第四章~①

「それでは改めて、時系列で整理してみましょう」

 磯村家の周辺に起こった過去の出来事を調査する中で、泊は最初の起点を確認した。それは一九七六年、楓の祖母と最初に結婚した真之介の弟、光二朗が春に結婚した同年の冬、由子の祖父が七十八歳で病死した時だ。

 その翌年に今度は由子の祖母が病死した為、磯村家の遺産は全て由子の母の八重が引き継いだ。しかしその翌年の冬に彼女も病死し、遺産は当時三十八歳だった由子が引き継いでいる。その同じ年の夏、光二朗の妻の圭子が第一子を出産して間もない頃、N県の村を通る曲がりくねった峠道で自損事故を起こし死亡。

 さらに翌年の一九七九年、真之介達の祖父が七十六歳で病死し、また翌年の夏には真之介がN県の山道で滑落事故により亡くなった。

「まずこの五年間で、磯村家とその親戚が六人亡くなっています」

「でも六人中四人は、明らかに病死でした。だから敢えて目をつけるとすれば、圭子さんと真之介さんの事故死だけ。そこを泊さんや俺達も、この四年間で徹底的に調べてきました。そうですよね」

 大貴の投げかけに彼は頷いた。

「そうです。まず一番古い圭子さんの自動車事故ですが、以前真之介さんは圭子さんの父の誠さんと一緒にいたとの証言がある。そうお伝えしましたよね」

「でもその後新しい情報が入りましたよね」

「はい。当時の圭子さんを知る人物に話を伺いました」

「圭子さんが、かつて真之介さんに好意を抱いていた。でも彼は十九歳の若さで、十歳年上の由子さんと結婚してしまった」

「そうです。楓さん達も聴取されたように当時は年の差があり、また村の外の人間だからと反対する人も多かった。それに磯村家という資産家に婿入りする真之介さんを、羨む人も相当数いたようです」

 特に一つ年上の真之介を慕っていた圭子は親しい友人達に、余所者のおばさんが奪ったと激しく罵り、磯村家を嫌っていたらしい。それなのに、七年後には三つ年下の光二朗と結婚した。それを知った友人達は、磯村家と親戚になるなんて奇妙だと感じたという。

「でも七年後ですよね。別に私はおかしいなんて思いませんけど」

 絵美はそう言ったけれど、大貴が付け加えた。

「しかし結婚後も、真之介さんに付きまとっていたという話があったじゃないか。子供を産んでからも、磯村家に出入りしていたよな」

「そういえば、会社に入ってすぐの連休に会った圭子さんの同級生から、そう聞いたわね。でもあくまで噂でしょう。それにお祖母さんもその頃だと、楓のお母さんを産んでいたじゃない」

 泊が頷いた。

「はい。結婚されて二年後です。それから五年経っていますし、圭子さんは二十五歳でしたからね。当時あのような村の場合、これ以上遅れれば晩婚と言われるだろう年です。光二朗さんが二十二歳でしたから、結婚を急いだとも考えられます」

「それで近くをたまたま通りかかった村の人が、崖の下に落ちている圭子さんの車を発見した。でもその目撃者は既に亡くなっていて、話は聞けませんでしたよね」

 大貴が話を進めると、彼が答えた。

「そうです。その代わり、事故時に駆け付けた救急隊員の一人から、当時の事情を伺えました」

 発見者の通報により、村の駐在員だった宗太郎さんが、ほぼ同時に到着した救急隊員と一緒に、圭子さんの死亡を確認していた。遺体を救急車で病院へ運ぶ為、隊員達はその場を後にしたけれど、宗太郎さんは県警が来るまで、現場保存を行うと言い残ったという。

「警察ではその後、ハンドル操作を誤った圭子さんがガードレールを突き破り、崖に落ちた自損事故と判断した。しかしそこに、不審な点があったようですね」

「今年に入り、目黒さんが県の職員になられて得た人脈からの情報です。事故の際の詳細な資料は、それまで見られませんでしたから」

 地元に帰った絵美は、仕事をしながら村で起きた事故について資料が残っていないか、探してくれていた。そこで県庁の上司の伝手を使い、県警に照会して事故記録が残されていると突き止めたのだ。そこで閲覧できないか交渉し、彼女は泊を伴って中身を見たという。そこに記載されていたのは、単独事故のはずなのに同乗者がいたと疑われる物証が、僅かながらに出たとあった。

