第二章~⑨

 ずっと立って話をしていた楓は、事前にソファの後ろに用意していたスーツケースを持ち、出て行こうとした。ここまで伝えなければならない話や、言いたいことは全て話せたと思う。どういう流れで今回の親との面会を乗り切るか、大貴達とも内容について話し合って決めたのだ。

 しかし楓自身も、ここまで激しく感情をぶつけられるとは思っていなかった。けれど興奮している中で、告げておかなければならない点は理路整然としていたはずだ。自分なりに、なんとかコントロールしていた結果だろう。

「ちょっと待ちなさい!」

 父が前に立ち塞がった為、下から見上げながら言った。

「じゃあ正直に答えて。さっきはお祖父ちゃんがいなくなって、驚いたと言ったよね。本当に何も言わなかったの。嫌がらせをしたり、出て行かないと私に危害が及ぶとか、脅したりしてないよね」

「そんなことを言う訳がないし、するはずないだろう」

「梨花さんはどうなの、あなたがお父さんには内緒で、何かしたんじゃないの」

 楓の問いかけに、彼女は強く反論した。

「私は何もしてないわよ。あの人が出て行ったって、何の得もないでしょ。それどころか間に弁護士が入った分、やりにくくてしょうがなかったわ。遺言書とお義母さんに書かされた契約書があるのをいいことに、小難しい法律を盾にされてこっちは黙って従うしかなくなったんだから。本当はもっと文句を言いたかったけど、何もできなくて損をしたのは、こっちなのよ」

 その言い分はある意味正しい。それに二人の言葉から、嘘は感じられなかった。ということは、彼らも祖父の失踪の理由を知らず、関わっていないのだろう。

 それでも楓は念の為、さらに問い詰めた。

「だったら磯村家の呪いや、倉田家の呪いって聞いたことないかな。 お祖母ちゃんのお葬式をした時、誰かが陰口を叩いていなかったの」

「何、それ。それに倉田ってどこの家よ。知らないわ」

 梨花のいぶかし気な表情とその声から、演技だとは考えにくかった。だが父の反応は違った。

「そういえば昔、耳にしたことがあるな。お義母さんの時じゃない。そうだ。東京で真由の葬式をした際、あの村からわざわざ来てくれた弔問客(ちょうもんきゃく)の中で、そういうことを口にしていた人がいたな」

 思わぬ証言を聞き、謎の糸口が掴めるかもしれないと期待した為、声がやや上擦うわずりながら尋ねた。

「お葬式に来てくれた人がいたのね。誰なの。何て言っていたの」

「誰だったかな。当時お父さんは、真由と結婚した後に一度だけしかあの村へ行かなかったからね。その後楓を妊娠して出産してから、体調も崩した。だから行く機会が無かったんだ。お義母さんが会社を引退し、楓を連れてあの村へ引っ越してからは、何度か行くようになった。病気になられたお見舞いや、楓の顔を見たりする為にね」

「そんな話はどうでもいいの。誰がなんて言ったか、思い出して!」

 必死になって迫ると、父は少し怯みながら何とか答えた。

「お義母さんと親しかった人や、真之介さんが住んでいた近所の人達だと思う。でも二十年近くも前だ。あの時の芳名帳ほうめいちょうが残っていたら分かるだろうけど、さすがにもう捨ててしまったと思う。ただ若くして亡くなったのは、これも磯村家の呪いかしらだとか、いや倉田家の呪いかもしれない、とその中の誰かが言っていた気がする」

「それを聞いて、お父さんは何も言わなかったの」

「いや、さすがに不謹慎だと思ったから、抗議するつもりで呪いってどういう意味ですかと、問い詰めたよ」

「そうしたら、何て答えたの」

「えっと、そうだ。真由が亡くなったのが三十歳の時だった。その人は、真之介さんが亡くなったのも同じ歳だし、弟さんも三十歳で事故死されたからって言ったんだよ。余りにも偶然が重なっていたので悪気はない、真由は病死だから関係ないでしょうねって謝られたんだ。ああ何となく思い出してきた。でも名前は覚えていない」

