第三章~⑨

「おい、何だってあの女が関わっているんだ」

 最初に大貴が怒った口調で話し出し、絵美が答えた。

「嫌がらせよ。大貴には理解できないかもしれないけど、ああいうタイプの女の恨みはしつこいんだから。楓もそう思うでしょ」

「間違いないと思う。前は札幌にいたから、わざわざ手を出さなかっただけなのよ。でもこっちへ来て、私がお祖父ちゃんの居場所を突き止めて近くに住み始めたから、彼女も探し当てたのかも。近所のスーパーで働いていると知って、邪魔をしようと考えたのよ」

 楓の言葉に、大貴が反応した。

「泊さんも同じような見解をしていたけど、何か腑に落ちないな」

「何が引っかかっているの」

 楓の問いかけに、彼は答えた。

「嫌がらせをする気持ちは、なんとなく分かる。でもそれが何故、スーパーを辞めさせることだったんだろうか」

「十分な嫌がらせじゃない」

「別の方法もあっただろう。絵美はそう思わないか。何故辞めさせたんだろう。向こうはお祖父さんがお金に困っていて、楓の会社の社食でも働いていると知っているのかな」

「分からない。それがどうかしたの」

「スーパーで夜遅く仕事をしているのは、掛け持ちの一つだと分かっていたとしよう。それなのに働く場所を奪ったら、金を持っている楓と近づきやすくなるとは思うはずだ」

「なるほど。そうね」

 絵美が同意した為、大貴が話を続けた。

「お祖父さんの借金を楓が裏でまとめている件まで、さすがに調べられていないと思う。でも楓と同じ会社にいて、それでも距離を置かれている状況は、把握している可能性が高い。嫌がらせの為に社食の仕事を辞めさせようとしたのなら、二人を引き離す為だと考えられる。でも何故スーパーだったんだろう」

「それは単に、社食でクレームを付けるのはそう簡単じゃないからだと思うけど。保険会社の清掃だって、難しいでしょう。その点スーパーだったらやりやすいはず。それに二人が住んでいる近所にあるし、楓と引き離す意味では同じじゃないかな」

「絵美が言うのも分かるけど、何か引っかかる。どこかがおかしい」

「ごめん。何をそんなに気にしているのか分からない」

 大貴の言い分に、楓がそう言うと彼は説明し始めた。

「まずどこまで向こうは、楓とあの人の状況を把握しているか。借金を抱えている件は、相手も知っているのかもしれない。社食での二人の関係を耳にしていれば、距離を置かれている点もそうだ」

「でも、借金の債権者になっているとまでは知らないはずよね」

「そう。つまり肩代わりできるお金があるのに、それができないでいる。それはお祖父さんが何故か、楓を遠ざけようとしているから。そう向こうは考えるはずだ」

「うん。それがどうしたの」

「でも仕事場を一つ失い、借金を返し難くなったら困る。もちろん新しい職場を探せばいいのかもしれない。でもそれより簡単なのが、楓に頼ることだ。一時的でもお金を借りられれば、楽になる」

「そうよね。実際、そうしている訳だけど」

「嫌がらせをしたいと考えている向こうが、そんな状況に追い込む真似をするかな。それなら単に辞めさせないでクレームを入れ続け、精神的なダメージを与えた方が効果的だろう。それにあのスーパーで楓は、こっそり働く様子を覗いていただけで話したりはしていない。近くに住んでいることすら、悟られていないんだったよな」

「そうか。そう言われれば、大貴の言う通りかもしれない。嫌がらせの方法が、ちょっと違う気がする」

 絵美が大貴の意見に理解を示したが、楓はまだ納得できなかった。

「でも裏に向こうが絡んでいるって、泊さんが調べてくれたんでしょ。だから確かなはずよね」

「それは間違いないだろう。だから違和感があるんだ」

「私には助けを求めないと確信しているから、じゃないのかな」

「もしそうだとしたら、お祖父さんが楓と距離を置く理由を知っている場合だ。しかしそれも考え難い」

「もし知っていたら、黙っているはずがない。それとも、知っていてわざと私に教えないようにしている、とでもいうの」

「それは理由にもよるけど、もし知っていたらすんなりお祖父さんに遺産の管理人をやらせてはいないと思うな。例えば楓にばらされたくなかったら、お金を融通しろと脅せば内容によっては言う事を聞くかもしれない。でもそういう手は打っていなかった」

「私が遺産を受け取った後に、理由を知った可能性はあるかな」

「どうやって。泊さんや俺達が四年もかけて調べられていないのに、最近まで札幌にいた彼らが、後で理由を知ると言うのは考えにくい」

「確かに無理がある。向こうも謎は知らないと考えていいと思う」

 絵美が再び賛同した為、大貴はさらに説明をした。

「そうだろう。その上で多額の遺産を受け取った楓と、そうさせたお祖父さんをあの人達は憎んでいる。そこで嫌がらせでスーパーに因縁をつけ、職を失わせた。でも何故そうしたのか、釈然しゃくぜんとしない」

「楓に直接、嫌がらせを仕掛けて来てもおかしくはないわよね」

「絵美の言う通りだ。でも遺産を持っている楓の怒りを買って損をするのは、あの人達だろう。できるなら和解し、どうにか少しでも金を引き出そうと考えているはずだ」

 そこで楓が口を挟んだ。

「だったらお祖父ちゃんを攻撃するのは、逆効果じゃない」

「それは違うぞ。俺達が事情を知っているのは、泊さんが調べてくれたからだ。普通は分からない」

「そうだった。そんなドジを泊さんがするはずがないわよね」

「そうだろう。向こうが恨みを持っているのは間違いない。でもわざわざそれだけの目的で、手の込んだ真似はしないだろう。誰かを雇って動かしていたとすれば、お金だってかかるはずだ」

