(6) …からの、反省会
翌日。反省会を開くことになった。
昨日はいくらなんでもひどすぎたというのが女子会の総意だ。
いつものように放課後に居残る予定だったが、放課後はどうしても用事があるという悠斗の都合を考慮し、やむをえず六時間目の授業中に前倒しで行われることに。チョークの音がよく響く教室で、みんな真面目に先生の話に耳を傾けている。
そんな中、指名されたわけでもないのに突然鳴亜梨ちゃんが立ちあがった。
「禿げ散らかしやがって。呪う呪う呪う呪う」
今朝からずっとこの調子だ。時折、思い出したようにハゲに対する罵詈雑言を吐く。なんとも鳴亜梨ちゃんらしい。
この奇行に不慣れなクラスメイトたちから、四時間目の時点で『異常者』というあだ名がつけられた。前回のあだ名、『変質者』よりも確実にレベルアップしている。
望み通り、変質者を超えた存在に“進化”したのだ。
ふいに、ちょんちょん、と肩を叩かれた。見ると、そこには怯えたように肩を縮こませる下呂泉さんの姿が。わたしに紙切れを手渡すと、役目は終わったとばかりにそそくさと机に視線を戻してしまった。
それは、事前にこのみちゃんからメンバー全員に配布された、花柄がキュートな便箋だ。ぐだぐだになった原因はなんだったのか。よりよいものにしていくにはどうすればいいか。改善案を思いついたらこれに記入し、最終的な判断を下す
その第一便がこれだ。
『昨日の女子会に足りなかったものは、ズバリお菓子だと思います。お菓子を囲んでわいわいやるのがいいんじゃないかなぁ? by真緒』
……う〜ん、イマイチだ。わたしは赤ペンで二重線を引いて打ち消した。却下。
続いて、さっきとは反対方向の席から早くも第二便が到着した。
『ぐだぐだにならないためには、司会が必要なんじゃないか? by悠斗』
なるほど。たしかに場を仕切ってまとめる人がいれば、みんなが好き勝手に話すこともなくなって円滑に進行するかもしれない。悠斗にしては鋭い指摘だ。でも、女子会ってそういうものだっけ?
まあいいや。とりあえず、司会者候補を選定するのが先だ。
わたしはイメージする。女子会メンバーで、誰がいちばん司会にふさわしいか。自ずと答えは決まった。
メガネしかいないだろう。なんでもこなす器用さ、卓越したトークスキル、そしてなにより、眼鏡をかけているということ。眼鏡をサングラスに変えれば、立派な司会者に早変わりだ。
わたしはさっそく打診の旨を書いた便箋をメガネの席に回した。
メガネは受け取った便箋に目を通すなり、すくっと立ちあがり、一直線に教壇のほうへ歩きだした。先生は黒板に文字を書いていて、メガネの接近には気づいていない。
わたしはドキドキしながら動向を見守った。
そしてついにメガネは教壇に足を踏み出し、先生の隣に並んでしまった。先生はわたしたちに向き直るが、視野狭窄なのか、メガネの存在に気づいた様子もなく授業を進めている。
「……あ!」
そこでようやく、わたしはメガネの意図するところに気づいた。
自分が司会者にふさわしいか試す――そういう算段なのだろう。先生とは、ある意味でクラスを仕切り、まとめあげるスキルも要求される。その点において、教師も司会者も変わらない。つまり、先生みたいにクラスメイトを意のままに操ることができれば、その瞬間、メガネは名実ともに司会者となる。これは試験なのだ。
「えー、みなさん。改めまして、司会のメガネです」
メガネの爽やかな挨拶に、先生がぎょっと目を見開いて横を見た。
「おい、なにをやっている! 今はパーティー中だぞ! パーティー中に席を立つな!」
声を荒らげる先生にも、メガネはあくまで落ち着き払って応対する。
「お言葉ですが、先生。先生こそ、授業中に立っているではありませんか」
「そ、それは……」
ポスト一休さんとの呼び声も高いメガネの持論に、先生が押されている。
「そ、それは先生が先生だからだ! 先生は授業をしなければならない。だから特別に立っていてもいいんだ!」
さすがにメガネの正論の前では苦しい言い訳か。
「なら、僕も立っていていいはずです。先生、あなたこそ席に座るべきだ!」
「な、生意気な……」
「いいでしょう。僕の席をお貸しします」
