第16話 相合傘とストーカー
雨降る中、俺と河野は一つの傘の下に身を寄せ合い、帰り道を歩いていた。
「それにしても災難だったな、傘なくなってたの」
「まぁ、ビニール傘だったから、誰かが間違えちゃったのかも」
五月の下旬で、これから雨をたくさん降らせますなんて顔をしている時期に天気予報をチェックしない人は少ないだろう。
そのため、ほとんどの人は傘を持ってきていて、雨に直接打たれることは少ない。
「ま、こればかりは仕方ないよな」
しかし、たくさんの傘があれば何の特徴もないビニール傘を間違えてしまうのは起こり得てしまうことで。
俺たちは一本の傘を二人で使う、いわゆる相合傘をして帰宅している。
「折り畳みくらい持っておけばよかったかも」
「あー、まぁ一本あれば通り雨とか来た時も安心だしな」
普通なら雨音に声はかき消され、大きな声でなければ会話することが難しいが、こうして身を寄せ合っている場合は別。
案外、お互いの声は聞こえるものだ。
「……高宮、ちゃんと傘使えてる?」
先日、二人で立ち寄ったファミレスを通り過ぎたあたりで、河野からそんな問いかけをされる。
「いや、傘なんて誰でも使えるだろ、てか現に使えてるし」
「そうじゃなくて、濡れてない?」
俺が彼女の言葉を少し間違ったようにとらえると、彼女の表情は少しだけ呆れたようなものになる。
二度目の問いかけで、おれはようやく言葉足らずな彼女の言葉を理解する。
「相変わらずだな、河野は」
「なにが?」
「初めて会った日の、カフェでの会話を思い出した」
あまりピンと来ていない彼女を放って、あの日の会話を思い出す。
俺のことをストーカー被害に巻き込んでおきながら、俺の身を案ずる彼女。
今日の出来事と少しだけ一致する部分があり、つい顔がほころぶ。
「それより、ちゃんと傘、入れてる?」
「大丈夫、大丈夫」
俺が濡れてないか確認してくる彼女を適当にあしらう。
本当は肩とか腕とか結構濡れてはいるのだが、それを自分から言うのは何だか負けた気になる……何に負けるのかは分からないが。
それに、こういうものは言わない方が美徳であるという常がある。
俺の返答に不満がある様子の彼女の意識を逸らすために、俺は別の話題を振ることにした。
「そういえばさ、ストーカーはあれからどうだ?」
「え、普通に視線感じるけど」
「………………今?」
「いま」
最近、彼女のことを分かってきたつもりでいた。
いや、実際に会話とかは彼女とかみ合うようになってきたし、表情でどういう感情なのかもわかるようになってきたと思う。
しかし、相変わらず大事なことは何も分かっていなかったみたいだ。
「……………あの、河野さん」
「はい……………え、なに?」
「一応、俺はボディーガード的な役割でここにいるんですけど」
「兼彼氏、だけどね」
「偽の、な」
先ほどまでの会話より、コソコソと顔を寄せ合い話し出す。
一応、遠回しに俺の思っていることを伝えようとしているが、どうにも彼女には伝わっていないのか、軽口を返してくる。
「こちらとしても、ストーカーがいるときはちゃんと教えてくれないと……何というか、覚悟というか気持ちの準備というか」
「あー……分かった、次からそうする」
俺の考えが伝わったのか、少し申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女。
俺としては、今日まで被害がなかったからよかったと安堵するばかりであった。
「てか、結構頻繁に視線感じた?」
「うーん……まぁ週三回くらい?」
「……………………」
彼女の言葉に俺は言葉を失ってしまう。
まさか、そんな頻度で俺たちの背後に危険因子が潜んでいたとは。
もしかしたら、この間ファミレスに入ろうとか言い出したのも、ストーカーがいたからとか……。
俺は驚き半分呆れ半分の何とも言えない気持ちのまま、ただ歩く。
「――あ」
そんな半分意識がどこかへ行っていたからだろうか。
俺は目の前から結構な速度で走ってくる自動車に気づくことができなかった。
――バシャッ
まぁ気づけたところで、この運命が変わったとは思えないが。
俺は思い切り、自動車に水をはねられることとなった。
「うわ、びしょびしょだ……河野は大丈夫だったか?」
「私は平気だけど……」
彼女の視線は、俺の足元からゆっくり顔へと到達する。
足元はぐっしょりで、ズボンは思い切り濡れている。
幸いなのは、河野が濡れていないことと、上半身が無事であったことくらいだろうか。
彼女の家まであと少しといったところで、こうして濡れてしまうことは彼女に無駄な罪悪感を抱かせてしまうだろう。
「まぁちょうど良かったよ……後ろにストーカーがいるってのに、ちょっと思考がどっか行ってたし」
そんな風に、彼女の表情を少しでも和らげようと思い、口にした言葉は彼女に届くことなく、どこか難しいそうな表情をしている。
そして、しばらくして彼女の家の前に着くと、河野は「よし」と短い声を上げた。
「寄ってってよ、家」
「……はい?」
「タオルくらいは貸すからさ」
こうして、俺は今まで見送っていただけの扉の中に招かれるのであった。
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