第52話 回り道

「だから外すときは工房内だけにしてるし、普段は付けてるからいいやんけ」


「今つけてないじゃないですか」


「それはそっちが急に来たからやん」


「まぁそれはそうなんですけど。そういうことじゃないんですよ。工房内だけも駄目なんですって」


 出発する前に井上さんに一言伝えておこうと思って工房に戻ってくると、工房前では、もう毎度おなじみとなっている警察官の山口さんがいた。


「だから言ってるやん。あんなもんつけて作業できるわけないやろ。気ぃ削がれるわ。気にしすぎやって」


 そう言って聞く耳を持とうとしない井上さん。警察官の山口さんは真面目な顔に見えているが、本当は困ってるんだろうな。


「お疲れ様です」


 僕は声をかけた。警察官の山口さんは僕を見かけると同時に、


「修一君、また君もCAREを外してやろ。あかんって言ってたし、井上さんが外そうとしたら止めてって言ってたや~ん」


「すいません。つけておくと集中できないんで」


 そう井上さんの言葉をもじって答えると、山口さんは困ったように頭をガシガシと掻いて、その隣で井上さんは満足げにガハハッと声を出して笑った。


「そうや、修一今から東京行くんやったな」


「はい」


「土産頼むわ」


「分かりました」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。


 よしっ、井上さんにも一言伝えたし、もう行こう。


 そう思って一歩踏み出した時だった。まだ諦めてなかった山口さんが口を開く。


「ずっと言ってるでしょ。巷では随分と前からCAREを外すのは家族であれプライバシーの侵害と言われる時代なんですよ」


「そんなん全く気にならんわ。気にしすぎやねん」


「まぁ、井上さんは良くても修一君は分からへんやないですか。ほら、都会から来たんだし」


「修一どうなんや?」


 井上さんと山口さんは僕の方を見た。僕は間を置かず答えた。


「少なくとも僕はCAREを外したほうが気が楽です」


 僕はそう言ってもう一度、ぺこりと頭を下げるとくるりと踵を返して進み始めた。背に井上さんのガハハッという笑い声を浴びながら、気づくと僕の頬が緩んでいた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 東京に来るのはもう数年ぶりだな……。電車の窓から見える自己主張の激しいビル達を見ながら不意に思った。


 所々モノクロになっていた記憶達が一気に色づき始めて……。はっきりと三浦のことや、桃谷のことや……沙織のこと。


 高校卒業をしてから八木さんともう東京に住まずに田舎に住むことを決めたことや、仕事を探している時の今の弟子を募集している工房を知ったこと、今の時代に実物を作ろうとする人すらいなくて、技術を受け継ぐ相手がいないことを知って、飛び込んでいった日のことがぐるぐると頭の中で再生される。もうそれから四年近くになるのか……。


 しばらく離れていたから良く分かる。相変わらず僕には合わないと確信した。皆違う顔なのに機械的な統一感を持った笑顔を浮かべて、窓の外には到底処理しきれないほどの情報があって、そこにある全てのものが煩わしい。


 自然と肩身が狭くなった。でも、そんな中にも懐かしさがあって、不思議な心持ちだ。


 そんなことを思っているうちに目的の駅に着いた。それまで乗車していたスーツや袴を着た人たちが一気に降りて行った。それに次いで僕も電車を降りて駅を後にする。そのままスーツや袴を着た人たちの少し後ろを歩いて、ある大学についた。


 CAREのシステムの影響で辺りは桜が咲き乱れ、桜吹雪が風に舞っている。


 その日は学位授与式の当日、スーツを着た卒業生達が様々なところで集まり写真を撮ったり、卒業生の部活の後輩だろう、競技用ウェアを着てダンスをしていたりと盛況している。


 そんな中、僕は少し離れた場所にあるベンチに座りそんな様子を眺めていた。


「あれっ、修一?」


 そう突然、声をかけられる。振り返ると、着物をまとった女性がこちらを覗き込んでいた。仕事がバリバリできそうなOL風の顔をしている。ちらりとログを見るとその女性は桃谷だということが分かった。


