036 マリーの両親

 翌日――

 つつがなく朝食を済ませた俺たちは人気のない路地から出て、商店の多いエリアに移動する。奴隷商人の店はそこそこ大きく、人の出入りも多かった。


「思ったよりお客が多いんだな」

「そうですね。とはいえ、需要が高いのは護衛にもなる戦闘奴隷なので、二人ともまだ売れずにいてくれるといいのですが……」


 経済的な理由から奴隷落ちした場合、ある種のセーフティーネットのようなものらしいので、傷めつけられるようなひどい扱いなんていうことはなく、きちんと新しい購入者が決まるまでは、人並み最低限の生活は送れるという。商品価値が落ちるような真似はしないということだ。


「いらっしゃい。なんだ、また君かね」


 店内に入るとでっぷりとした中年男性が受付にいた。どうやら、マリーがしょっちゅうくるものだから覚えられてしまっているようだ。


「こんにちは、今日も両親の様子を見に来たんですが……」

「ああ、あの夫婦ならまだ残ってるさ。そろそろ値下げでもしようかねぇ」


 値下げされたとて奴隷二人を買えるような持ち合わせはない。どこかに売られてしまえば、会うことすらままならない。ほどなくして、マリーの両親がいる部屋へと案内された。もっとも、案内したのはこの店の人間ではなくマリーなのだが。


「お父さん、お母さん、元気?」

「マリー、父さんたちは大丈夫だ。マリーこそ、冒険者として無茶してないか?」

「うん、レックスさんに助けてもらっているから平気だよ」


 マリーの父親、確かマーカスさんだったかな。


「あら? そちらの方は?」

「はじめまして。レックスと言います。マリーさんとパーティを組んでいる冒険者です」

「そうですか、娘を助けていただいているようでありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ助かっている部分も多いですよ」

「もう一人、こちらの女性がセフィリアさんです」

「私もマリーも、たまたまレックスに助けてもらった同士なのよ」


 セフィリアがマリーの母親と話し始める。エリーゼさんだったかな。マリーの髪色は母親似のようだ。

 でも優しい目元はちょっと父親似なのかも。俺は改めてマリーのご両親に挨拶をした。

 マリーの両親は、マリーが危険な目に遭わないか心配しているようだったが、俺とセフィリアがいるし、そもそもまだ危ない任務は受けられないっていう話をした。あとはマリー自身も着実に成長しているから問題ないと伝えた。それでもしばらくは心配していたが、俺の言葉を信じてくれたようだ。


「我々は商売人としての人生しか知らないし、売り先も商会を依頼している」

「だからこそ、売れ残ってしまっているのかもしれないのだけれどね」


 マーカスさんの言葉にエリーゼさんが続く。

 適性ってものがある以上、年齢も加味して考えればマーカスさんとエリーゼさんが肉体労働者として購入されるケースは考えにくい。かといって、魔法の才能があるかといえば、マリーを見る限り可能性は低いだろう。

 手早く鑑定もするが、特段レベルが高いわけでも特徴的なスキルがあるわけでもない。ただ、商才がマリーより高ランクの(上)があるというのに、商売に失敗して奴隷になってしまうのか。……世知辛い世の中だな。というか、まだ三十代半ばじゃないか。マリー以外に子がいないのも、なんか理由があるのか……まぁ、流石に聞けないが。


「マーカスさんたちは何を商っていたんですか?」

「革製品だよ。そのまま使ってもいいし、錬金術師が魔法を付与したっていい、けどな……大きな商会の前には無力だったさ。だが、マリーが元気でいてくれるなら、それでいいと思ってるさ」

「そうね。マリー、何度も言っているけどあなたの幸せが私たちの幸せだから。レックスさん、セフィリアさん、マリーのこと、どうかよろしくお願いします」


 マリーの両親はそう言って頭を下げてきた。

 マリーの両親がマリーの幸せを願っていることは、痛いほど伝わってくる。マリーの両親の話を聞く限り、奴隷としての生活は思ったよりも悪くないようだ。衣食住が確保されているし、これまで培ってきた技術が衰えないよう研修みたいなこともしているらしい。他にも軽作業をしたり街の清掃活動なんかもしているらしい。刑務作業に近いような気はするが……まぁ、この世界なりの福祉なんだろうな。


「また、来るね」


 マリーが笑顔を浮かべて言う。マリーの両親は嬉しそうな顔をしながらマリーを見送る。マリーは俺たちに振り返ると、


「じゃあ行きましょう」


 と言って歩き出した。マリーは両親に会ったことで気合がより入ったようだ。あまり無茶をしないよう、俺とセフィリアが見守らないとな。両親にも頼まれたことだし。


「さぁ、ギルドに行く前に武器屋へ寄っていきましょう」

「そうね、やっと私の弓を買ってもらえるわ」

 そんな会話をしながら奴隷商人の店を後にし、武器屋を目指す俺たちだった。

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