萩市立地球防衛軍☆KAC2023その③【ぐちゃぐちゃ編】

暗黒星雲

ぐちゃぐちゃトラップ

「ララ隊長。これをご覧ください」


 白猫ぽっちゃり獣人のハウラ姫がララに兵器の資料を見せている。かなり大柄なハウラ姫と子供のようなララが並ぶ姿は、両者の体形の違いを極端に浮かび上がらせていた。ある意味シュールである。


「これは……兵器なのか」

「そうです。我が惑星国家キラリアで使用されている防御兵器です。広域型機動阻止因子放出装置、略称は〝ぐちゃぐちゃトラップ〟です」

「なるほど……足止めされた敵がぐちゃぐちゃに絡み合うと」

「はい」


 ここは笠山地下にある防衛軍本部の会議室である。明神池傍の「椿と最上の本屋さん」内にある階段を使用し、地下通路を数分歩く事でたどり着けるようになっている。


「トラップにしては大掛かりだな」

「はい。機甲師団や人型機動兵器等の機械化集団に対して使用し、大隊規模の敵を行動不能とします」

「この装備を我が防衛軍に供与してくれるのだな」

「はい。大型の未確認攻勢生物の行動も阻止できるかと」

「それは頼もしい」


 二人の会話をそのすぐ傍で聞いていたのは、セーラー服とお下げが可愛い最上だった。今日は黒縁眼鏡をかけていて、地味っ娘具合が更に進化している。


「それ……大規模な地上戦で効力を発揮するトラップですよね。戦車が何十両も並んで攻めてくるような状況で使用するための」

「はい」


 自信満々で頷いているハウラ姫なのだが、最上の表情は暗い。


「よろしいですか? それは大平原を基準に使用されるべき装備でしょう。広大な草原や砂漠などでなければ、地形の損害が大きいのでは?」

「最上様のおっしゃる通りです。日本で使用するなら、道路や橋梁、電線、水道、電話線、光ファイバー網の通信設備などのインフラ、農地、住居など、地上全ての存在に影響します。しかし、私もその事は重々承知しておりますわ。今回お持ちしたのは効果範囲を限定して使用できる試作型です」

「限定ですか?」

「はい。効果範囲は円形で最小単位は直径10mとなっています」

「なるほど。効果範囲が自在に設定できるなら使い勝手は良さそうですね」

「ええ」


 自慢げに胸を張るハウラ姫である。およそ、120cmはあろうかという巨乳が揺れる様を、恨めしそうに見つめる最上であった。


「ララ隊長。三式戦車に〝ぐちゃぐちゃトラップ〟搭載完了しました」


 会議室にやってきたのはハウラ姫の執事であるイスハークだった。彼はサバトラ模様の猫獣人だが、今日は紺色の作業服を粋に着こなしている。


「早いな。早速、実証試験を行う。三式戦車発進だ」


 笠山中腹の格納庫から旧陸軍の三式戦車が顔を出す。そしてディーゼルエンジンの咆哮を響かせながら黒煙を噴き上げ走り始めた。


「進路は北北東。大井地区の不燃物処理場へ向かえ」

「了解しました」


 操縦士は椿である。見た目が三歳児の椿ではペダルやレバーに手足が届かず操作は難しいのだが、そこは絶対防衛兵器の椿。座っているだけで三式戦車のAIを直接支配し操作している。砲手席にはイスハーク、車長席にはララが座っている。この、三式戦車の乗員は本来五名であるが、AI化と機械化が施されているため基本三名で操作可能だ。


 ちなみに、ハウラ姫も乗車を希望していたのだが、あの豊満な体形が災いし、つまり狭いハッチに尻が引っ掛かってしまい乗車不可能だったのだ。彼女は仕方なく本部で留守番となっている。


 三式戦車が国道に入り、東方向へと進路を変えたちょうどその頃、防衛軍に緊急事態の一報が届いた。萩市大井地区の海岸より人型機械化兵団が上陸し西進しているとの事だ。


「ちょうどいい。例のトラップの効果を試そう。イスハーク、起動準備。椿は操縦士と砲手を兼任せよ」

「了解しました」

「了解」


 黒煙を噴き上げ、三式戦車が更に速度を上げた。人型機械化兵団との相対距離は5000m。


「目標を視認。身長180cmの機械化歩兵一個中隊が隊列を組み時速15kmで西進中」

「早いな。競歩選手並みの速度だ。イスハーク、準備はいいか?」

「準備完了しています。1000m地点でトラップ発動します」

「わかった」


 北長門国定公園の傍を通る国道191号線。複雑な海岸線に沿っているため基本的には曲がりくねったワインディングロードである。しかし、その中でも直線部分はある。その直線路の端で三式戦車は待ち構えていた。


