りある女子会。〜ちょっと男子、真面目にやってよね!〜
かごめごめ
(1) ぷろろーぐ。 -A part-
紆余曲折あって、わたしたちは女子会を開くことになった。
一口に女子会といっても、一般的に広く知られているような、
そう。
わたし率いるこの女子会は、女子適齢期とでもいうべき
まったく一時はどうなることかと思ったが、晴れてこの時を――記念すべき初会合の瞬間を迎えることができた。
わたしは達成感に酔いしれながら、ぼんやりと窓の外に目を向ける。雲一つない空はまるで今のわたしの心情を映し出したかのようだ。空の下からはそれぞれの放課後を謳歌する賑やかな音が聞こえてくる。それは陸上部の気合いの入った掛け声だったり、ブラスバンド部の力強くも儚げな演奏だったり、元気いっぱいにグラウンドを駆け回る低学年の子たちのはしゃぎ声だったり。教室は水を打ったように静かで、だから聖徳太子でなくともはっきりと聞き分けることができた。あれだけ騒々しかったのが嘘のようだ。
部外者のクラスメイトたちはもとより、担任の
誰もいないのをいいことに、わたしたちは教室のど真ん中で六つの机を向かいあわせた。もちろん戸を閉めきって密室状態にすることも忘れない。機密情報が漏洩したら大変だ。
――さて、と。
準備は整った。そろそろ頃合いだろう。マイク代わりのスティックのりを握る手にも力が入る。
わたしは椅子を蹴るようにして勢いよく立ちあがると、今一度みんなの顔を見渡し、ここに宣言した。
「えー、おほんっ。それではただいまより、第一回目の女子会を始めたいと思い――」
「待った」
最後まで言わせてもらえなかった。真向かいに座るそいつはわたしの挨拶を遮ると、わたしに対抗するように立ちあがった。
「なあ、柚花。たしかに入るとは言ったけどさ、やっぱりその『女子会』ってのは考え直さないか?」
「なんで?」
「なんでもなにも、俺らが男子だからだよ」
その男はとうとう言ってはいけないことを言ってしまった。KYとはまさに彼のためにある言葉だろう。
――
なんでも、小さい順で整列すると前から数えたほうが早いのが密かなコンプレックスらしく、女子のわたしにも微妙に負けているという事実も、本人的には男としてつらいらしい。まさに平成の寅さんといえよう。
「でもね寅次郎さん。今は成長期だし、特にこの時期は得てして女子のほうが早熟だったりするもんだよ」
「いや、突然意味わかんねえから。誰がしまじろうだよ」
「言ってない」
それにしても、始まる前から壁にぶつかるとは。先行き不安だ。
「なあ、おまえらもそう思うだろ?」
悠斗は両隣に座る同志に意見を求めた。
「え? う〜ん……ぼくはどっちかというと、悠斗くんは“とりっぴい”寄りだと思うけど」
「そっちじゃない。『女子会』っていうチーム名についてだ」
「あ、なんだ。うん、ぼくとしては別に、女子会でも構わないけど……。えっとね、やっぱり大事なのは、中身だと思うし……た、たぶん」
困ったようにそう答えたのは、
「メガネはどうなんだ? やっぱり嫌だよな?」
「……」
そして、もう一人。意見を求められたにもかかわらず、じっと俯いて、沈黙を貫く男がいた。それはさながら、覚悟を決めた武士のように。あえて口には出さず、背中で語っているのだ。
彼の名はメガネ。みんなメガネと呼ぶので本名は特に覚える必要がない。すらっとした細身の肉体に清潔感あふれるベリーショートヘア、そして知性を感じずにはいられない眼鏡。コンタクトなど邪道とばかりに、一貫して眼鏡をかけ続けている。そのブレない生き様こそがメガネをメガネたらしめているのだろう。わたしは同い年ながらいつも尊敬の眼差しで見てしまう。
悠斗は沈黙を否定と受け取ったようで、
「ちぇっ、二人とも
「悠斗くんあのね、ぼくは別に
「……」
でも、たしかに悠斗の言い分も一理ある。女子会なのに、男女比率は三対三。これで本当に女子会と呼べるのだろうか?