そしてメガネは自分の席を指さし、無慈悲にも告げた。
「授業中です。戻りなさい」
先生は悔しそうに歯噛みしていたが、やがて根負けしたように、渋々といった足取りで席に戻っていく。
「とっとと歩け!」
まるで自らの優位性を示すかのように、メガネはチョークを投げた。
「痛!」
鳴亜梨ちゃんの額に直撃した。
パーティーは終わった。メガネの時代が幕を開けたのだ。
「さて」
メガネがひとつ咳払いする。
「いいですか? 人生には、三つの大事な袋があります。エチケット袋、ビニル袋と、あと一つは……わかる人!」
みんなが一斉に挙手をする。すごい、宮田学級のときには考えられなかった団結力だ。わたしの見込んだ通り、やはりメガネには司会の才がある。だが、しかし……
「はい、酒本さん」
「えっとぉ、ビニル袋?」
「それはもう言いました」
どっ、と教室中から笑いが巻き起こった。
「正解はエチケット袋です。人生、なにがあるかわかりません。時には吐き気を催すこともあるでしょう。そんなときあると便利なのがこの――」
そう。たしかにメガネには司会の才がある。けれど、それ以上に……
それ以上に、幹事のほうが向いている――そんな気がしたのだ。
司会の件はひとまず保留することにした。
次に届いたのは鳴亜梨ちゃんの便箋だ。
『モチベーションを維持するために、優勝者には金一封を贈呈するとかどう? dy鳴亜梨』
鳴亜梨ちゃんにしては悪くない意見だ。これで集中力が高まり、みんなが真剣に取り組むようになれば御の字といえよう。そもそも女子会に優勝はあるのかとか、byがdyになってるとか、いろいろ気になることはあったが、まずはこれだろう。わたしは最も気になった点を便箋にしたためた。
『それは鳴亜梨ちゃんのポケットマネー?』
さっそく回そうと思ったが……わずらわしい。やっぱり授業中に反省会なんて非効率的すぎる。
そこでふと気づいた。よく考えれば、今は引き続きメガネが授業をやっているのだから、別に自由に席を立ったところで文句は言われないだろう。直接渡しにいけばいいんだ。
わたしは席を立った。念のためメガネを見ると、黒板にでかでかと迷路を描いていた。念には念を入れて、元担任の宮田先生の様子も窺う。周りが一生懸命に板書している中、宮田先生は机に突っ伏して居眠りしていた。でかい図体が机からはみ出している。
これなら問題ないだろう。わたしは鳴亜梨ちゃんの席に向かった。
「柚花〜、知ってる? 人生には三つの大事な袋があるんだけど、なんだと思う?」
得たばかりの知識を得意げにひけらかそうとしてくるが、無視して便箋を手渡した。鳴亜梨ちゃんは読まずに食べた。
……奇行にも限度ってものがあると思う。笑みを浮かべながらも内心ではドン引きしているわたしに構わず、鳴亜梨ちゃんはむしゃむしゃもぐもぐと無表情で便箋を咀嚼している。その様はヤギ以外の何物でもない。
口は動かしたまま、メェ〜亜梨ちゃんはおもむろに机の横に手を伸ばした。そこに引っ掛かっていたのは――ポーチだ。鳴亜梨ちゃん愛用の、通称『四次元ポーチ』。なんでも入ってるという理由から名づけられた。
そんなものに手を入れて、なにを取り出そうというのだろう。次はいったいどんな奇行に及ぶつもりなのだろう。わたしは固唾を呑んで見守った。
そして取り出されたのは、新しい便箋だった。迷いのない動作で文字を綴り始める。それから、まるで印籠でも掲げるように、鳴亜梨ちゃんはわたしの眼前に便箋を突き出した。
そうして、わたしの目に飛びこんできた一文は――
『さっきの手紙のご用事なあに?』
わたしは「やかましいわ」の気持ちをこめてその空っぽの頭を上靴で叩いた。鳴亜梨ちゃんは馬鹿みたいにツインテールを揺らしながら頬を緩め、
「あははは。うそうそ、冗談だってば」
「口に便箋入れたまましゃべらないで」
もごもごいいながら、唾液まみれになったボロボロの便箋を口内から引きずり出した。なにがうそでなにが冗談なんだろう……。
何事もなかったように両手でしわを伸ばす。
「んーっと、なになに。それはあたしのポケットマネーか、ね。ふむふむ」
