ネノクニ 異世界浪漫冒険譚 記憶を取り戻すために与えられた猶予は一週間

@ozawa-katsuya

第1章 漂着

第1話 目覚め

 重い頭痛が世界の果てまで鳴り響いている。私は自分が熱砂の上に横たわっていることに気が付く。私は周囲を見渡そうとする。しかしその時突風が走ってきて粒子の細かい砂が巻き上げられ、勢いよく私の横面に叩きつけられる。たまらず顔を風下の方に背けるとマーブル色の眩暈が襲ってきて、私は身体を丸める。そうやって無防備に、どれほど長くそうしていただろう。

 まだ風は通り過ぎない。私は腕で風邪から顔を庇いながら僅かに目を開いた。嵐に乱されて景色は一面砂色である。私はじぶんの顔のすぐ近くの所に奇妙な同衾者がいることに気が付き、驚いて身体を硬直させる。それは手のひらほどの大きさをした一匹の甲虫、スカラベであった。光を吸い込む真っ黒な体をした甲虫は、平べったい大きなとげが一列に並んだ六本の肢を器用に動かしながら、私の視界を横切るように進んでいく。スカラベに私から逃げる様子はなかった。きっと人間を恐れることを知らないのだ。まず間違いなく、こんな砂漠のど真ん中には滅多に人間は来ないだろうからそれも当然だ。ならば尚の事、どうして私はここに居る?

 スカラベの丸く盛り上がった背には細い筋が無数に刻まれている。目を凝らしてよく見れば、筋はそれぞれ一本書きで描かれているのではなく、細かい点がごく僅かな間隔で並び、その集合が線のようなものを成しているのだ。

 スカラベはとても器用に歩く。スカラベは人間の三倍の数の足を持っている。この砂嵐の中で私はたった二本の足をコントロールすることもままならないのに、目の前のスカラベはなんのぎこちなさもなくその三倍の数の足をうまく使いこなして歩いている。私はそれを不思議に思った。そして、目の前のスカラベはそのトレードマークであるべき糞球を持っていない。スカラベは糞球の代わりに太陽をここまで運んできたのかもしれない。……頭痛が何重奏もの音色で鳴り響く中、私はそんなことをぼんやり考えていた。

 さて、解決されない問いがある。

 私はどうしてここに居る?

 私は必死に思い出そうとする。

 しかし、思い出せない。

 何も。

 私はこの時はじめて自分が何も覚えていないことに気が付いたのである。

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