第5話 テーマパークへ

その後ものらりくらりとやり過ごし、弁当を食べ終わったころだった。桃谷が不意に口を開いた。



「今度さラウンドパークに行こうよ」



ラウンドパークとは拡超現実をより活用した遊具施設だ。



ラウンドパークとは拡張現実をより活用した遊具施設だ。『ポッチャ』と呼ばれる器具を装着する。その器具はCAREを通じて作られた拡張現実の世界に合わせ使用者に負荷や、動作の補助を行い、夢のような世界をリアルに体験させることが出来るのだ。



そういえば、最近、東京に大きな施設ができたと学校で話題になっていた。



話を聞くと桃谷のお父さんがそこに関わっていたらしく割引券をもらったとかなんとか。



「いいじゃん!私も行きたいと思ってた!」



間髪入れずに同意を表す三浦達。



その隣ですぐに難色を示しているということをどうにか自然に、出来るだけ不快感を与えないように伝えようと試みる僕。



休みの日まで単色的な笑みを見たくない。だが、面と向かって断る勇気はない。



何とか、行きたくないということを遠回しに、相手の気を悪くしないように伝えたい。



「じゃあ、今度の日曜行こうよ!」



「おー!」



しかし、行きたくないアピールする隙すら無く、とんとん拍子で話が決まっていく。いつも通りだ。



こんな状況で断れるわけがない。僕はすぐに諦め「おー」とため息交じりに答えた。



しかし、そんな僕もCAREが嬉しそうに「おー」と声高に言う僕に修正しているのだろうなと不意に思った。



~~~~~~~~~~~~~~~~


「あーっ、おはよー!」



 約束の日、僕たちはラウンドパークの前で待ち合わせをしていた。僕が着く頃には皆集まっていて、僕は駆け足で向かう。当たり前のことで皆、単色的な笑いを浮かべながら僕を待っている。



 その後ろでは建物の陰からドラゴンが飛びでて炎を吐いたり、宙に浮いているバスケットゴールにダンクを決める男や、狙撃銃のスコープを覗く男といった感じで、すでに外から拡張現実を活かした演出を施している。



「おはよー」



 僕はそよ風でも聞こえなくなってしまうくらい細い声でそう答えた。三浦たちはその声に特に戸惑った様子もなく、



「じゃあ、行こうか」



 桃谷を先頭にして店に入っていく。



 店に入ると、同時に目の前に銀色のピカピカ輝くスーツを身にまとった白い人間型のアンドロイドが現れる。



「この度はよくいらっしゃいました」



 そう言ってアンドロイドは深々と頭を下げる。それにつられて僕達も頭を下げた。



「では、早速ご案内させていただきます」



 そう言ってアンドロイドは踵を返し歩き出す。この時点で演出と言いまるで違う世界に来たような気分になる。しかし、店の中も演出は更に凝っていた。



 突然あたりがジャングルに変わったり、小人の大群が足元で戦のようなものを始めたり、と思ったらティラノサウルスがあたりにヒビ割れさせながら悠々と歩いていくなど。



 その中を平然と歩くアンドロイドと、その後ろでしきりにあたりを見渡す僕達。



 そうこうしている内にカウンターの近くまでたどり着いた。



「こちらがカウンターです」



 そう言って三浦達と同じような単色的な笑みを浮かべるとアンドロイドはフワッと消えた。



「すご!」「まじか!」「すごく凝ってる!!」途端に三浦達は口々に囃し立てる。



 意外かもしれないが僕もその一人である。こういう拡張現実でしかできないことを活かした迫力のあるアミューズメントは嫌いじゃない。



 嫌いなのは日常を偽りで覆いかぶし、拡張現実がさも現実世界のように振る舞っていることだ。なので、ここまでしっかりと現実世界と区別化ができており、これほどまでのクオリティの高さだと感嘆せずにはいられない。



 僕たちはカウンターに向かい、事前に予約しておいた部屋の番号と説明書をもらう。



 部屋に入るとそこは大きな広間のような場所だった。壁からは白い光が発せられて、いまいち距離感が掴みにくい。不思議な空間だった。



 何もないがらんとした部屋の中に真ん中に大きなモニターがあり、様々なゲームの名前が書かれている。



 さらに、部屋に均等間隔に『ポッチャ』が設置され、そこから天井に向かって何本もの導線が伸びていた。



 天井にはパイプほど太い導線や細い導線やらがびっしりと張り巡らされていて、その真ん中に大きな箱型の機器があり、細かい赤や緑の光が点滅している。



 まずは、『ポッチャ』をCAREから流れる指示に従って着用する。



 着用するとゲームを選ぶ画面に切り替わり、僕たちは迷わず今一番CMで押されているドラゴンスレイヤーと言うゲームを選択した。



