第8話 これから
「……………………」
「……………………」
俺と河野は、互いの視線を合わせてもしばらく口を開かなかった。
俺はただ困惑、彼女は目だけで何かを訴える。
その時間はほんの数秒だったのかもしれないが、俺にとっては「しばらく」と言えるくらいの時間に感じられた。
「――遅い……忘れたの、約束」
河野は俺から視線を逸らすと、拗ねたように口を尖らせた。
約束。
それはきっと俺たちの偽恋人関係のことだろう。
約束とやらを思い出した俺は視線を無意識のうちに左斜めへと上げ、自分の首もとに手を当てる。
「あー……………………悪い」
「はぁ…………送ってくれるんでしょ、家まで」
そんな俺を見て、彼女は心底呆れたようなため息をつき、俺の横を通り校門の外へ向かって歩いて行く。
明らかに不機嫌そうな彼女に置いてかれないように、俺は小走りで彼女の隣に駆け寄った。
「……悪かったって」
「気にしてないから」
「……………………絶対気にしてるって」
「気にしてないって」
険悪そうな雰囲気のまま、俺たちは並んで歩く。
(なんだか、会う度いつも河野を不機嫌にさせているような……)
まだ、まともに話したりするのは二回目。
しかし、先日のカフェでも彼女は不機嫌になり、本日も不機嫌。
考えると、俺と彼女は相性が悪いのではないかとも思ってしまう。
そう思ってしまったら、俺の口は彼女の心情を確かめざる終えなかった。
「なぁ、河野」
「なに」
「本当に、俺で良かったのか?」
「なにが」
「恋人役、俺以外に適任がいるかもしれないだろ?」
「言ったでしょ、私友達いないから」
「いや、俺も友達ってわけじゃないだろ……河野がナンパしたようなものだし」
「……前にも言ったけど、それは高宮だったから」
「またそれか……」
河野が俺に声を掛けてきた理由は、相談に乗ってくれて、一緒に悩んでくれると思ったから。
しかし、それは彼女が俺を選んだ建前だろう。
きっと本音は別にある。
お互い、相性が悪そうなのに彼女が俺を選ぶ理由がどこかに。
俺が様々な思索を巡らせていると、河野は本日二回目のため息を吐く。
「はぁ……そんなことより、なんで遅かったの?」
「…………あー、ちょっと職員室に呼び出されて」
「……不良?」
「違うって……佐藤先生とは昔からの付き合いで、ちょっと心配された」
先生の勘違いではあるが、俺が河野を傷つけないように忠告してくれた。
それは、きっと彼女なりの心配の仕方なのだろう。
「ふーん……佐藤先生って美人だよね?」
俺が心配されたことには一切興味が無いのか、適当な相槌が隣から聞こえる。
話を深掘りされなかった安堵感と、彼女の興味の無さに少し頬が綻ぶ。
「やってることは終わってるけどな」
「佐藤先生の授業受けたことないから、分からない」
「そっか、一組の数学は別の先生か……なら、俺があの人のヤバさを教えよう。まずは――」
気づけば、河野の不機嫌さはどこかに薄れていて。
だけど、やっぱりまだ表情は硬くて。
そんな彼女を伺いつつも少しでも場を和ますため、佐藤先生のヤバいところを話しながら、俺たちは帰路を歩いた。
***
「――っと、ここだっけ?」
「うん」
学校から歩くこと十分ちょっと。
何事もなく、河野の家の前までたどり着くことができた。
「今日も視線、感じなかったか?」
「うん……登校中も下校中もなかった」
ゴールデンウィーク明け初日で、ストーカーも休みボケしていたのかもしれない。
いっそのこと、このまま五月病にでもなってくれれば良いのに。
そんなことを、つい願ってしまう。
「なら、良かったな。それじゃ――」
「まって」
「……?」
河野を無事に送り届けて自宅へ帰ろうとすると、なぜか河野に呼び止められる。
俺が振り返ると、河野の手にはスマートフォンがぎゅっと握りしめられており、顔は少し俯いていていた。
「深い意味は無いんだけど、今日みたいに遅いとか言いたくないし、私も用事あるかもしれないし……だから、必要だよねというか、これから絶対必要になるというか、関係性的に不可欠というか……」
「……そんな小さな声でボソボソ言われても、聞き取れないんですが」
「だから……連絡先、教えてほしい」
小さくて、ボソボソした彼女の発した言葉たちのほとんどは、俺の耳には届かなかった。
しかし、最後の言葉だけは確かに俺に聞こえていた。
「連絡先……ほい」
俺はメッセージアプリのQRコードをスマホに表示させて、彼女に向ける。
彼女は俺の差し出したコードを、慣れなてなさそうな手つきでスマホのカメラに収める。
間もなく、俺のスマホに一通の通知が届く。
『「みお」があなたをQRコードで友だちに追加しました。』
俺が彼女の友達申請を承諾すると同時に。
「じゃ、じゃあこれでっ」
そう言って、彼女は足早に自分の家に引っ込んでいく。
『言ったでしょ、私友達いないから』
つい、彼女の言っていた言葉を思い出してしまう。
きっと、彼女にとっては初めてのことで緊張したんだろうな。
そんなことを思うと、俺はスマホを操作して彼女とのトーク画面を開く。
そして、短くぶっきらぼうに「よろしく」とだけメッセージを送ってから、自分の帰路についた。
その日の夜、通知が十件以上になり、風呂から出てきた俺は何事かと思った。
可愛らしい様々な動物たちのよろしくスタンプが大量に送られてきただけだった。
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