第四章~②

 なかなか話し出さないために焦れた楓が強く促すと、彼は大きくため息を吐いた。しばらくして、ようやく決心がついたらしい。推論を立てて話し合う内に、最近どこかで似たような状況を耳にした覚えがあると言い出したのだ。

「もし一連の事件に繋がりがあるとすれば、やはり男女関係かもしれません。そう考えられませんか」

 泊は頷いた。

「否定できる材料はありませんので、可能性はあります」

 しかし楓は、余り良く理解できなかった。

「どういうことなの」

「誰と誰の男女関係を疑っているのよ」

 絵美が尋ねると、大貴は遠慮がちに言った。

「まず光二朗さんは、結婚した圭子さんが好きだった。でも圭子さんは真之介さんに未練が残っていた。けれど真之介さんは由子さんを愛していた。ここまではいいかな」

 皆が頷いたので、彼は話を続けた

「そうなると光二朗さんと圭子さん、または圭子さんと真之介さん、更には圭子さんと由子さんとの間にトラブルがあったかもしれない」

「圭子さんの事故死に、お祖母ちゃん達が関係しているかもしれないっていうの」

「ちょっと、落ち着け。それはまだ分からないし、あくまで可能性の一つだ。それにこれは楓の会社で起こった問題と、構図が似ているから思い付いたんだよ」

 そう言われた楓は一瞬息を呑み、恐々としながら口を開いた。

「それは課長達の件を言っているの」

「そうだ。樋口課長は春奈さんと関係を持ち、別れた後も好意を持ち続けていた。その彼女は、新しく課へやってきた根岸さんを狙っていたんだろ。でも彼は楓に付きまとっていた」

「なるほど。四人の好意が一方通行だった点は少し似ているわね。でも違うのは、由子さんと真之介さんは夫婦で相思相愛だった所かな。楓は根岸さんが好きだったわけじゃないでしょ」

「当たり前じゃない。それは絵美達にも相談した時に話したでしょ」

「そこはまず置いておこう。楓は春奈さんから嫌がらせを受けていた。そこで根岸さんがそれを注意し、課長がさらに間に入って揉めた。それをきっかけに春奈さんは会社に辞表を出し、その際課長や根岸さんに問題があると訴え、巻き込んだ。そうだったよな」

「そうだけど、あの件がお祖母ちゃん達の問題とどう関係するのよ」

「四人の間に、そうしたトラブルがあった可能性は否定できない。泊さんもそう言っただろう。圭子さんが光二朗さんと結婚した後も、真之介さんに好意を持ち続けていたのなら、楓の時と同様に他の三人と揉めていたかもしれない」

「だったら圭子さんが事故を起こした時に助手席で座っていたのは、その三人の誰か、とでもいうの。皆その時は、それぞれ他の人といたじゃない」

「光二朗さんは祖父母と一緒に畑仕事をしていたところを、近所の人達の証言により証明されている。だから外していいと思う。由子さんは八重さんの看病で、当時七歳になる娘の真由さんといた事情を考えると、圭子さんの車に同乗していた可能性は低い」

「だったら真之介さんが怪しいっていうの」

「ただここで問題がある。真之介さんが助手席に乗っていたとしたら、一緒にいたと証言している誠さんが共犯でないと成立しない」

「でもさっき言っていたよね。事故場所は人里離れた場所だった。助手席から降りたとしても、帰るには車が無いと無理だって。もし誠さんが車で後を走っていたり、たまたま通りかかっていたりしたら、助けられるんじゃない」

「そう。今絵美が言った通りだったなら、筋は通る。そうなると圭子さんと真之介さんとの間に何があったのか。またはどうして助手席に乗っていたのか。さらにそこで万が一揉めたとしても、事故と関係しているかは不明だ。しかも圭子さんの実の父親である誠さんが、真之介さんを庇う真似などするかどうか、と考えるとやや矛盾が生じる。もし誠さんが助手席にいて真之介さんが別の車に乗っていたとしたら、親子で何を揉めていたのかは分からない。それを庇う真之介さんの意図も、同じく曖昧だ」

「それだと、仮定する根拠が余りにも乏し過ぎるわよ」

 楓はつい不満を口にした。自分の周囲で起こった災難に絡め話が進む事自体、不快だったからだ。しかし意外にも泊が仲裁に入った。

「お気持ちは分かりますが、ここまで四年程調べたにもかかわらず、何もはっきりした証拠が出ていません。それなら思い切った仮説を立ててみるのも、悪く無いと思います。とにかく大貴さんの話を、最後まで聞いてみましょう」

「そうよ。もし矛盾点があったら、指摘すればいいじゃない。話している内に、新たなヒントが出てくるかもしれないでしょ。そうしたら調べ直す必要もあるしね」

「はい。例えば今までの調査で、圭子さんと誠さんの親子関係は余り良くなかったとの話が出ています。助手席に乗っていた際に二人が揉めたと仮定すれば、その確率は決して低くありません」

