第2話 凡人なお姉ちゃん
私は夢をみていた。いつもの、真っ白な空間で知らない女の子に「お姉ちゃん」と慕われる夢だ。その夢の中で女の子はいつものように私を抱きしめて、こんなことを口にしていた。
「お母さん、再婚することにしたんだって」
女の子はとても不安そうな顔をしていた。きっと私が経験したことが夢の中にも反映されているのだろう。私は背中をよしよしと撫でながら問いかける。
「再婚して欲しくなかったの?」
女の子はこくりと頷いた。
「私ね、お父さんがいてね、大好きだったんだ。優しくて頼りになって。プログラミングとかも教えてくれたんだ。でも死んじゃった。お母さんは最初、もう結婚する気はないって言ってたから、私、安心してたんだよ」
「お父さんのことがとても大切なんだね」
「……うん。私、嫌なの。お父さんが記憶から消えていくようで、誰とも再婚なんてしてほしくなかったの」
女の子は今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。私は何か励ましの言葉をかけてあげたかった。夢の中だから、全ては私の妄想でしかないというのに、それでも真に迫る雰囲気がこの女の子にはあったのだ。
幸せになってほしいと本気で願いたくなるような、儚さが。
だけど励ましの言葉をかける前に、夢が終わってしまうだろうことを私は感覚で理解した。女の子も理解したらしく、儚い表情のまま私にさようならをつげる。私もさようならをつげて、目を覚ました。
目覚まし時計を切って、ベッドから起き上がる。
今日は土曜日で、私の妹になる子と会う日だ。同居の前の顔合わせということで、一緒に外で夕食をとることになった。
リビングに向かうとお母さんは、いつもよりもそわそわした様子だった。立ち上がったかと思うと、そこら中を歩き回ったり。話しかけるといつもよりオーバーな反応を返してきたり。
きっと私が相手の人を受け入れるか心配なのだろう。
私も少し、不安だ。相手の子が私を受け入れてくれるのかどうか。
でも考えていても仕方ないと、私はスマホを取り出してゲームアプリを開いた。「二人の少女と聖夜の奇跡」という名前のアプリだ。女の子同士の恋愛もののノベルゲームで、個人製作だというのにクオリティが高いことで有名だった。
私は百合にはそれほど興味はなかったけど、このゲームはすっかり夢中になってしまっていた。
ゲームに熱中していると、時間はどんどん過ぎていく。朝日が夕日になるくらいの間熱中していると、物語は山場を迎えていた。離れ離れになった主人公の少女とヒロインの女の子がまた再会をするシーンだ。ヒロインのことが恋しくなって飛び出したクリスマスの街。笑い合うカップルたちの中で打ちひしがれる主人公は、偶然にもクリスマスツリーの下でヒロインと再会する。
そしてずっと伝えられなかった本当の気持ちを伝えるのだ。するとヒロインは「もっと早く聞きたかった」と泣きながら主人公にキスをする。そして物語はハッピーエンドで終わり、クレジットが流れていく。
個人製作なだけあって、流れていく名前はイラストの人を除けば、一人だけだった。
「宮下 ひまり」
私は涙をぬぐいながら、クレジットをみつめていた。本当にいい話だった。感動する私をお母さんは怪訝な目でみつめている。お母さんにも勧めてみたいけど、女の子同士の恋愛を題材にしただけあって、なかなか進めづらい。
「そういえば凛ってゲームが好きなのよね?」
「……うん」
私はゲームが好きだ。だからゲーム用のパソコンも持っているし、スマホもゲーム用の性能が高いスマホにしている。
「それなら、宮下の娘さんとも気が合うかもしれないわね。宮下がいうには、ひまりちゃんもゲームが好きみたいよ。プログラミングして自分でゲームを作ったりもしてるみたいよ?」
「……ん?」
私は流れていくクレジットの名前をみつめる。
「宮下 ひまり」
驚きのあまり、すっかり涙は引っ込んでしまっていた。えっ。宮下 ひまりって私の妹になる人の名前なの!? もしかして、滅茶苦茶すごい人なのでは? 確かこの前、アプリのアワードで表彰とかされてたような気がするし……。
それに比べて私はただの一般人。コンテンツを消費するためだけに生まれてきたといっても過言ではないほど、創造性がない。プログラミングの勉強も一分で諦めてしまった。今は小説を書こうとしてみてはいるけど、なかなか上手く行かない。
かたや凡人、かたや天才。私、そんな人の、お姉ちゃんになれる気がしないんですけど!? このまま順当にいくと、頼りないお姉ちゃんとしてお姉ちゃん扱いしてもらえなくなってしまう。せっかくの妹なのに「えー? お姉ちゃんなのにこんなこともできないんだ」って呆れられてしまう。
それで最後には「私の方がお姉ちゃんに向いてるね。今日からお姉ちゃんは私の妹ね」って妹にされるのだろう。いや、それはそれで悪くないかな。もしも妹にされたなら、たくさんたくさん甘えさせてもらおう。
妹なんだから、仕方ないよね?
なんて妄想に浸っていると、お母さんに話しかけられた。
「そろそろ行くわよ」
「あ、うん」
私は一抹の不安と希望を胸に抱きながら、家を出て車に乗り込んだ。外はクリスマスも近いだけあって、肌寒い。窓ガラスをオレンジ色の景色が流れていく。車は住宅街から出て、都心部へと入った。やがて車は止まる。格式高い和風の店の前だった。
私たちの顔合わせはどうやら、この店で行われるようだ。
日は沈み、あたりは暗くなっていた。店先から漏れ出す光が暗闇を照らしていた。私はお母さんと一緒に、店の中に入った。
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