 けれども実際、もし他に人がいて落ちていたのなら、無傷でいられるはずがない。また間違いなく圭子所有の車で、彼女が運転していたと思われる証拠しか発見できなかった。よってそのまま、自損事故で処理されたというのだ。

「そこが引っかかります。同乗者がいたとしても、一緒に落ちてはいない。でもその前に下車した可能性も、考え難い場所でしたよね」

「はい。事故現場周囲に、民家はありませんでした。一番近くまで歩いたとしても、軽く一時間はかかる山の中ですから。車だと五分程度ですが」

「そこです。第三者の車があった場合はどうでしょう。同乗者を乗せ、その場を立ち去れたかもしれません。そんな山の中なら、昔も今も防犯カメラなんてないはず。ただ目撃者の車とすれ違っていたとしても、そうした証言はもう確認できませんが」

「確かにその考えは否定できません。そうなると大貴さんは車に誰かが乗っていて、圭子さんと揉めるか何かしてその人物は飛び出した。その後圭子さんの車が崖から落ちた、とお考えですか」

「誰かが意図的に車を落とした、という形跡は無かったんですよね。咄嗟に踏んだと思われるブレーキ痕も、残っていたようですから」

「それは無いと思う。私も泊さんと一緒に確認したけど、事故記録では車に何らかの故障があったかも調べていたわよ。だから運転操作を誤って落ちたのは、間違いなさそうだった」

 絵美がそう告げた為、大貴は泊に確認をした。

「当時真之介さん以外の磯村家やその親戚達は、それぞれの家にいたんですよね」

「はい。磯村家では八重さんの体調が良くなかったので、由子さんや真由さんと療養の為に村で滞在していました。光二朗さんは一度お見舞いの為に訪問していたようですが、その時以外は祖父母と一緒に畑仕事をしていたようです。これらは、近所の人達の証言が取れているので間違いないでしょう。宗太郎さんは駐在所兼自宅で待機しており、事故の連絡を受けていますから問題ないと思われます」

「そもそも圭子さんは、一人で何の為に車を運転していたのかが分かっていない。そこも謎ですよね」

「あくまで事件ではなく、事故でしたから。当時の資料には、そこまで調べたとは書かれていません。光二朗さん達は既に死亡していますし、近所で知っている方はいらっしゃいませんでした」

「圭子さんは磯村家に出入りしていた、と私達も聞いたじゃない。その時、買い出しに真之介さんを誘っていると言っていたよね。助手席に誰かいた痕跡って、真之介さんや光二朗さんだった可能性はないのかな」

 絵美の発言に、泊は同意しながら言った。

「あり得なくはないですね。家から遠い場所まで出ていたので、村の中では手に入らない子供の物や服、または食料品などの買い出しに出ていたと考えるのが妥当なところでしょう」

「不思議なのは、真之介さんもお祖母ちゃんと一緒に八重さんの看病をしに村へ来ていたはずですよね。それなのに事故が起こった時間、何故義理の父の誠さんと一緒にいたのかが不明です」

「そこは楓さん達と同じく私も気になって調べましたが、はっきりしたことは分かりませんでした。宗太郎さんがいる実家へ一時的に顔を出していたのなら、まだ理解できます。しかし弟の嫁の実家にいたのですからね。何か用があっただけなのかもしれませんけど」

「それにその事故の翌年に真之介さん達の祖父が病死し、さらに次の年、真之介さんが山の中で滑落死しています。そこまでの五年間で六人亡くなったから、呪いだと言われ始めたようですね」

「はい。真之介さんが事故死した当時も、磯村家はあの村の家に来ていて、由子さん達三人が一緒に居たようです。真之介さんが一人だったのは、山から水を引いていたので、その点検に出かけていたと、当時の事故捜査資料には書かれていました。現在と同じくその頃も別荘地では水道を引いていましたが、山の水はタダですし美味しいと評判だったようです。ただ大雨が降ったりした後、濁ったり崖の一部が崩れて水路が詰まったりする場合がある為、時折確認が必要だったと聞いています」

 この時に磯村家または関係する人達はどこにいたかというと、光二朗は義父の誠と一緒に家でいて、真之介が事故に遭ったと連絡が入り、慌てて駆け付けたようだ。宗太郎は前年に父親を無くしていた為、母と二人で家にいて事故の連絡を受けたという。