 絵美まで彼らの意見に賛同した為、楓は渋々頷いた。そこで大貴は話を続けた。

「真之介さんと圭子さん、または圭子さん夫婦についてもっと掘り下げた方が良いのかもしれない。光二朗さん達の兄弟間についても、同じだよ。何故なら次に問題となるのが、真之介さんの事故だから」

「その時圭子さんは亡くなっていますから、問題になるのは光二朗さんの行動ですね。彼は誠さんと一緒にいたと聞いています。ちなみに由子さんは、真由さん達と三人で村の家に居た。そうなるとまだ幼いお子さんがいるのに、一人で山の中へ出かける行動は取れないでしょう。もちろん一緒に連れて行くなど論外です」

「泊さんの言う通り、ここでも誠さんの存在が鍵になる。光二朗さんの事故時も、由子さんは同じ状況だった。けれど誠さんの居場所が定かで無かったとなれば、やはりここでも彼の行動は重要だ」

「じゃあその後失踪した誠さんが、一連の事故に関係しているとでも言うの」

「楓はこれまでの話を聞いて、その可能性が高いと思わないか」

「事故死とみせかけて殺したって言うの。何の為に」

 その疑問に、泊が答えた。

「もしかすると男女関係だけでなく、お金も絡んでいる可能性がありますね。磯村由子さんという、莫大な資産家の周辺で起きた事件です。彼が協力、または実行することで何らかの見返りを期待していたとなれば、その確率は高まります」

 大貴も同じ考えだったらしく同意した。

「そこです。俺も誠さんが関わって得することは何もないだろうと考えていましたけど、愛情のもつれまたはお金持ちの由子さんを狙ってのトラブルだと考えれば、少し見えてくる気がするんですよね」

「でもそれらの事故を一番に調べたのは、真之介さん達の父親である宗太郎さんだったよね。いくら駐在所勤務だからって、元は県警にいた人でしょ。それなのに事件性がある可能性を見落とすかな。特に真之介さん達は実の息子なんだから、もし殺された形跡が少しでもあれば、必死になって捜査すると思うけど」

 絵美が疑問を投げかけた時、大貴は抜け落ちていた欠片を拾ったかのような表情をした。

「そこだよ。もしも全ての事故に宗太郎さんも関わっていたとしたら、事件を事故に見せることだって可能だったんじゃないのかな」

 これには楓達三人共、驚きを見せた。しかし泊だけはすぐに表情を変えた。

「それは考えても見ませんでしたね。しかし彼の家は由子さんと真之介さんが結婚した後、裕福で無かった状況から脱しています。磯村家から村への支援をする際は、彼を経由していました。その為経済面で利益も得ていたとの証言もあります。そうなると、彼が何らかの理由で手伝わなければならない状況に追い込まれていたとしか、考え難いですね」

「どういうことですか。やっぱりお祖母ちゃんが、事件に関わっているってことですか」

「可能性は否定できない。でも最初の二件は関係ないだろう。恐らく圭子さんの車の助手席に座っていたのは、真之介さんだよ」

 大貴の発言に、楓が首を捻った。

「どうしてそう思うの」

「だって誠さんだったら、宗太郎さんが事故に見せかける理由がないだろう」

 理解したらしい絵美が、画面の向こうから声を上げた。

「あっ、そうか。真之介さんだとしたら、息子を助ける為に止む無くそうしたと、考えられるわね」

「真之介さんと圭子さんが揉め、何らかのはずみで運転を誤り事故が起きた。真之介さんは咄嗟に脱出し、近くにいたまたは通りかかった誠さんに助けられたのかもしれない。そうした状況を聞いて、宗太郎さんも真之介さんを庇った。誠さんの目的は磯村家からお金を引き出す為で、宗太郎さんは息子だけでなく磯村家を守る為だったとすれば、可能性が出てくる」

「誠さんは実の娘が死んだというのに、手伝ったというの」

「二人の親子関係は良くなかった。それに事故を起こした元々の原因が、圭子さんによる真之介さんへの片思いからだとすれば、そうした行動を取ってもおかしくない」

 かつて彼女の事故死は育児ノイローゼと父親の世話に嫌気が差したことによる、突発的な自殺ではないかとの噂が出た。しかしそれを当時の誠や光二朗に加え、宗太郎や真之介が否定する証言をして打ち消したと聞いている。

 もしその四人が結託していたなら、自殺ではなく単なる事故だと声を揃えたとしても不思議ではない。また宗太郎が事故なのにアリバイを聞きまわりつつ、その状況を周辺に告げていたのは、アリバイの無い人物をさりげなく庇う為だったとも考えられる。

 そう説明した大貴に、まだ合点がいかない楓は、疑問を呈した。

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