046 初めての水魔術

「あれ……そうじゃないか?」


 沼地の茂みを進む俺たちの前方にザラザラとしたものが這うように進むのが見えた。さすがに距離があるのではっきり見えないけど、間違いなくあれはクイックリザードだ。慎重に接近を試みる。

 クイックリザードは俺たちに気付くことなく、ずるずると前進している。どうやら警戒心は強いが視野は狭いらしい。とはいえ数は三体……二体倒せば依頼は達成だが、可能であれば三体とも倒してしまいたい。俺はセフィリアに敏捷のバフをかけてもらい静かに駆け出す。クイックリザードの後方から斜め前に回り込む。つまるところの挟み撃ちだ。

 俺が右前方から飛びかかってきたことでようやく気付いたようだが、もう遅い。俺の剣は一体目の首元を斬り裂く。左上から右下に振り下ろした剣に、クイックリザードが頭を振り回して抵抗する。それを左フックを打つように盾ではじく。追撃、踏み込んだ左足を軸に回転しながら剣を振り上げる。


「アッパースラストォ!!」


 叫ぶ必要があるかと言われれば否だが、技名を叫ぶのはロマンだ。魔力を込めた斬撃でクイックリザードの一体目が完全に沈黙する。


「レックスさん危ない!」


 技後硬直か単純に敵を倒した後で気が緩んだのか、二体目のクイックリザードが振りぬいた尻尾が俺の横腹を痛打する。――ゴッ!! マント越しなのに凄まじい衝撃が走る。サトン村でこのマントを買っていなかったらと思うと実ダメージ以上の恐怖が俺を襲う。さらに間の悪いことに反時計回りに回転した俺は遠心力で剣を手放してしまっていた。マリーはもう一体のクイックリザードと対峙しているし、セフィリアは魔法を放つために杖を構えているが詠唱に時間がかかる。

 俺は右手を地面につきながら立ち上がり、とにかくセフィリアの視界にクイックリザードが入るように誘導する。それに……今の俺ならできる気がする。


「疾風の刃、飛来せよ――ウィンドカッター!」

「水よ、集いて弾丸となれ――ウォーターバレット!!」


 セフィリアの放った風の刃が二体目のクイックリザードに命中して怯んだところに、俺の放った水弾が三つ立て続けに襲い掛かる。二体目のクイックリザードが完全に絶命する。今度は油断せず三体目を見やるが、マリーがきっちり剣を突き立てていた。


「レックス、大丈夫!?」

「おう、マントのおかげでな。マリーも大丈夫だったか? 一体まるっきり任せちまったけど」

「はい。かすり傷です。そうだ、レックスさんの剣は?」


 クイックリザードから一発くらった拍子にすっぽ抜けちゃったけど……まさか沼に沈んでたりしないよな――あった! 骨特有の乳白色が沼地で明らかに浮いていて、すぐに見つけることができた。念のために確認したが特にヒビなどもない。よかった。


「にしてもレックス、水魔術が使えるようになったのね」

「そうですよ、驚いたんですからね!」

「おう、練習した甲斐があったぜ」


 マリーが私も練習しているのにと口をとがらせるのがちょっと可愛い。セフィリアが言うには水辺で水魔法を練習すると習得が少し早くなるらしい。じゃあ火魔法は火山とかで練習するといいのだろうか。……できれば行きたくないものだ。


「そうだレックス、魔術名を口にするのは理解できるけど、武技の名前は口にしなくたって発動できるんじゃないの?」

「まぁ、なんだ……気合が入るからな。威力も上がった気がするんだよ」

「そうなんですか?」

「もう、マリーが信じちゃうじゃない。口を動かしてないでさっさとクイックリザードの素材を仕舞って」


 セフィリアにはこのロマンってもんが通用しないのかぁ。まぁ、仕方ないか……。素材を仕舞いつつ、


「マリーも一回くらい試してみてもいいんだぞ」


 なんてマリーに話を振ってみたが、軽く笑ってあしらわれてしまった。ちょっと寂しい。


「さぁ、先に進みましょう。陽が傾いてしまいますよ」

「分かってるって。んじゃあ、ナランハ村目指して出発!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る