005 一人じゃない

「とにかくここにいれば安全だし、傷も癒えるはずだ。あぁそうだ、トイレはあの扉の先にある」

「あぅ、ありがとうございます。……行ってきます」


 洗面台があれば顔を洗うよう言ってあげられるんだけど……。トイレに向かうマリーを鑑定すると、HPが70程度まで回復していた。こっちの世界に時計はないが、体感的に30分ちょっと話していただろうか。序というだけあって回復には時間がかかりそうだ。

 静かな部屋にマリーが用を足す音だけが響く。取り敢えず聞いてないフリだけはしとくか……。そうだ、そろそろ腹も減る頃だろう。

 俺は流しの水をヤカンにためて火にかける。ほどなくして戻ってきたマリーに手を洗うよう促してから、腹は減っているかと問いかける。


「そう、ですね。……お腹、空いてます」


 ふと思ったがこの世界には時計がない。どうやってカップラーメンの3分を計ろうか。まぁ、柔らかくなったなぁくらいで食べちゃえばいいんだけど。

 というか食器……あ、ある。


「なあマリー、これは知ってるか?」


 そう言って俺はマリーに箸を見せる。マリーはすぐに首を横に振った。なるほど、こちらの世界では箸は使われていないもしくはマイナーな食器なのだろう。気を取り直してフォークを見せると、それは分かりますと少し怒られてしまった。そうこうしているうちにお湯が沸く。ヤカン特有のあのピューって音に驚くマリーは可愛かった。


「マリー、数はいくつまで数えられる?」

「え? いくらでも?」

「あー、今のは俺の聞き方が悪かったな。確かに、そう答えるわ」


 厳密には限度があるけど、そんな大きな数を数えることがそもそもないだろう。


「俺が合図をしたら百八十数えてほしい」

「分かりました」


 頷くマリーを見ながら、二つのカップ麺にお湯を注ぐ。


「じゃあ頼む、一定の間隔で頼むぞ」

「はい。いーち、にー、さーん、よーん……」


 指示通り一定のペースを保って数字を数えるマリーはちょっと音声読み上げソフトみたいで面白かった。途中でちょっかいを出したい気持ちをぐっと抑えること三分(のはず)


「ひゃくななじゅうはち、ひゃくななじゅうきゅう、ひゃくはちじゅう……はい、数え終わりました」

「おし、じゃあこれを食べるんだ。食べ方は、こう――ズルズルゥ」


 カップのふたを開け、フォークで麺を絡めとって啜る。見よう見まねでマリーもカップ麺にフォークを入れる。麺を持ち上げ、


「数を数えながらも思いましたけど、いい匂いですね……。なんのスープかわかりませんけど。じゃあ、いただきます」


 お、こっちの世界でも食前の挨拶はいただきますなのか。まぁ、俺の認識に合わせてそう聞こえているだけかもしれないけど。……さっき言いそびれたな。ちょっと反省。


「お、おいしいです。なんか、少し味が濃いというか、強くて舌がビリっとしますけど、温かくて美味しいです!」


 ……うーん、しょっぱかったのかな。マリーのカップ麺に追加でお湯を注ぐ。文明レベルがどうか分からないけど、異世界人に現代日本のジャンクフードを食べさせたんだもんな。感じ方は変わるだろう。化学調味料とか、こっちの世界にはあるわけないし。


「この黄色くて柔らかいものや、茶色で四角いものも食べていいんですか?」

「もちろん、黄色いのは玉子で茶色いのは肉だよ」


 よほどお腹が空いていたのか、マリーはあっという間にカップ麺を平らげてしまった。


「はぁ……ごちそうさまでした。あの、見たことない空間に謎の食事、レックスさんは……何者なんですか?」

「それは当然の疑問だよな。……でもまぁ、今は言えないや。ただ、俺はマリーの味方でいたい。きっと、俺たちが目指しているものは似ているはずだから」

「……そう、ですね。助けていただいたお礼に、聞かないでおくことにします。でも……いつか、話せる時が来たら教えてくださいね」

「ああ、約束するよ」


 食事を済ませたとはいえ、マリーのHPはまだ万全ではなかった。とにかく今は彼女の身体を休ませることにしよう。

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