「あはは、これじゃ女子会というより合コンだね。変なのっ。ね、柚花もそう思わない?」
わたしの横で机に両肘をつきながらさもおかしそうに言って、くりくりした大きな目で覗きこんでくる彼女こそ、何を隠そうわたしを女子会のリーダーに導いた張本人――
「たしかに合コンみたいで変かもしれないけど、女子会に男子も
「んー、そだっけ?」
「今日の出来事なんだけど」
「そっかあ。柚花って物知りなんだね! まさに平成のファーブルだ」
「誰がファブリーズだって?」
「え、柚花ってファブリーズなの?」
「そう見える?」
「うんっ!」
良くいえば純真無垢、悪くいえばただの馬鹿。もっと悪くいえば稀代の大マヌケ。それが彼女、酒本鳴亜梨ちゃんだ。黙ってればそれなりなんだから、一生マウスピースでも噛んで過ごせばいいのに。
ともあれ。わたしは話を戻した。
「要するにさ。男女が同じ人数なのに『女子』会なのは不公平……悠斗はそう言いたいんだよね?」
「まあ、そういうことになるな」
たしかに不公平かもしれない。ただ、そうはいっても元々は女子会なのだ。悠斗だってそれを承知で入ってくれたわけだし。大事なチーム名だ、そうやすやすと変える気はない。
ならば、やはり悠斗を説得するほかないだろう。そして納得させるには、男女比の均衡を崩しさえすればいいということだ。
「だったら、女子の人数を増やせばいいだけのことでしょ。簡単じゃん」
「おい柚花、おまえまさか、女子の新メンバーを勧誘しようってんじゃ……」
「まさか。そんなことしないよ。というか、できない。わたしらの交友関係を甘く見てもらっちゃ困る!」
女子がわたし含め三人しか集まらなかったから苦渋の決断で男子に手を出したというのに。
「得意げに言わないで、柚花ちゃん……悲しくなるから……」
その三人のうちの一人、
「じゃあ、どうする気だよ?」
「もしもメンバーを増やすことなく、男女比だけを変動させることができたとしたら?」
「は? なにを、言って……」
そして、わたしはとっておきの秘策を告げた。
「真緒くんを、女の子にすればいい」
「え、えぇえっ!?」
飛び退く真緒くん。
「そっか、真緒くんを女装させれば男子が二人になって女子が四人になるんだ! さっすが柚花っ、頭いい!」
「へっへーん」
胸を張るわたし。
「普通に多数決とかじゃだめなのかな……?」
このみちゃんがなにか言っているが、よく聞こえない。
「じゃ、真緒くんにはさっそく着替えてもらおう」
わたしは真緒くんの手を取ってカーテンのある窓際まで連行する。
「あわわわ」
だが、ここにきて問題が浮上した。女物の服がない。
「ね、誰か女物の服持ってない?」
みんなが首を横に振った。メガネだけは我関せずとばかりに俯いていた。
「本当に持ってない?」
念には念を入れて問いただす。
「なんで俺を見て言うんだよ」
「なんか悠斗なら所持しててもおかしくないかなって。妹もいることだし」
「関係ないしあるわけないだろ。俺をなんだと思ってるんだ……」
「ま、そうだよね」
どうしようか。
「はい! はいっ!」
鳴亜梨ちゃんがぴょんぴょん跳ねながら挙手している。
「はい、鳴亜梨ちゃん」
「あたし、脱ぎます!」
ありがたい申し出だ。
「じゃあお願い、鳴亜梨ちゃん」
「うんっ!」
「ばかっ、ここで脱がないの!」
その場で脱ごうとする鳴亜梨ちゃんを、このみちゃんが教卓の陰まで押しやった。
シャツにスカート、そして下着。衣服は鳴亜梨ちゃんの身体を離れ、瞬く間に教卓の上に小さな山を作った。まだ体温が残ったそれらをさっそく真緒くんに届けると、有無を言わせずカーテンを引いた。
「なあ、ところで、その……鳴亜梨のやつはなにを着るんだ? 柚花、おまえの理屈だと、真緒が鳴亜梨の服を着れても鳴亜梨のほうは真緒の服を着れない。なぜなら鳴亜梨が男としてカウントされてしまい、結局男女比は三対三のままになっちまう」
「あ、そっか」
たしかにそうだ。悠斗の言う通り。真緒くんの服は男の子用だ。ズボンは女子も穿くから女子は女子のまま、なんて幼稚な理屈が通るはずもない。鳴亜梨ちゃんが真緒くんの服を着れば、それはれっきとした男装だ。
どうしよう。このままでは真緒くんの女装が無駄になってしまう。
そのときだった。
「え? あたし別に服なんて着なくても平気だよ?」
「え?」
教卓の下から、鳴亜梨ちゃんが一糸まとわぬ姿で這い出してきた。
そんな……。
同じ女として目を疑う光景だった。信じられない。わたしより胸がある。まさか鳴亜梨ちゃんが着痩せするタイプだったなんて……。なんだか裏切られた気分だった。
「だからだめだってば! 馬鹿鳴亜梨!」
「えー、なんでえ」
ものすごい勢いでこのみちゃんが駆け寄っていく。全身で裸体を隠しつつ、牽制するように鋭い視線を背後に飛ばす。悠斗がほんのり顔を赤くしてあさっての方向を向いていた。その横では、相変わらずメガネが我関せずとばかりに俯いている。
「男子がいるからに決まってるでしょ。とにかく、しばらくは
「ぷっ。亀じゃないんだから」
「いいから」
力ずくで押し戻した。
「あの……ど、どうかな? 変じゃない?」
入れ替わるように、今度は真緒くんがカーテンを引く音とともに現れた。
頬を朱に染めて、もじもじと切なげに膝をこすりあわせている。スカートから覗く腿は白くなめらかで、もはや女の子にしか見えない。むしろ女の子より女の子らしいくらいだ。
「よく似合ってるよ」
「ほんとっ!? ……ちょっとうれしいかも」
「どう、悠斗? これで四対二。女子会を認める気になった?」
わたしが勝ち誇ると、悠斗は悔しそうに歯噛みした。
「ちっ……ここまでか」
勝負あった。これで女子会は女子会のまま存続できる!
そう思うことができたのは一瞬だった。
浮かれ気分もお開きムードも一気に吹き飛んでしまった。
彼の、一言によって。
「――果たして、本当にそうでしょうか?」
彼は、メガネは。長きの沈黙を破り、そう言った。
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