また新しい便箋を取り出して、素早く筆を走らせる鳴亜梨ちゃん。ボールペン字講座を受講しているだけあって、狛津那小随一の達筆さだ。鳴亜梨ちゃん唯一の特技といって差し支えないだろう。
『ここは金一封より、粗品がいいかもね』
どうやらポケットマネーは厳しいようだ。わたしはすかさず新しい便箋を取り出し、鳴亜梨ちゃんの机を借りて返事を書いた。
『粗品って、たとえばどんな?』
すると鳴亜梨ちゃんは、いきなり四次元ポーチの中に手を突っこんだ。
「これなんてどう?」
取り出されたのは、笹かまぼこだった。わたしは無言で首を横に振る。
「じゃあこれは?」
犬笛。却下。
「もう、わがままだなあ。これは?」
安産祈願のお守りだ。
「これなんかいかにも粗品って感じがしない?」
ビリジアンの絵の具……。
「じゃあこれ」
栓抜き。
「これ」
ボビン。
「これ」
家内安全のお守り。
「これ」
名刺ケース。
「これ」
トイレットペーパーの芯。
ずっとはねつけていると、意地になってきたのか、さらなるハイペースで次々と粗品候補を机に広げていく。
ハンカチ、ちり紙、おはじき、ライター、八面ダイス、千歳飴、分銅、マッチ箱、ルーペ、エチケット袋、味付け海苔、チャッカマン、金属片、玉手箱、火打ち石、おとなのふりかけ、食べるラー油……
わたしが首を縦に振ることはついになかった。唯一、気になるといえば気になるのがこの玉手箱だけど……。
「開けてみてもいい?」
「いいよ」
残念ながら、鳴亜梨ちゃんのアイデアは実現することなく終わった。
席に戻ると、机の上にすっかり見慣れた便箋が一枚。
『会場がイマイチよくないんじゃないかな? 教室だと雰囲気が出ないっていうか……。 byこのみ』
さすがは女子会のご意見番、なかなかの着眼点だ。たしかに女子会なんだから、本来ならシャレオツなカフェで開くのがベストなのだろうが、一介の小学生には主に金銭面において至難の芸当だ。
ここはコストを抑えて、教室の改装に留めよう。
さっそく実行しようと思ったが、授業中なのに堂々と歩き回るのもあれなので、一応先生たちの様子を窺ってからにしよう。
まずはメガネ先生。手に持ったチョークを指揮棒に見立てて、指揮者をやっている。才能が開花して司会者から華麗なる転身を遂げたのだろう。みんなも思い思いの曲を口ずさんで合唱している。たまに合いの手のように鳴亜梨ちゃんのハゲへの罵声が飛んだ。
次に宮田先生。ようやく起きたみたいだけど、なぜか教科書を立てて顔を隠している。背後から首を伸ばして覗いてみると、寝起きにもかかわらず早弁していた。どうやらコンビニ弁当のようだ。ガツガツとかきこんでいる。
わたしは安心して壁際に向かった。ペンケースから蛍光ペンを取り出し、壁に押し当てた画用紙にイラストを描き始める。完成したらそのまま画鋲で貼り付ける魂胆だ。
「あっずるい! あたしにもやらせて〜」
どこからともなく現れた鳴亜梨ちゃんは、わたしのペンケースの中から黒の極太油性マジックを選ぶと、壁に直接落書きを始めた。
「わーい! たのし〜!」
「ね、ねえ。こんなことしちゃっていいのかな……? さすがに悪ノリが過ぎると思うんだけど……」
すぐ近くの席から、青い顔をしたこのみちゃんが小声で言う。
「構わないよ」
その声を発したのはわたしでも、鳴亜梨ちゃんでも、女子会の誰かでも、先生のどちらかでもなかった。
「許そう――このボク、臭津が許そう。この件に関してはボクが、ボクたち学級委員が全責任を取ろう」
教室の中央。臭津くんが立ちあがり、みんなのコーラスをバックに言い放った。なんともイカした漢である。
「え、えっ? ボクたち学級委員って、私もっ!? そんなあ……」
下呂泉さんがうなだれていた。
「というわけでみなさん、安心して続けてください」
にこっと微笑んで、臭津くんは着席した。何事もなかったかのように歌唱を再開する。
正直いって、彼にそこまでしてもらう義理はない。が、せっかくの申し出を無下にするのも面子汚しになりかねないし、ここはありがたく彼の意思を尊重しよう。
わたしはペンキで壁を塗装し始めた。豪快に、時には繊細に。ひたすら黙々と塗りたくる。
あとは仕上げに缶スプレーで文字を描きたかったが、さすがに学校にそんなものはなかった。仕方なく、霧吹きで軽く湿らせておいた。
