第5話 隣の席の女友達
窓の外から日の光が差し込み、それまで瞑っていた瞼が次第に上がっていく。
まだ半分眠ったような状態で、枕元に置いておいたスマホを手に取った。
――七時、五分前。
「…………朝か」
俺はゆっくりと身体を起こし、遮光カーテンをいつものように開ける。
ゴールデンウィークという大型連休は、だらだら過ごしていればすぐに終わってしまうもので、気づけば今日からまた学校だ。
学校に行くことは特別嫌なことではないが、久々に外に出て学校に行くことはとても億劫に感じてしまう。
そんな気持ちをぐっと抑えて制服に着替え、自分の部屋から出る。
リビングに行くと、既に人の気配はなく、机の上にはポツンと俺の朝食が置かれてあった。
一度洗面台に向かって顔を洗ってから、席について朝食を食べ始める。
こんな朝食風景を見ると、俺がまるで両親と仲が悪いように見えるだろう。
しかし、そんなことはなく、両親は共働きで朝早いだけ。
夕食は一緒に食べるし、会話も少なくない、至って普通の家族だ。
(……そういえば、俺河野と登校しないといけないのか?)
朝食を食べ終わり、食器を片していると、ふと四月末の出来事を思い出す。
あの日、偽の恋人関係になった俺たち。
そうなった理由は、彼女の登下校における安全を確保するため。
しかし、俺たちは何時に何処で待ち合わせるかを決めてなければ、連絡先だって交換していない。
――なんか下校だけとか言ってたし……まぁ、今日はいいか。
今日、学校で河野に確認を取れば。
そう思い、俺はいつもと変わらない時間に家を出て、普通の通学路で学校に向かうことにした。
***
八時に家を出て、そこから歩くこと二十分。
俺や河野の通う笠間高校の校門をくぐり抜け、慣れた手つきで外履きから上履きに履き替え、校舎の中へと入っていく。
そのまま階段を登り、二階の「一年二組」のプレートが掲げてある教室に入る。
すると、俺の席には既に別の誰かが座って、スマホを触っていた。
「……おい、そこ俺の席なんだけど」
「んー……分かってる分かってる」
そう言って、俺の方を確認することもせず、スマホを弄り続ける女子。
俺はそんな彼女の態度に呆れ、ため息を吐いてしまう。
「
「はいはい、今どきますよ~」
肩につく程度の長さの亜麻色の髪を揺らしながら、北条はめんどくさそうに立ち上がり、自分の席に腰を下ろす。
身長は河野と変わらない程度で、女子にしては身長高め。
その身長を活かすかのように、少し制服のスカートを織って短くしている今時の女子高生、典型的なJKといったところだろう。
見た目通り、友達も多く、交友関係も広い彼女は、クラスの中でも中心人物と言って差し支えない女子だ。
「
「……なんだよ、唐突に。別にどこにも行って――……ないけど?」
自分の席に荷物を置き、教科書や筆記用具を鞄から机の中に移していると、北条から何の脈絡もなく、突然質問される。
その突然さからか、適当に「どこにも行ってない」と言えばいいところを、途中であの日の出来事を思い出して、言葉に詰まってしまった。
「なに、その誤魔化し方……ゴールデンウィーク、何かあったの?」
彼女はスマホを触るのをやめて、今日初めて俺と視線を合わせる。
努力で得た美人さとまだ年相応のあどけない可愛さを足して割ったような、河野とは違う、別系統の美少女の顔は、久々の俺にとって少し眩しく感じられ、目を逸らしてしまう。
「べつに……ただ、ゴールデンウィーク初日に水族館行ったなぁって――」
「――誰と?」
俺の言葉を遮るように、食い気味に質問してくる彼女。
そんな彼女からは、先ほどまでの気だるげそうな様子からは考えられないくらいに、鬼気迫るような様子だった。
俺はそんな彼女に、頬杖をつきながら呆れ顔で吐き捨てるように答える。
「……ひとり。母さんが貰ってきた割引券でも使って、有意義な大型連休の初日を飾ろうって思ってな」
「はぁ……紛らわしいなぁ。一人で行ったなら、そう言って……てか、男一人で水族館とか――っぷぷ」
「うっせ……そういう北条はどうなんだよ」
「んー? 私はクラスの女の子たちと遊びに行ったり、見たかった映画見たり、あと中学のときの友達とも遊んだり?」
「うげ……相変わらずのリア充っぷり」
「ぷっ、ワードチョイスが二十代過ぎ……リア充とか今どき使わないし」
そう言って、再びクスクス笑い始める北条。
「じゃあなんて言うんだよ……」
「えー、なんだろ……陽キャ、はちょっと古いか……」
北条はそう言って、うーんと悩み始める。
そんな様子ですら、彼女を美少女に押し上げるスパイスでしかない。
美少女で、よく笑い、よく話す。
そんな理想の女子である彼女は当然モテるし、クラスでも人気者だ。
それなのに、クラスの中でも目立たない側の人間の俺と、こうして話しているのか。
それは、ただ俺と北条が同じ中学出身というだけだ。
中学時代は一度も同じクラスにならなかったし、話したことだってない。
それどころか、俺はこんな奇跡の寄せ集めのような美少女の存在を認知すらしていなかった。
(……こんな美少女に興味が無かったなんて、当時の俺はだいぶ枯れているな)
隣の席で笑う彼女を見て、そう思う。
彼女をちゃんと認識したのは、高校の入学式。
同じクラスで、隣の席になった彼女に話しかけられ、そこで俺は彼女の存在を認識した。
それからは、何かと北条が絡んでくるようになって、一か月が経ち今の友人のような関係になった。
「ふぅー、朝から笑った笑った……」
「それは良かったな」
「それよりさ、さっきから私の顔ずっと見てたけど、なに……見惚れてた?」
さっきまでの笑いとは違う、どこか揶揄うようにニタニタと笑みを浮かべる彼女。
こういうときの対処法は、彼女と過ごした一か月でしっかりと学んだ。
「そうだな、こんな美少女に興味がなかった中学の俺は、よっぽど枯れていたんだなって」
「――ふぇ」
俺が先ほどまで考えていたことを、そっくりそのまま素直に口にすると、北条は固まってしまい、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
そう、彼女は「責め」に弱い。
素直に褒められることに慣れていないのだ。
「ちょ、ちょちょちょ、急に何言ってるのかなぁ!?」
動揺しているからか、言葉につまり、少し大きめな声で怒ったような態度を取る。
俺が「周り、周り」と彼女に伝え、彼女の声が周囲の注目を集めていることを教える。
そして、その事実が彼女の顔を更に紅潮させ、彼女は机に突っ伏してしまう。
「あー……もう、ほんと……いや……これだから……」
何か言っている気がするが、北条がこのモードになってしまうと、もう俺の声は届かない。
彼女をこうしてしまった原因が俺にもあるので、少しだけ罪悪感を感じつつも、スマホを触りながら朝のホームルームを待つことにした。
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