よもやま夜語り
ざっと
渡し守
私の夜は長い。
日が西に傾きだした頃に起き出して、
そうして出来上がった
食べ終わったら鍋と椀を難し、仕事着に
長屋の戸を開けてみれば、日は既に地の中へと顔を
* * * * *
桟橋の脇に腰掛けながら、
船を
腹の足しにもならない煙だのに、何故こうも美味くて何度も欲しくなるんだか。
ゆったりと煙を三度ほど吐いた折に、こちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。音の方へ顔を向ければ、真っすぐにこちらへと歩いてくる。渡しを希望のお客だろう。そう思い、慌てて最後の一口を吸って、
煙管を布でくるむ最中にお客が到着し、私に話しかける。
「夜でも船を渡してくれる渡し守は、あなたで相違ないか?」
「ええ、そうです。」
刀こそ
「では一つ渡しをお願いしたい。」
「かしこまりました。どちらまでお運びしましょうか?」
そう言うと、男は真っ暗な川の
「彼方の岸まで。」
「承知いたしました。」
聞く人が聞けば、どういう意味だと首をかしげるだろう。しかし、夜限定で船渡しをする私は、幾度となく聞いてきた注文だ。男から代金を受け取り、船にのせて桟橋を離れる。
しばらく無言で船を漕いでいると、
「最近、あまり眠れなくてね。」
「はぁ、それは大変ですね。」
「ああ。書を読むにも一晩中となれば油がもったいないし、夜もすがら風にでもあたろうかと思って、近頃は夜道を歩いていたんだ。」
「そうなんですか。でも、夜道ともなれば危ないでしょう。」
「ああ、危ない。辻斬りの噂も絶えないからな。」
「そうですねぇ。」
「だから、あなたの船で、夜の水上散歩でもしようと思ったのだ。」
「それはありがとうございます。」
当たり障りのない会話。どこでにもある世間話。今までの経験則から言えば、これから“彼方の岸まで”という注文をするに至った自身の経緯を語り始めるであろうか、と思いながら無心で
「なぁ、何か面白い話はないだろうか?」
「は?」
突拍子もない要望に、思わず
「うむ。人から聞いたが、彼方の岸までは長いのだろう?ならば、その道中の暇つぶしに、と思ってな。」
「ああ、そういうことでしたか。」
「どのみち、この時分、月がなければ景色も見えぬ。追加で銭を払う故、何か話してくれないか。」
「えぇと・・・・・・」
突然のことに、どうしたものかと悩んでいたが、話す物語のないでもない。追加で銭をもらえるのなら、これは思わぬ収入であり、なんともありがたいことではある。
「話という話でもなく、あまり面白い物でもないでしょうが、それでもよければ・・・・・・。」
自分の記憶にある物語に自信が持てず、言い訳がましい注意を言い添えた。
「ああ、内容は問わない。なにせ、私自身が最も詰まらない人間だからな。それ以外のものの話であれば、なにであれ面白かろうよ。」
「そこまで仰るのであれば・・・・・・。」
自信はないが、内容は問わない、と言われてしまうと、それもそれでいささか複雑な心境になる。
しかし、育ちも蓄財も良さそうなこの男が、自分のことを最も詰まらない、と言い切るというのは不思議な気分ではある。斬り捨て
つくづく、自分は不思議な人間ばかりを乗せるものだと思いながら、記憶の中にある物語を男に話して聞かせる。
内容は問わない、と言ったこの男が突如として気分を変えることのないいよう、祈りながら・・・・・・───。
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