第24話
「素晴らしいよバン。完璧に人の形へと変形して言っている。完全な一つの生命体へと今変わりつつある」
トニーは震える手を握りしめることで震えを止めようとして
「意識はどうなってるんだろうね。何百人も吸収されてる。一体どんな意思でどのような決定権何だろうね」
「ルティ君の意志なのかな」
ぽつりと言った。というより出ていた。
しかし、それにトニーの返事はなかった。
トニーは一人でブツブツと呟いていて。まるで僕のことなんて眼中に入っていない。
トニーにはよくあることだった。集中し始めると自分の世界に入ってしまう。
そんなこと知っていたのに。
今まで感じたことのない感情が湧き出した。
これ以上、一人にしないでくれ。
「集合体の一部が崩れ落ちたらしい」
言おうか迷っていたが、少しでもトニーの気を引きたくて、
「大量の生物を吸収したことで、エネルギーが供給しきれてないんだ。そもそも、一体、ガベト属を捕獲したんだ。たりなく……」
僕に被せるようにトニーは言った。
「あれ?その件は大丈夫だったじゃん」
「えっ?」
思いもよらぬ回答が返ってきて僕は驚いた。
トニーは僕の様子を見て察したのか、
「あぁ、君には言ってなかったか。すっかり忘れてたよ。ほらっ、これを見て」
そう言って資料を渡してきた。それは、『終わりの森』から回収したガベト族のエネルギー量が書いてある資料で。
そして、次のページをめくるとそこには回収したガベト族のエネルギー量の数十倍の数字が書かれていて。
被験者:【グラシア】
「はっ?」
言葉が漏れた。
「大丈夫だよ。グラシアがいれば十分なエネルギー量が行き渡るから」
トニーは当然のように言うと、また自分の世界に戻りそうになって。
「ち、ちょっと。待って。どういうこと? どうしてグラシアが?」
これほどまで圧倒的なエネルギー量を誇っているんだ? 疑問が湧き上がってくる。
「もともとガベト族には個体差があると分かっていたじゃないか」
当然のように言い張るトニー・
「それは、そうだけどこれは桁が違う。どうしてこれまで差が出来るんだ。何かトニーは知ってるの?」
さっきから当たり前のように話すから何か分かっているのかと思った。しかし、
「ガベト族がエネルギーを増幅させて、放出する機構が分かっていないのに、分かるわけないじゃないか」
「それじゃぁ……」
「何も考える必要はないそこに書いてある事実が全てだ。その値は決して変わらないのに、そこを議論しても意味がないよ」
「…………」
納得は言ってない。でも、その事実は変わらないのは確かで。受け入れるしかないのは事実だ。
「少なくとも言えるのは、グラシアちゃんは異常値だということだ。昔言っただろ。ずっと疑問に思っていたんだ。地上で過ごす植物ばかりで、高所に住む植物が少ないことに。グラシアちゃんほどのエネルギー量があれば、充分エネルギーは足りるはずなのにって」
「それも……聞いたことがないよ……」
何とかそう答えた。しかし、その頃にはトニーは完全に自分の世界に入っていて。部屋を慌ただしく出ていってしまった。
僕はいつの間に、トニーとすら距離が離れていたのだろう。僕はそのまましばらく立ち尽くしていて。
そして、不意に気づいた今から何をすればいいんだろう。
ずっとトニーの言うように動いてきて。
何もすることが思いつかなくて。
……僕は一体何をしたいんだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
手に資料を持ちながらトニーのもとへ走る。
軍による作戦決行の日程が決まった。一つよかったことはグラシアを利用しないことになった。集合体が動き出したことで緊迫性が増したのだ。
どうすればいいんだろう。
答えは決まっていなくて、ずっとその場に足踏みしているのに、周りの環境だけはどんどんと先に進んでいく。
どうして待ってくれないんだ……。
自分が悪いことが分からないほど馬鹿じゃなくて、でも棚上げして愚痴をどこかにぶつけたくなって。
どんっ
曲がり角で思い切りぶつかってしまった。
「……エツィオ」
目の前にいたのはエツィオで。僕がなにか言う前に、
「僕はこの軍の作戦に乗ります。上手く行けばルティを救えるかもしれない」
それだけ言って通り過ぎようとするエツィオ。その後ろ姿に迷いはなくて。
「もしルティくんを助け出したとしても、軍はルティくんを殺す可能性が高い。危険なかけだ」
