第22話 彼女の核
小一時間ほどショッピングモール内を歩き、少し疲れを感じ始めた俺たちは、有名チェーン店のカフェで一休みすることとした。
お互い注文の品をもって、向き合って席へと腰を下ろす。
「できたばかりってことで、すごい人の量だな……」
「だね、一人だったら絶対来なかった」
そう言って、目の前の彼女は買った飲み物に口をつける。
俺も彼女の動きに合わせたように、のどを潤す。
「…………………」
「…………………」
お互い疲れたのか、会話はなく、ただ周囲の会話と雑踏だけが耳に届く。
いつもなら、どちらかが容易く沈黙を破るのだが、今日はそういう訳でもなかった。
つい先ほど、至近距離で見つめ合ったのが原因なのか、二人の間には少し気まずい雰囲気が流れている。
……原因をつくった、俺から会話を切り出すべきか。
幸いといって良いのか、俺にはずっと彼女に聞きたかったことがあった。
それは今日を台無しにしかねない質問だったが、俺は今日切り出さないでいつ切り出せると、自身を奮い立たせて、口を開く。
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
「ん、いいよ」
コトッ、という音を鳴らして、彼女は手に持っていた飲み物を机の上に置く。
「――水族館で、河野は言ったよな……『人生は後悔の積み重ね』って」
「そうだっけ?」
あからさまに恍けたふりをする彼女。
記憶の薄い出来事なら騙されていたかもしれないが、少なくとも俺にとっては忘れることのできない出来事だった。
「そうだよ……だから、聞きたい――過去に何があった?」
過去。
それは個人を知るのに、重要な要素の一つである。
俺は約二週間、”
いきなり『人生』について聞いてきて、ストーカー被害に巻き込んで。
偽の恋人になって、すぐ不機嫌になったり、自分で作ったルールをすぐに破ったり。
話す言葉はどこかズレていて、でも本質を捉えていて。
悲しげな表情で大事な質問をしたり、かと思えば急に今日のデートに誘ったり。
ストーカー被害を止めるためにも、彼女の
「……今日、楽しいよね?」
「……まぁ、それなりには」
「なら、別の日にしない? 今日は、楽しいままでいたい」
彼女は苦しそうな笑みを浮かべて、俺にそう訴える。
これは俺と彼女が知り合ってから、初めての拒絶だ。
だからこそ、俺はこれを越えないと何も解決しないと思った。
今日までの日々が、ふわふわとした甘い日々だったから。
都合のいい、夢のような毎日だったから。
「俺は、今話してほしい……辛くたって、悲しくたって、今日の最後には『良かった』って思って欲しいから」
子供騙しなような台詞。
そんなこと確約できない、だけど、これからのためにはきっと必要なことで。
それを彼女も分かっているからか、目を伏せて、口を開いた。
「高宮は、いじわるだね……………つまらない話だけど、聞きたい?」
「ああ」
俺の返事の数秒後、彼女は過去を語りだした。
「昔の私さ、結構かわいくて、男子からも女子からも人気だった……だけど、思春期になると色恋沙汰で色々あってね」
誰が、誰に、惚れた、好いた。
そんなことですら日々の刺激である思春期。
相当な美少女である河野が、これに巻き込まれるのは必然だろう。
「人気の男子に告白されて、断ったんだ……普通に仲良かったけど、そういうのじゃないからって、『友だちでいよう』って」
モテる人の典型的な話だろう。
だけど、他の人たちとはここから決定的に違うのだろうと、先ほどよりもっと暗くなった彼女の表情を見て察した。
「次の日、学校に行くと何故か私が告白したことになってて、それも複数人に……みんながその話を信じてて、男子からは腫物扱い、女子からは陰口どころか直接悪口をぶつけられた、みんなに寄って集って酷いことを言われた」
ああ、彼女は腹いせという名のいじめを受けていて。
それが、今日まで尾を引いているのだ。
「その前の日まで、友達だって思ってた人に悪口言われるなんて、滑稽だよね」
そう言って、自嘲気味に笑う彼女。
「だからね、全部後悔なんだ……彼ら一緒に笑いあったことも、友達になったことも」
後悔。
そんな簡単な言葉でまとめて良いものじゃない、だけど彼女はそう割り切ってしまったのだ。
彼らと仲良くならなければ良かった、知り合わなければ良かった、と。
「だからね、人生は後悔の積み重ねなんだ……何をしても後悔しか心に残ってなくて、何年経ってもずっと私は変われない」
今も友達を作ろうとしないこと。
眼鏡をするだけで、外してしまえば素の自分に戻れること。
他にもいろいろあるだろう。
「たったこれだけの経験で『人生は後悔だけ』とか言ってて、笑えるよね……世の中、もっと嫌なこと辛いこと悲しいこと経験している人だらけなのに……それ以来、人に囲まれるのが怖くなって、誰とも話そうとしないで――」
そんな胸の内をぽつぽつと話す彼女に、一つ引っかかったところについて、彼女の言葉を遮るように問う。
「――なら、なんで俺はそうじゃないんだ?」
友達をつくったのも、容姿が良かったのも後悔した。
でも、俺には積極的に関わってきて、恋人の真似事だってしている。
傍に人がいることを認めようとしない彼女が、なんで俺の傍にいるのか。
俺の問いを聞くと、暗い表情から、どこかばつの悪そうな顔になり、居心地悪そうにする。
その時の彼女の頬は、少し朱くなっていて、そこで俺は彼女が恥ずかしがっていることに気づいた。
「高宮は、私を変えてくれるって思った、初めて会った日、私を救ってくれるって……でも、きっとそれは私の思い違いで、思い込みなんだと思うけど」
初めて会った日。
その言葉で、俺の脳裏には学校の廊下が思い返される。
『……――さ、佐藤先生が呼んでたから早く行った方が良いぞ――って取り込み中だったか?』
入学式して間もない頃、河野が男子と話してて、俺がその男子を呼ぶ。
すると、その男子は俺に礼を言うと、教室に戻る。
『悪いな、邪魔して』
河野に一言そう告げて、俺も教室に戻った。
記憶は少し不鮮明で、その男子生徒が誰かは思出せないが、そんな出来事だった。
「……俺、何にもしてないけど」
「嬉しかったから、私が」
「ん…………?」
「わかんなくていいよ、高宮は」
そう言って、小さな笑い声と穏やかな笑みを浮かべる彼女。
俺が質問する前まで、ひどく暗い顔をしていたけど、今では穏やかな笑みを浮かべている。
しかし、俺はそんな彼女の表情に気づくことなく、「俺、他になにかしたっけ」と記憶の海から必死にあの日の出来事を思い出そうとする。
「うーん………」
「美少女が友達全員に裏切られて、いじめられて、人間不信になる………よくあるつまらない話でしょ?」
「いやいや、そんな話よくあってたまるか………あと、つまらなくもなかった」
「え、楽しかった?」
「楽しくはないから、そんなドン引きするな………そうじゃなくて、河野のこと知れて良かったってこと」
俺がそうやって河野に笑顔を向けると、彼女は露骨に俺から顔を逸らす。
「…………高宮はずるいと思う」
彼女は口元に手を当てて、行き交う人たちに目を向けてそう呟く。
多くの音で溢れている空間だが、俺の耳はその声をきちんと捉えていて。
「たまには俺が振り回さないとな」
そう言って、俺はようやく自分の飲み物に二回目の口をつけた。
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