 彼の話に、思わず悲痛な声を出した。

「どういう目的があるのか知らないけれど、とにかくお祖父ちゃんの辛そうな姿を見るのは嫌。だからおかしな真似をするのを辞めさせたい。どうにかならないかな」

 それを聞いた大貴は、楓の想いに至らなかったと反省したらしい。

「ごめん。動機を探るよりも、まずは阻止する方法を考えよう」

「どうやって」

「まず泊さんにお願いして、スーパーに因縁をつけてきた奴から、依頼主に繋がる何かを探して貰う。恐らく裏サイトか、SNSを使っているんじゃないかな」

「そういえば、ニュースで見た事がある。お金に困っている人間を利用して、犯罪に繋がるようなバイトを募集するんでしょ。振り込め詐欺や、押し込み強盗等をさせるケースもあるみたい」

 絵美の言う通りだ。しかし依頼主は情報とお金を提供するだけで、一切姿を見せないという。もし実行犯が捕まっても、依頼した人間にまでは捜査の手が及ばないよう、複数の人間を間に挟むパターンもあるそうだ。暴力団などがよくやっている手口だと、楓も聞いた覚えがあった。

 けれど今回は父や梨花の両方、またはどちらかが仕掛けたと考えられる。つまり個人によるものなら、そこまで複雑な手は使っていないだろう。それに犯罪と言えるかどうか微妙な為、警察等に捜査される可能性は考えていないはずだ。そこに必ず隙があるに違いない。祖父を探し出した際、ハッキングまでした泊なら追跡できる確率は高いだろう。

 大貴がそう見解を告げた為、楓達は賛成した。そこで泊に連絡をし、動かぬ証拠を握って欲しいと楓が依頼をかけたのだ。

 すると三日程経った後、梨花がSNSで依頼していた証拠が見つかったとの報告があった。大貴が想像した通り、スーパーに因縁をつけて祖父を首にするよう仕向けたらしい。 

 その上泊は、実行犯の居場所まで割り出していた。よって偽計ぎけい業務ぎょうむ妨害ぼうがいの罪でいつでも警察に突き出せるがどうするか、とこちらに判断を求めてきたのだ。

 当然梨花による依頼文も入手していて、彼らを警察に突き出せば、首謀者の罪も問えるという。ただしどうやってその情報を手にしたかを追求されれば、泊も罪に問われる可能性があるらしい。

 そこでいつものように、三人で相談をした。まず大貴から、楓の意向を尋ねてきた。

「どうする。証拠は第三者の匿名で警察に提出して彼らを突き出せば、梨花のところまで捜査の手は伸びると思う。ただ実際に逮捕されるかどうかは怪しい」

「証拠となるものが、不正に入手されているものだからよね」

「そうだ。もちろん警察が動いて、彼らの手でしっかりした証拠を改めて掴めば、その限りではない。でもそこまでしてくれるかどうかを考えれば、やや不安がある」

「例え警察に捕まらなくても、捜査された事実が残ればプライドの高い彼女なら、これ以上余計な真似はしなくなると思う。お父さんの会社での地位にも、影響してくると困るからね」

 楓がそう言うと、彼は言った。

「じゃあ、警察に届けてみるか」

 それを慌てて制した。

「ちょっと待って。それは最後の手段に取っておいて良いと思う。そんな大げさにしないで、彼女を懲らしめる手はないかな。私はお祖父ちゃんに対する嫌がらせを辞めさせられれば、それでいいの」

 楓の思いを理解してくれたのだろう。事前に考えていたらしい方法を、大貴は提案してきた。

「それならまた泊さんの協力が必要だけど、こういうのはどうかな」

 内容を聞いた楓達は、別々の反応を示した。まず絵美はすぐに同意していた。

「いいね。それでまずいと思ったら、もう余計な真似はしなくなるんじゃないかな」

 しかし楓は躊躇した。

「でもそれだと、泊さんに迷惑がかかるでしょう。下手をすれば、不正アクセス禁止法に違反するだけでなく、脅迫罪で訴えられる可能性もあるよね」

「そこはもちろん泊さんに相談して、そうならないよう上手くやって貰うしかない。でもあの人だったら、そんなヘマはしないと思うよ。もちろん彼の判断次第だけどね」

「できるかどうか、一度楓が聞いてみたら。無理しない範囲でって言えば、向こうも考えてくれるでしょ」

 二人にそう押された為、渋々ながら了解した。

「じゃあ泊さんに提案してみる。その代わり、無理にはお願いしないよ。断られたら、また別の方法を考えないと」

「それでいい。楓がどうしたいかを伝えれば、泊さんも意図を組んでくれる。その場合、別のやり方を提案してくれるかもしれないよ」

「そうよ。今回だって、楓の意向を確認してきたでしょ。多分あの人なら、色んな手を考えているんじゃないかな。その中で依頼主が納得する方法を、提示してくれると思うよ」

 そうした話し合いを経て泊に確認をしたところ、彼は大貴が立てた作戦を採用すると答えた。楓は無理をしないでと告げたが、その点は出来る限り法に触れないよう注意するので、安心してくれと返されたのである。

 彼はさっそく実行に移したようだ。しかしその結果は三人に直接説明したいと楓に連絡があった為、大貴達にもそう告げた。その為今回は、会社が休みの土曜日の昼間に楓と大貴で彼の事務所を尋ね、絵美はN県に居る為、リモートで参加することとなった。

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