第48話 泥臭い覚悟
「どうしたの?」
そう尋ねる桃谷。頬はほんのりと赤くて……、どこか恥ずかしさげで……。
もうその時点で緊張で胃液が込み上がってきて喉の奥が酸っぱい。
俺を探すために修一のCAREに入れたシステムのお陰で桃谷の表情が加工なしの状態で分かる。
だからこそ、もう逃げそうで……。でも、ここだけは逃げたくない。せめて、これだけしないと……。一生後悔する。そうやって無理に奮い立たせようとするも気持ちは鈍く動きにくいままで。
喉まで勢いよく出てくるのに急ブレーキがかかって声が出ない。唇が痙攣したようにピクッピクと震える。
さっきまでの話を思い出せ……。百パーセントじゃなくていい、せめて言わないといけないところは……。
必死に自分に言い聞かせる。
「……三浦どうしたの?」
呼び出しておいて何も言わない俺に違和感を覚えたのだろう。
余計に軽いパニック状態になって頭が真っ白になる。しかし、皮肉にも逆にそのお陰で色々と頭の中で渦巻いていたものの殆どが飛んで行って、残ったのは、緊張と伝えないといけないことも二つだった。
今しかない……。
色々と八木に言われたが全て吹き飛んで、結局勢い任せで言った。
「さ、さっきの話なかったことにしてほしい」
その声はブルッブルに震えていて、弱弱しくて小さくて……。でも、CAREの加工のおかけではっきりと桃谷と聞こえたようだ。
「えぅっ?」
桃谷はその瞳は見開いて、
「ど、ど、どういうこと?」
その声は動揺で裏返っていた。桃谷の表情に一気に影が差す。言いたくない。でも……。
「……だ、だから、さっきの話なかったことにしてほしいんだ」
振るとは言えるわけがなかった。言える権利がない。桃谷が好きになったのは俺じゃないから……。
俺の言葉と共に桃谷はこれ以上ないほど悲壮な顔をして……。こんなこと言う資格がないのは分かってる。
俺がすべての原因を作って、それによって桃谷が全ての損を被っていることも……。
ただでさえ重かった胸がもう鉛みたいに固まって重くて痛くて……。後悔がどんどん強くなっていく。でも、どうしてか分からないが、後悔が強くなるとともに覚悟もどんどん強くなっていっている自分がいた。
どんどん逃げてしまいたいという気持ちが薄れていく。それどころか言葉から震えがとれた。
どうしてだろう……。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「ごめん」
俺は大きく頭を下げた。それしかできないから……。
「……ど、どうして?」
そう言う桃谷の声は涙声で……。罪悪感が胸の奥の方を容赦なく抉る。
「本当にごめん」
「だからどうして……」
桃谷が言い切る前に被せて俺は言う。
「本当にごめん」
俺は本当に最低だな……。絶対もっといい方法があるだろう。でも、それを俺は分からない。もう今日だけでこの言葉を頭の中で何度繰り返しただろう。
一度桃谷を持ち上げて……。一気に叩き落して……。桃谷はどれだけ辛いだろうか……。最低だと自分で卑下しても到底足りないほど……。
下瞼の裏が熱を帯び始めたことで気付いた。一体いつから泣いてたんだろう……。
俺に泣く権利なんてないだろ……。そんな自責の念とは裏腹に言葉はもうどこにも引っかかることもなく口から出て行く。
「どうして教えてくれないの……?」
そう言う桃谷の声は今にも泣き崩れそうになるほど嗚咽交じりで……。もう俺は手をぎゅっと握りしめ、奥歯をギリっと噛み締めた。
「…………ごめん。本当にごめん」
もう桃谷に嘘をつきたくない。同時に本当のことも桃谷を傷つけることになると思って……。だから言えなかった。もう頭を下げ続けるしか思いつかない。もう罵倒される覚悟もあった、何か手を出されても仕方ないと思ってた。いや、手を出された方がまだ気が楽になる。
こんな理不尽なこと到底許せるわけがないだろう。納得できるわけがないだろう。
でも、桃谷の放った言葉は真逆だった。
「……分かった」
すすり泣きながら桃谷は言った。俺は驚いて顔を上げると、桃谷はその両目に涙をあふれるほど浮かべていたが口角を無理に上げていて。すぐに分かった。俺の気を遣わせないように笑顔を浮かべようとしているのを……。
「三浦は気を遣いすぎるところあるからね。何かあるんでしょ」
そして桃谷は間髪入れずに、
「じゃあ、もう授業始まるから戻るね」
そう言い終わる時には既に桃谷は戻り始めていて。口元を手で押さえ、桃谷はドアに向かって歩いていく。……その背中に声をかけられるわけがなかった。
少しでも自分を罰したくて手を爪を立てて強く握る。あんないい奴を傷つけて俺って最低だ……。
そう思いながらも今心のどこかで自分の力で初めて進めた自分に達成感を覚えてしまっていて……。
ずっと機械に頼ってきて、自分で何もしようとせず、そんな俺でもやればできるんだな……。そうしみじみと感じて……。
クズで最低な考えなのは分かっているけど、少し自信が湧いて……。さらに、最後に桃谷に言われた言葉も相まって……。
そうか……。今、心の中にある色んなものがひっくるまって俺の中で新たな覚悟が芽生えた。
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