 すると、目の前が真っ白になり、すぐに武器・防具の選択画面が表示され、その選択が終わると僕たちはキャンプ場に集められた。



 同時に、足に感じる砂の感覚、肌を撫でる風の感覚。予想していた百倍近くリアルというか、もうほとんどリアルだった。ただ、キャンプ地に転送されただけでもう高鳴りだしている鼓動。だが単色的な笑みを浮かべる三浦達を見て幾分か萎えてしまった。



 しかし、いざ始めるとドラゴンに対峙すると、三浦達の表情なんて目につかないし、なによりリアル感がすごかった。ドラゴンなんて仮想だけの生物が本当に要るのではないかと錯覚してしまうほど。



 気づくと本気でその世界にのめり込んでいた。



「もう、十三時だよ」



 だから誰かがそう言うまで時間がそれだけ進んでいたことに気付かなかった。楽しい時間は過ぎるのが早いものだ。



 ゲームを終了し、部屋に食事を運んでくれるサービスがあったので、それで昼飯を軽くすまし、すぐにまたゲームに戻ろうという話になった。



 みんなも相当気に入っているようだ。しかし、昼ご飯を食べてすぐということもあり、激しく動かないですむ別のゲームをすることになった。



 多数決の結果、冒険系のゲームに決まった。なにやら美しい大自然の中にある迷路を抜けるゲームで、点在する天然のトラップを突破しゴールを目指すらしい、時々動物が襲って来る時もあるようだが、それほど激しいゲームではないらしい。



 もう一つ似てるゲームで暗闇の中迫りくるゾンビと戦いながら遊ぶゲームもあったのだが、それは女性陣が猛反対した。



 早速『ポッチャ』を装着するとアバターに着せる服、持たせる武器など選択し、それが終わると画面いっぱいにタイトルが広がり、途端に目の前が真っ白になる。



 ワイワイ話していた声もぱたんと止み、次の瞬間あたりが緑一面変わった。



 そこは背丈が高い木が所狭しと乱立し、鮮やかな緑色の苔がびっしりと木や地面に張り付いている。木々の隙間から光がほのかに差し込み幻想的な風景だった。今にも木の陰から妖精がちらりと姿を覗かせそうなほど……。さっきとは打って変わってシンプルでそしてただただ美しかった。



「おおぉ……」



 僕は突然現れた素晴らしい情景に思わず感嘆の声を上げた。そして、景色を満喫しようと辺りを見渡す。どこを切り取っても僕の心の奥底をジンとさせるものがある。



 と、不意に僕はここでようやく自分一人だったということに気付いた。道理で気が楽だったんだ。



 そう気づくと、一層心安らかになる。ゆっくりしたいと思っていた。僕は勢いよく近くにあった木にもたれ、辺りの景色を楽しみ始めた。



 ウィン



 五分ほどそのままでいると突然、目の前にメッセージがポップアップされる。僕に体調が悪いのか尋ねているメッセージだ。



 全くスタートしない僕にシステムが体調が悪のかもしれないと感知したのだろう。



 そうだ! すっかり景色に魅了されていて、ゲームのことを忘れていた。僕は急いで立ち上がりようやくスタート地点を後にした。


―――――――――――――――――――――


 バンッ、乾いた発砲音の後にドスッと倒れる音がする。イノシシの倒したことでポイントが入ったようで目の前にウインドウが開く。



 いざゲームを開始するとこの世界の作りこみに驚かされ続けていた。



 蔦を使って崖を登ったり、上手く持っているロープを使って一気に対岸まで渡ったり、今みたいにイノシシを倒したりと本当に冒険している。



 何よりもただ一人だけで気楽に楽しめるのが一番の理由である。



 一生このままゴールまで続いて欲しい。しかし、運の悪いことにそう願った途端、その願いは打ち砕かれた。



「修一か?」



 後ろから突然呼び止められた。



 途端に僕の中に驚きとそのあとすぐに失望が押し寄せてきた。振り返ると三浦が単色的な笑みをこちらに投げかけていた。



 盛り上がっていた気分が一気に沈んだ。



 誰にも会わず気楽にゲームを楽しもうと思っていた矢先、しかも二人きりって……。



「良かった!この先に二人じゃないと超えられなさそうな場所があるんだ!手伝ってくれ」



 そう言って三浦は僕の返事を待たず先に進んでいった。



 そんなこと言われたら別れられないじゃないか……。



 心地よかった平穏はあっさりと砕かれ、いつの間にか僕の口からため息が漏れ出ていた。

 


 それもよりによって三浦とか……。


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