047 森を抜けて
クイックリザードを討伐してから既に二日が経過している。もうじき森を抜けられそうだ。そしたらナランハ村はすぐなのだが……。
パシーンッ! パシンッ! バシッ! 森に木霊する謎の音、木を叩いているかのようなその音は断続的に鳴り響いている。
ナランハ村から木こりが来ているのだろうか。俺たちは顔を見合わせ、慎重に音源へと近づいていく。そして……俺たちの目の前に現れたのは、 一頭の鹿だった。いや、正確には鹿に似た魔物だ。だがその魔物の角は一本しかない。どうやらもう一本は折れてしまったようだ。
鹿の魔物はこちらに気づく様子もなく、無心に木を叩き続けている。俺たちは、思わず立ち止まってしまった。
「なんだ……あれ?」
「ビッグホーンディアね。ルーセイド地方ではそう多くは無いのだけれど、珍しいわね」
ビッグホーンで今度はディアか。あれ? 大きい角の鹿だろ……。
「セフィリアのブーツって」
「そうよ、あれの革からできているわ。柔らかくていいのよ」
それにしてもあの魔物は何をしているんだろう。残った一本の角を木に向けてぶつける動作を繰り返している。木に八つ当たりでもしているのだろうか
「あれは一体どういう行動なんだ?」
「おそらく、縄張り争いに敗れて逃げてきたんだと思う。争っている時に角が片方折れてしまって、そのままじゃバランスが悪いからもう一本も折ろうとしているのかも。角は年に一回生え変わるの」
セフィリアが説明を終えたその時、バキィっと大きな音がして、とうとう木の幹に穴が開いた。ビッグホーンディアはその穴に角を差し込むと、てこの原理が分かっているかのように角をポキっと折った。おお……なんか凄い光景だな。俺とマリーは息を呑む。
ビッグホーンディアは満足そうに折れた角を眺めている。
「どうする? 狩る?」
そう尋ねながらセフィリアは既に矢筒から矢を一本取り出している。
「手負いの獣って危なくないか?」
「ビッグホーンディアの等級っていくつですか?」
「そうねぇ。六級魔物に分類されているわ。角以外に注意しなければならないのは、蹴りね。側面から攻撃するのが定石」
俺とマリーの質問にセフィリアが答える。六級魔物なら……まぁ、戦えるか。俺は盾を構えて前に出る。
セフィリアが弓を引き絞ると、ビッグホーンディアがようやくこちらに気付いたようで威嚇の声を上げる。
まだ距離があるというのに、ビリビリとした殺気のようなものを感じる。やっぱりまだ殺気立ってるじゃないか。俺は気合いを入れ直す。
セフィリアが放った矢がビッグホーンディアの右目を貫く。ビッグホーンディアは怒り狂い、こちらに全力で突進してきた。巨体に似合わないスピードで迫るビッグホーンディアは、あっと言う間に俺との距離を詰めて、その長い脚を振り上げた。蹄による一撃を盾で抑えながら右手に構えた剣で斬りつける。
「マリー追撃!」
「はい!!」
がら空きの側面をマリーが二度、三度と切り裂く。しかしそう容易くは倒れず、体当たりで俺たちを吹っ飛ばすビッグホーンディア。すかさずマリーが追いすがるが、ビッグホーンディアは素早く反転してマリーに後ろ足で強烈なキックを見舞った。マリーはなんとか直撃を避けたが、衝撃で吹っ飛び木に叩きつけられる。
ビッグホーンディアは俺たちに背を向けたまま駆け出す。逃げ出すつもりだが、そうはいかない。セフィリアの二射目が後ろ足に刺さる。よろめいて動きがにぶったところに――
「水よ、集いて弾丸となれ――ウォーターバレット!!」
俺の放った水弾が三つとも命中し、ビッグホーンディアは地に伏した。そんなことよりだ。
「大丈夫か、マリー」
「はい、なんとか。ちょっと……脇腹が痛むくらいです」
「肋骨とか折れてなければいいが……」
マリーの防具はあくまで胸当て。腹部はほとんど守られてない。俺のマントよりマリーの防具をもっと充実させるべきだったんじゃないか。それに……
「マリーの剣、けっこう刃こぼれしてきたな」
「す、すみません」
「謝ることじゃない。……ナランハ村に着いたら手入れしてもらおう。良い物が見つかれば新調も考える」
ひとまず倒したビッグホーンディアと折った角を収納に入れる。この角がひょっとしたらいい武器になったりして、なんてな。
「さて、森を抜けたら村はすぐなんだよな。今日くらい宿で泊まるか。食事が偏ってしょうがない。野菜が食べたいぞ」
マイホームで出てくる食事は簡素で、サラダなんて出てこない。こっちの世界で生野菜を食べる習慣があるかは分からないけど、あると嬉しい。
「確かに、最近はお肉ばっかりでしたもんね。夕方までに着くといいのですが」
「流石に日の高いうちにつくわよ。寄り道さえしなければね」
少しずつ木の生えている密度が下がっていく。森はもうじき終わりってことだな。けっこういろんな魔物を倒したし、買い取り……そこそこの額になるといいのだが。
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