「あぁ! 桃谷久しぶり。卒業おめでとう」


 桃谷は僕の隣に座ると、


「ありがと~。久しぶりだね!」


 そう言って、桃谷はじっと僕の顔を見て、


「相変わらず顔もほとんど変わってないじゃん。というか、成長して大人になった感じの変え方してるんだね」


「あー、うん。面倒くさくてさ」


 そう答えると桃谷は単色的な笑みを強くする。


「それも久しぶりだな~。確か前に遊んだのが私が一年の最後の方だったよね。どう生活は慣れた?」


「まぁ、何とかね」


「そう、良かった! それと今頃なんだけど、どうして今日は来たの?」


「み、え~と、金城に会いに来たんだよ」


「金城かー。まだ中にいたよ。確か教授と話してた。もう少し待ったら来ると思う」


「そうなんだ。ありがとう」


 そう桃谷と話している時だった。こちらに近寄ってきたスーツを着た男性が少し離れたところから様子を伺っているようで、それに気づいた桃谷、


「あっ、じゃあまたね。また今度みんなで遊びに行こうよ」


「あっうん。またね」


 桃谷はそのままその男性の下へ駆け寄る。桃谷の知り合いだったようだ。二人はそのまま親し気に歩いて行った。その後姿を見てやけに距離感が近いように感じた。


 少し経って三浦もとい金城がやってきた。金城の顔は多少変わっているもののほとんど一緒だった。


「よっ、久しぶり」


「久しぶり」


「じゃあ、早速行こうか。八木さんは現地で集まることになってるから」


 今日は、八木さんと僕と金城で久しぶりに会ってご飯に行こうと言われた。だから東京までやってきたのだ。


 僕と金城は大学を出ようと歩き始める。


 その途中に一際大きい桜があって、桃谷とさっきの男性がその前で写真を撮っていて、その周りの友達だろうか、茶化してるように見えた。まるで……。


「桃谷は無理だったよ」


 ポツリと金城は言った。


「桃谷は相変わらず話ができる奴と仲良くなるからさ……。俺の話術では割りこめなかったよ。気付いたらいつもいるグループの奴と付き合ってた」


 ちらりと桃谷を見るとさっきの男性と笑いながら見つめあっていて……。


 僕はどう答えていいか分からず、「…………そうなんだ」と答えた。


「まぁ、そこまで悲観的になってないよ。桃谷が幸せになったから良かった。胸にあったしこりは取れたよ…………欲を言えばっていうのなら、出来ればそれをするのは俺だったらな~っていう感じ……かな」


「……そうか」


「上手くいったら、全部打ち明けるつもりだったんだ。あの時はごめんって。でも、結局言えないままだったな~」


 そう単色的な笑みを浮かべる金城。


 どう返していいか分からなくて。そこから僕らは無言のまま歩いた。


 僕は心配になった。金城は桃谷に好いてもらうために本当の自分でいることを決めた。


 それが不本意な形とは言え区切りがあった。一体これからはどうやって生きていこうとするのだろうと……。


 そのままニ十分ほど、無言のまま歩いた。駅が見えたところで唐突に金城は口を開いた。


「桃谷の彼氏さ……めっちゃいい奴なんだよ。どんどん俺がさっきのグループに馴染めなくて余り関わらなくなった俺にずっと話しかけてくれた。テスト前とか面倒も見てくれてさ、よく学校の帰りに二人でご飯にも誘ってくれるんだよ」


 金城は前を向いたまま話し出した。


「でさ、一度飲みに行った時に酔った勢いで聞いたんだ。どうして俺なんかに構うんだ?って。じゃあ、一緒にいて楽しいって、気が合うって言ってくれてさ……。その時思ったんだ。本当の俺でもさ、全然周りよりも劣ってる俺でも誰かを惹きつけるところがあったんだなって思ったんだ」


 そう言って金城は単色的な笑みを浮かべた。


 でも、僕の目にはその先のあの日屋上に繋がる階段で見せたあの切なさが残るものの澄んだ目で笑う三浦の表情が写っていて……・


「そうなんだ。良かったね」


 深い感慨が押し寄せてくる中、僕は言った。


「あぁ、ゆっくりで周り道をしてさ、だけど少しだけ変われたよ。他人を見てなかった。ずっと他人から見た自分ばかり見て、勝手に自分で難しくしすぎてたんだなってことは分かるくらいには……」


 最後に金城は八木さんにはもうすでに伝えてたから修一にも知ってもらいたかったと付け加えた。


 そのまま僕と金城は電車に乗り、繁華街のある地域に来て、そこのある店に入った。八木さんはもう店についていたようで席に座っていた。


「おう、久しぶりだな」


 八木さんは僕らを見つけると同時に手を振ってくる。


「お久しぶりです」と言って僕らは軽く頭を下げた。


 その後は、机に座り一通りメニューを頼むと、近況に話しあった。皆、順風満帆とはいかないが、今の生活に充分満足しているようだ。


 そのまま僕たちは四時間近くでその店で過ごし、店を後にした。まずは最寄り駅の近い金城を送って、僕と八木さんが二人きりになった時、僕は不意に思い出して尋ねた。


「そういえば、八木さんどうなったんですか?」


「何がだ?」


「車の中で話した時、八木さん今まで歩いてきた道が正しいか確かめたいって言ってたじゃないですか」


「あぁ……」


 八木さんは単色的な笑みを強くすると、


「今まで後ろしか見てこなかったが、横も見れる余裕が出てきたよ」


 そう答えた。

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