのことはある。作業環境にもこだわりがあるみたいだ。話しかけるのも悪いかと思って、私はひまりの向かいに座って食事をとる。食事を終えると、スマホを手にしてゲームを始めた。

 

 するとひまりはちらちらと私をパソコン越しにみてくる。そんなに私が何をしているのか気になっているのだろうか。ちなみに私はひまりが作った別のゲームを遊んでいる。これもストーリーが優れているゲームとして有名だ。


 実は私も小説を書いているのだけど、それはひまりの作ったゲームに触発されてのことだったりする。まぁ、憧れだけじゃ筆はなかなか進まなくて、かなり苦戦してるんだけどね。


「今はひまりが作った『死神女と幸薄少女の連弾』を遊んでるよ。まだ遊び始めたばかりだけどもう物語に引き込まれてるもん。ひまりってすごいよね」


 するとひまりはパソコンの影に隠れるようにして、頭を下げている。私が脇からひまりを覗き込むと、ひまりはとても嬉しそうに笑っていた。だけど私が覗き込んでいることに気付くと、ぷいと視線をよそにそらしてしまう。


 お? もしかしてひまりは褒められるのに弱いのかもしれない。これまで暗い空気ばかりだったけど、この方法ならひまりと仲を縮められるかも! むふふと内心微笑みながら、私はひまりに話しかける。


「私も小説書いてるんだけど、全然上手く行かないんだ。実は小説を書き始めたのって、ひまりのアプリに触れたからなんだよね。すごくいいストーリーだったから、私もなにかお話書きたいなーって」


 ちらりとみると、ひまりは体をそらして顔を私とは反対側に向けてしまっていた。私が立ち上がって回り込むと、やっぱりすごく嬉しそうな顔をしていた。私はずいとひまりに顔を寄せて、告げる。


「どうやってストーリーとか作ってるの?」


 ひまりは顔をあちこちに向けて、私の視線から逃れようとする。でも私は逃すまいと、ひまりのほっぺに両手をあてた。


「こら。逃げないの。私、ひまりと仲良くなりたいって思ってる。だからせめて、会話くらいしてほしいよ」


 じゃないと悲しくなってしまう。夢の中ではあんなに仲良くできていたのに、現実ではこんな風だなんて。せっかく夢が現実になったのに、寂しすぎるよ。


 するとひまりは視線だけをよそに向けて告げた。


「私は凜さんと姉妹になるつもりはないです。でもそれでいいのなら、創作に関する話はしてもいいです。そういうこと話せる人、欲しいなって思ってたので」


 ひまりはほっぺを赤くしていた。可愛いなぁとにやにやみつめていると、不満げに唇を尖らせたひまりに、ほっぺにあてた手をどけられてしまう。お母さんは微笑ましいものをみるように生暖かい視線を送ってきていた。


 私は正面の席に戻って、ひまりに話しかけた。


「ひまりはどうやってストーリー書いてるの?」


 カタカタとタイピングをする音が聞こえてくる。


「私はだいたい大まかに全体の流れを決めてから、細かい部分はその場の勢いで書いてます」


「そうなんだ。私は何も決めずに書いちゃうなぁ。その場の勢いだけで」


 するとひまりはタイピングをしながらため息をついた。


「それで書けるのは天才だけです。私が話した通り、大まかな流れを決めてから書いたほうがいいと思います。そしたら今より良くなるとは思いますから」


 これだとまるで私が妹でひまりがお姉ちゃんみたいだけど、まあいっか。仲良くなれるのならそれでいいのだ。


「うん! ありがとう。ひまり!」


「私と対等に話せるようになるくらいには、創作に詳しくなってくださいね」


「分かった。頑張るね!」


 ひまりはさっきまでと変わらない姿でタイピングを続けている。でもその表情はさっきよりも柔らかくなっているような気がした。学校に行く時間が迫って来たから、私は仕方なく身支度をすませる。でもひまりはずっとパソコンと向き合っていた。


「ひまりは中学校、行かないの?」


 私が問いかけると、ひまりは首を横に振った。


「行きません。家でプログラミングか物語の作り方について勉強してた方が楽しいです。それに、私は集団生活みたいなのが苦手なんですよ」


「……そっか」


 ひまりが普通の子なら学校に行ったほうがいいよ、って言えるけどひまりは才能に溢れている。中学三年生でゲームを作ってストーリーも作って、それでアワードを取るなんて普通じゃない。来年の九月にカナダへの留学が決まっているらしいし、本人が行きたくないのなら、無理に行く必要はないのだろう。


 でも行ってほしいなとも思う。集団生活の中でこそ学べることもあると思うし、なにより友達と遊ぶことの楽しさをひまりにも知ってもらいたいのだ。


「でもやっぱり学生らしい生活して欲しいなぁ。そうだ! 私と同じ高校に入ってよ! 私の高校、内申点とか関係ないから、勉強さえできたら普通に入れるんだ」


「……考えておきます。それより時間大丈夫ですか? 遅れてしまいますよ?」


「あ、本当だ! いってきますひまり」


「いってらっしゃい」


 ひまりはまたカタカタとタイピングを始めた。私はその後ろ姿を一瞥してから、家を出た。


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