「敵機械化歩兵の情報です。軟体動物をサイボーグ化した機械化兵です。二足歩行ですが、腕は八本あります。小火器と盾を装備。また、携行対空ミサイルや対物ロケットランチャーなども装備している模様。体の75%は金属製、25%は軟体のまま。原型生物は地球のイカに酷似しています」

「四分の一は生身のままで、それはイカなのか」

「そのようです」


 イスハークの索敵情報にララは頷く。そして椿に指示を出す。


「椿、IRフォトンレーザー発射準備」

「了解」


 三式戦車の主砲は75ミリの九〇式野砲をそのまま搭載したものだが、防衛軍の三式戦車はIRフォトンレーザー砲へと換装されている。このレーザー砲はIR領域(赤外線)に特化した波長のレーザービームを放つ為、発熱量が大きいという特徴がある。


「敵機械化歩兵、ロケット弾を発射。また、自動小銃による射撃も開始しました。反撃しますか?」

「防御シールドを展開、引き付けよ」

「了解」


 椿の操作で戦車の車体が淡く輝く光に包まれた。そのシールドは至近で炸裂するロケット弾の破片や小銃弾を弾いている。


「距離1200……1150……1100……1050……1000」

「トラップ発動」


 三式戦車の後方にある射出機より、七色に光るオーロラが噴き出した。その光の束は1000m先の機械化歩兵を包み込む。数十の機械化歩兵は何の反応も示さず、隊列を維持したまま接近してきている。


「どうした? 何の反応もないぞ」


 ララの問いかけにイスハークは自信満々に答える。


「これからです。始まりました」


 唐突に路面のアスファルトが歪み始めた。それは波打ちながら液状化していたのだ。そしてその液体と化した路面に機械化兵はズブズブと沈んでいく。それでも彼らは進軍を止めようとはしない。しかし、液状化した路面は底なし沼のように機械化歩兵を引きずり込んでいく。


「頃合いだな。椿、主砲発射。連中を焼き尽くせ」

「了解。主砲発射します」


 三式戦車の主砲からオレンジ色のレーザービームが機械化兵に着弾し、路面から炎が上がった。そして機械化歩兵たちも炎に包まれ灰となって行った。


 小一時間後、まだ煙が立ち上る戦闘現場である。液状化したアスファルトは未だにどろどろのぐちゃぐちゃであり、底なし沼のようであった。ララがぼそりと呟く。


「まだ動いている固体があるな」

「はい。レーザービームが破壊した敵は路面より上の部分です。路面より下の部分は健在なのでしょう」


 ララの呟きに椿が応えている。


「ところでイスハーク。この液状化した路面はいつ元に戻るのか?」

「およそ一週間で元の硬度へ戻りますが、地形は元に戻りません」

「あの埋まっている機械化歩兵はどうなる?」

「液状化した状態での回収は二次遭難の恐れがあるため困難です。硬度が回復した段階で掘り起こして回収するしか方法はありません」

「なるほどな……ところでイスハーク、貴様は気づいているか?」

「はい。何の事でしょう?」

「ここは三桁番号であるとはいえ国道なのだ。萩市と益田市をつなぐ重要な幹線道路。原状回復のために何日かかるか……その間、国道はこの区間が通行不能だな。地元に与える経済的損失は計り知れんぞ」

「あ……」


 唖然としているイスハークだった。


「気にしなくていい。ここで〝ぐちゃぐちゃトラップ〟使用の判断を下したのは私だ。責任は私にある」


 イスハークはララの言葉に胸をなでおろす。


「ありがとうございます。ララ隊長」

「まあ、報告書と始末書は私が書くが、全ての責任は萩市長が取る事になっているからな」

「萩市長……ですか?」

「ああそうだ。我が防衛軍は名目上萩市の管轄となっている。自衛隊の最高指揮官が総理大臣であるように、我が防衛軍の最高指揮官は萩市長なのだ」

「心痛が絶えない市長……ですかな」

「ああそうだ。おかげで市長はつるっ禿だ。責任の取り過ぎで頭髪の残数はゼロに近い」

「ふふふっ」

「くくくっ」


 何やかやで、この怪しげな〝ぐちゃぐちゃトラップ〟が地球を救ったのである。そして、表向きの責任者である萩市長の心痛は計り知れず、防衛軍が活躍する度に頭部の輝きが増していくのであった。 

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