 ちなみに第一発見者は隣の山の所有者で、偶然そこを通りかかったらしい。ただ既に亡くなっており、証言は直接確認できていなかった。問題はその四年後に、ほぼ似た場所で光二朗が同じく滑落死した点だ。その翌年に倉田誠は失踪し、宗太郎の母親が亡くなっている。

 この一連の不幸で奇妙な事故死や病死等が続いた為、村に人達は再び呪いだと噂し始めたのである。

「宗太郎さんの母親は八十二歳で病死したのだから関係ないでしょうけど、違和感を持つとしたら光二朗さんの事故死と誠さんの失踪です。光二朗さんが山道に一人で行ったのは、真之介さんと同じく山から引いている水路の点検だったようですね」

「はい。圭子さんが亡くなり、シングルファザーになった光二朗さんが宗太郎さんと祖父母の五人で暮し始めた当時、生活に貧窮していた彼らを磯村家は経済的援助をしていました。その経緯もあり真之介さんが亡くなってから、由子さんは娘の真由さんの面倒を看て貰う必要もあって、光二朗さん達を東京に呼び寄せています。村に帰って来た時も、身の回りの事は全て彼に任せていたと思われます」

 真之介の時と近い場所で、山道を歩いていた人物が偶然転落している彼を発見し、警察に連絡したようだ。ちなみにその時の発見者は真之介の時と別人だが、現在既に他界している。一部の山林関係者に限られるが、あの周辺の山道は時々通る場所らしい。他人の山ではあるけれど、余りうるさい事は言わず、互いに融通を利かせていたようだ。

 その事故当時、磯村家としては祖母と母達は家に居たという。宗太郎は母親と一緒に駐在所でいて、これまで同様連絡を受け現場に駆け付けている。この時だけは、誠の居場所が定かで無かったらしい。その翌年に彼は失踪し、同じ年に宗太郎の母親が病死した。

「光二朗さんの事故時におけるアリバイだけを考えると、誠さんが怪しく見える。しかし万が一彼を殺した犯人だとしたら、その動機が全く不明だよね。義理の息子だった光二朗さんを殺して、得をする人はいないでしょう。子供達や家事を手伝ってくれている由子さん達は困るし、彼自身がお金を持っている訳でもない」

 大貴の見解に対し、泊が答えた。

「誠さんはその時、五十八歳です。由子さんは四十四歳で子供はいますがお金持ちで独身。ただ近くには当時三十歳という若い光二朗さんが居ました。しかも誠さんは裕福でなく、奥さんにも逃げられるほど酒癖が悪いと周囲の評判も良くなかった。そう考えた場合、由子さんに言い寄ったか、光二朗さんを通じてお金をせびっていた可能性はあります」

 今度は絵美が推測を口にした。

「光二朗さんが、由子さんを密かに狙っていたのではないかという噂もありましたよね。そうした男女関係のもつれから誠さんと揉め、誤って殺されたかもしれない。それで真相がばれるのを恐れ、翌年失踪したとは考えられませんか」

「そんな噂が村で囁かれていた事は、事実のようです。なのでその推測もあり得ます。ただ被害者の父の宗太郎さんが、事故で処理している。その点がネックですね」

 誠が失踪した頃、磯村家では由子だけが村にいたようだ。確か宗太郎の母親の体調が悪く、お見舞いに来ていたという。だが楓は絵美達の話を聞きながら、村にいたとはいえ祖母が失踪に関わっているとは考え難かった。

 そもそも、磯村家と縁を切った祖父の話に繋がるとは思えない。酒癖が悪く金使いの荒い人だったから、借金を抱えて夜逃げしたのではないかとも噂されていたからだ。

 あの村で林業の仕事をしていた彼は五十一歳の時に怪我をし、働けなくなった。その時支払われた労災等で、何とか生活していたようだ。しかもその翌年、娘の圭子さんが事故で亡くなった際に死亡保険金が支払われた。そこで相続人である光二朗さんに金を寄こせと、詰め寄ったと聞いている。

 他にも光二朗さんが亡くなった時、その遺産の一部は自分が受け取る権利があると言い出し、トラブルを起こしていた。その翌年に失踪したので、お金も使い果たし良からぬところから金を借りて逃げたんだろうと言われていたのだ。

 けれども大貴は、別の考えが頭に浮かんだらしい。空を見つめながら、一人で静かに頷き始めた。しかし口にするのを躊躇っているようにも見えた。

「どうしたの。何か気が付いたのだったら、何でも言って」

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