やっと完成……う〜ん、なんかイマイチかも。やっぱり女子会の雰囲気とは違う。これは失敗だ。
――これで四人。四人分の意見が却下されてしまった。自分の中からアイデアが湧いてくるとは思えないし、いよいよ手詰まりか。……いや、まだ手はある。こうなったら最後の砦、彼に意見を仰ぐほかないだろう。
「あの、先生……」
おずおずと手を挙げた瞬間、ぴたりと合唱がやんだ。メガネが指揮の手を止めたためだ。
わたしと目が合うと、メガネはなにかを察したようにうなずいて、黒板の半分を消した。指揮棒がチョークへとその役割を変える。
メガネがなにかを書いているあいだ、暇なので宮田先生を見てみた。鉛筆を握る手を一生懸命に動かしている。わたしは抜き足差し足近づいて、背後からそっとノートの中身を覗きこんだ。先生は迷路を必死に板書している最中だった。居眠りや早弁をしていて写しきれていなかったのに、メガネに消されそうになって慌てているのだろう。
「注目!」
メガネは拳で黒板を叩きつける。そこには、こう書かれていた。
『本当に大事なものは、いつだって君の中にある。つまりは、四つ目の袋だ。 byメガネ』
四つ目の袋……? もしかして、女子会の改善に繋がるヒントかなにかだろうか? よくわからない。
だいたい、君の中ってどういう意味だろう。お腹に手を当てて考えてみる……ぐぅぅ〜。
「……あっ!」
わたしは思わず声をあげた。そうか、メガネはわたしにこれを気づかせるために。
メガネはフッと笑って、まるで自分の使命は果たしたとばかりに黒板を消した。さすがは黒板消し係、手際がずば抜けている。
「はい!」
わたしは元気よく、ぴんと挙手をする。
「はい、若月さん」
「ずばり、お菓子です! 昨日のガールズトークに足りなかったものは、お菓子なんです! みんなでわいわいとお菓子をつまみながら、まったりおしゃべり……それが女子会のあるべき姿だと、わたしは思うのです!」
簡単なことだ。この時間は小腹が空く。小腹を満たせば心身ともにリラックスできるし、脳みそだって働く。みんなのトークが暴走することもなくなるだろう。四つ目の袋とは胃袋のことだったのだ!
「正解です」
メガネが答えた瞬間、教室を揺るがすほどの拍手と歓声が沸き起こる。一斉に起立するクラスメイトたち。
「おめでとう」
「おめでとう」
「お祝い申し上げますわ」
「おめでとう」
祝福ムードに包まれる中、ただ一人不安げな表情を浮かべるこのみちゃんが、おずおずと控えめに挙手をした。当然、手の甲は袖口によって覆われている。可愛らしい。
「どうかしたのですか、小森さん」
「えっと、学校にお菓子を持ってきたりして、大丈夫かなって……」
その言葉に、わたしははっとした。そうだ。学校にお菓子を持ってきてはいけない。それは小学生なら誰でも知っているあたりまえのルールだ。わたしとしたことが、そんな重大なことを見落としていたとは。
「マナー違反だ」
「あまりにも非常識だ」
「正気の沙汰とは思えない」
「想像力が著しく欠如している」
クラスのみんなも口々に言う。
教室全体に諦めムードが漂いだした、そんなときだった。声が響いた。
「諦める必要はないよ」
臭津くんだった。
「なぜならこのボク、臭津が許すから。たとえこの学校の教職員やPTAが誰一人として許さなくてもね。この件に関する全責任の所在は、ボクたち学級委員にある!」
毅然と言い放つ。
下呂泉さんは手早く荷物をまとめて早退を試みたが、メガネの許可が下りなかった。
決まりだ。学級委員という強力な後ろ盾も得ることができたし、これで堂々と教室を私物化できる。
思い立ったが吉日。学校帰りにでも買いに行こう、お菓子。
方針は定まった。これで一件落着だ。タイミングを見計らったように、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。実に有意義な時間だった。
伸びをしたついでに宮田くんを見ると、弁当のおかわりを食べ始めていた――。
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