完全にエツィオの足を引っ張ろうとしていて。
言ったあと、後悔した。
しかし、
「それくらいしか方法ないから仕方ないです」
僕の意見を軽々と突っぱね、止まることなく歩むエツィオ。
拳をぎゅっと握り、逃げるようにトニーの研究所に走っていく。
少ししか走ってないのに息が上がる。ずっとどこかふわふわとしている。
ドアを開くと、トニーとシーナが目に入った。トニーは僕が入ってくると、椅子をくるりと回転させ、ニコリと笑った……んだと思う。
「やぁ」
部屋はいつもより暗くて、その笑顔すらよく見えない。
なのに、なぜだろうか、いつもと違うような雰囲気を覚えた。何だろう。自分が客人のようなよそよそしさがあるように感じて。
そんな中、トニーが口を開いた。
「僕たちは止めないといけない」
一言目にそう言ったトニー。
「せっかく集合体がすぐそこまで来ているのに」
最後に「まだ調べたいこともあるしね」と締めた。
トニーは、まるで僕が知ってるかのように話した。また僕の知らない話だ。
でも、シーナは知っているような素振りで。
疎外感が強くなった。すぐ目の前にいるのに、まるで崖で隔たれたような距離を感じた。
やめてくれよ、みんな僕を置いて行かないでくれ。ここでも置いていかれたら……。
多分僕は何も選べないままで。
もうどんなことでもいいから僕を置いていかないでくれ。後をついて行きたい。
考えれば考えるほど自分が何をするべきか分からなくて。
もう、いま自分が何を感じているのかさえも分からなくなった。
まるで自分の中に何十人も人格があるみたいに、様々な意見が現れては消えていって。対立して。
そんな時のトニーの言葉だった。
「だからさ、バン。集合体の一部になってくれない?」
「……はっ……え?」
突然、意味が分からなくて。
「君が取り込まれれば、あの集合体は君の記憶から今回の作戦のことを読み取ることができるはずだ」
そこまで説明されてようやくトニーの言葉の意味する内容を理解した。
疑問が湧き上がってくる。本当に一部になれば、僕の記憶を読み取られるのか。記憶を読みとられたところで集合体は対応できるのか。取り込まれた後は一体何をするのか。その背景にある部分が分からなくて。
「分かった」
そう答えた。もう頭は働かせてなかった。
ただ置いていかれたくなくて、それにトニーから頼まれたことなんだ。何か意味がある。
僕は余計なことは考えなくていい。ただ従えばいい。
なんでもいいから僕も進みたい。
「やはり君にしか頼めないよ! 軍が動く前に早速行かないと」
トニーの声色を考えるに笑ったのだろう。
でも、暗くて、何も見えなかった。
それどころか、そこにいるのはトニーじゃない他人な気がすらした。
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『終わりの森』中に群生する『暴食の樹』のある枝の上でトニーと、シーナと僕はいた。
「あと作戦が数分で始まる。急ごう。あとは一人で行けるね」
そう確認するトニーの表情はいつも僕に向けてくれているものとは違うと断言できる。
「すまないね。君に役を押し付けて、僕らはまだしないといけないことがあるんだ。すべて終われば僕らも君の元へ行く」
そう言って、僕の体を抱きしめるトニー。
僕の体は強張った。
「じゃあ」
そう言って、木を伝ってどこかに向かい始めて。
その数秒後、かすかな振動を感じた。
僕のいる『暴食の樹』の幹を登ってくる見たことのない種の木。僕を見つけているのだろう。
その瞬間、世界の進みがやけに遅くなったように感じた。
止めどなく溢れ出してくる思考。
自分は一体どうしたいのだろう。そもそもどうして僕は今ここにいる?
ルティは自ら飛び込んだ。一体どんな思いを持って飛び込んだのだろう。
そんなことばかり考えて、結局決断出来ないままで。
様々な事を考えすぎて、結局何も自分で決めて行動できない。
自分の感情が、頭を埋め尽くす言葉で見えない。
どれも本当の気持ちじゃないのは分かる。
だから、何かしら根拠を持って決断するしかなかった。その時最も正しいと思うものを。
……でも、どれも違う。
木はもう僕のすぐ隣まで来ていて。ゆっくりと白い糸の束を僕に向かって伸ばす。
体のいたるところから軽い痺れを感じた。
僕は一体何をしたいんだろう。
でも……もういいや。
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