昔から真似ばかりしてくる幼馴染の令嬢に「あなたと同じ人を好きになってしまった」と言われ、婚約者を奪われました。でも、私を裏切って結婚して以来二人はすこぶる体調が悪いようです。

柚木崎 史乃

第1話

 私──ジェシカ・クラインには同い年の幼馴染がいる。

 その幼馴染の名はマグダレーナ。名門侯爵家の令嬢だ。

 彼女とは家族ぐるみの付き合いだから、物心がついた頃には既に友人同士だった。

 けれども……正直、私は彼女のことをよく思っていなかった。というのも、事あるごとに私の真似をしてくるからだ。

 髪型や服装や持ち物はもちろんのこと、趣味や趣向まで何でも私の真似をするのだ。

 例えば──私が芝居を見てある舞台俳優のファンになったと言えば翌日にはもうその俳優に関するグッズを大量に買い集めているし、お気に入りのケーキ屋があるという話をすればいつの間にか彼女もその店の常連になっている。

 他にもマグダレーナに関するとんでもエピソードはまだまだあるのだが、挙げればきりがないので一先ず割愛しておく。


 一応弁明しておくが、私は最初からマグダレーナのことを嫌悪していたわけではない。

 私だって、小さい頃は一番の友達であるマグダレーナとお揃いの髪型にしたり服を着たりしているとなんだか嬉しかったし、楽しかった。

 大人たちから「お揃いで可愛いね。まるで、双子の姉妹みたいだね」なんて言われると、彼女と二人で「ねえ、聞いた? 私たち、姉妹みたいだって!」と言いながらキャッキャとはしゃいだりもした。

 だから、「なんでもかんでも友達とお揃いにしたい」という気持ちが全くわからないわけでもないのだ。

 とはいえ、大抵そういう気持ちは成長するにつれて自然と消えていくものだ。現に私自身がそうだったし、一般的にもそうだと思っている。


 でも、マグダレーナは違う。一向に私の真似をやめようとしなかったし、寧ろ年齢が上がれば上がるほど輪をかけてそれが酷くなった。

 なぜなら、彼女は私が好きになる相手まで真似をするようになったからだ。

 もう、あそこまでいくと何かの病気なんじゃないかとすら思う。成り代わり願望の類なのかもしれないけれど、それにしたって常軌を逸している。


 そして、中等部に上がってからは──好意を抱く相手を真似するだけでは飽き足らなかったのか、やがて彼女はその相手を自分のものにするようになった。

 つまり、私を出し抜いてその人と恋仲になったのだ。もしかしたら、私より優位に立ちたいという気持ちもあったのかもしれない。

 一方で、彼女には狡猾さも目立つようになった。

 以前と同じように、私の髪型や服装や持ち物などを真似するという点は変わらないのだが……流石に周りの目を気にし始めたのか、一見真似なのか真似じゃないのか分かりにくい微妙なラインを攻めてくるようになったのである。

 お陰で、私が別の友人に「マグダレーナはいつも私の真似ばかりする」と愚痴っても、「え、そう? 確かにちょっと髪型とか服装が似ているけど、偶然だろうし気にしすぎじゃない?」と逆にこちら側が被害妄想の強い狂人扱いをされる始末だった。


 ……とまあ、こんな感じでマグダレーナに対する不満ならいくらでも挙げられる。

 何度でも声を大にして言うけれど、はっきり言って私は彼女のことが大嫌いだ。今すぐ絶交したいし、金輪際関わらないでほしい。

 なのに、なぜ未だに縁を切らないのかというと──前述の通り、家族ぐるみの付き合いがあるからだ。

 私の父は名目上はマグダレーナの父親の友人ということになっているが、その実、兄貴分と舎弟のような関係なのだ。

 その上、うちは伯爵家で相手は名門侯爵家。向こうのほうが爵位が高いこともあって、当然ながら逆らえない。

 そんなわけで……必然的に、娘である私もマグダレーナの言いなりにならざるを得ないのだ。



 気づけば、なんだかんだとマグダレーナに対する不平不満を垂れ流してしまったけれど……今、私は婚約者であるエルネストと順調に交際している。

 マグダレーナにも親が決めた婚約者がいるし、流石に私の婚約者を寝取ったりはしないはず。

 そう自分に言い聞かせながら、ここ最近は平穏な日々を送っていた。


 そんなある日。突然、エルネストから学園の裏庭に呼び出された。

 こんな人気ひとけのない場所に呼び出すなんて、一体どうしたんだろう。

 なんとなく不穏な予感がしたけれど、とりあえず私は指定された場所へと赴く。


「エルネストったら……こんなところに呼び出して、一体どういうつもりかしら」


 呟いた途端、背後から足音が聞こえてきた。

 どうやら、一人ではないようだ。二人の人間の足音が近づいてくる。嫌な予感がしつつも、私は意を決して振り返った。


「エルネスト……? それに、マグダレーナも……」


 案の定、そこにいたのはエルネストと──彼にぴったり寄り添うように立っているマグダレーナだった。

 ああ、そうか……またか。またなのか。一瞬で二人の関係を悟った私は、なぜか冷静にその事実を受け止めていた。


(またマグダレーナに『好きな人』を真似されたのね、私)


 でも、不思議と悲しいとか悔しいとか、そういう感情は湧いてこなかった。

 強いて言うなら、虚無。エルネストはすっかりマグダレーナの虜になっているみたいだし、恐らくこの婚約は破談だろう。

 ともすれば、私は今後もマグダレーナによって人生を滅茶苦茶にされかねない。けれど、なんだかもうどうでもよかった。

 本来ならば、信頼していた婚約者に──エルネストに裏切られたことにもっとショックを受けるべきなのかもしれないけれど。


 それよりも、気になるのはマグダレーナの真意。一体、彼女は何が目的なのか。

 もしかしたら……実は昔から私のことを憎んでいて、じわじわと時間をかけて追い込んで苦しめたかったとか?

 考えば考えるほどわからないし、謎だった。

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