「女の人だったか、どれくらいの年齢の人だったかも覚えてないの」

「男の人もいたよ。年齢は皆、お義母さんと同年代の当時で六十歳前後だったと思う。もう少し年配の人もいたと気がするけど、若い人はいなかったよ。でもどうしてそんなことを聞くんだ」

 父の疑問に、楓は答えた。

「お祖父ちゃんが死後離婚した後、連城先生に言ったらしいの。楓も私も磯村家とは縁を切った方がいいって。そう考えて調べたら、磯村家または倉田家の呪いと、あの村では噂されていたって知った。それと失踪が関係しているんじゃないかって、私は思っているの」

「何を言っているんだ。真由は明らかに病死だ。事故死したあの二人とは全く関係ないし、年齢だって偶然に過ぎない。他にも立て続けに磯村家と関わる人が昔亡くなったから、そんな噂が立ったらしいって後で聞いた。だけどほとんどが病死だろう。お義母さんだってそうだ。それがあの人の失踪と、何の関係があるっていうんだよ」

「さっきから二人で、何を言っているの。誰が呪われているって」

 まったく意味が分かっていない梨花に、父が簡単に説明をしていた。どうやら、少しずつ記憶を取り戻したようだ。しかし経緯を聞き終わった彼女は、馬鹿にするような声を出して笑った。

「何よ、それ。単に年を取って病死した人が、たまたま続いただけでしょ。磯村家のような金持ちがあんな村に関わったから、妬まれて変な噂を立てられただけじゃない。そんな事が原因で、あの人が姻族終了届をだしてお義母さんと縁を切ったとしたら、呆れて物も言えないわ。そんな意味不明な真似、するはずがないでしょう。成人したからと言って、まだまだ子供ね。現実を知らなさすぎるわ」

 楓は言い返そうとしたが、何とか踏み止まった。確かにこれまでの話は、大貴達と立てた推論の一つに過ぎない。また彼女に対し何を言っても無駄だと思ったからだ。

 そこで絵美に耳打ちして相談した。その間、父達も小声で喋っていた。これからどう対処するか、話し合っているのだろう。

 本来なら彼らは時間をかけ、楓を言いくるめるつもりだったはずだ。遺産を少しでも手に入れようと、何らかの手段を用意しているに違いないと大貴が言っていた。だから先手を打つよう忠告され、これを機にマンション出て独り暮らしを始めるとの結論に至ったのだ。その場合どうすれば良いか、連城先生にも相談していた。

 そこで先程父達に告げた口上を教わったのだ。弁護士が立てた作戦だけあって、かなり効果はあったと思われる。しかも相手は社会的地位やプライドが高い分、下手な行動には出られないとの読みは、的を射ていた。これで二人と別れたならば、余程のことが無い限り今後接触したり、話したりする機会は無くなる。

 だから今まで言いたくても言えずにいた話があれば、全て吐き出せるのは今日が最後だった。その為楓は心を鬼にして、これでもかと言うほど辛辣な言葉を投げかけられたのだ。

 事前の打ち合わせではやや躊躇ちゅうちょし、言い切れる自信が無いと弱気になったりもした。けれどいざ憎い相手が目の前に現れ、逆に挑発するような言動が感情を誘発したらしい。予期しない程の感情が湧き、言葉を畳みかけられて自分でも驚いたほどだ。

 絵美も頑張ってくれた。彼女だって元々は、そう気が強い子ではない。それでも楓を守ろうと盾になり、あの気性が荒い梨花に対し言い返してくれたのだ。本音では怖かったと思う。しかし彼女がいてくれたおかげで、なんとか事前の作戦通りに事はすすめられた。

 そうやってこちらの立場を優位に保ち、祖父の失踪理由に心当たりがあれば、口を割らそうと企んだのだ。けれど今の所、有益な情報は期待できそうにない。しかもこの二人が、素直に楓達を解放してくれるとは思えなかった。

 その為これ以上、ここには留まらない方が良いだろう。そう思いつつも絵美と話し、もう少し何か聞き出そうと粘ってみた。

「お母さんのお葬式で使った芳名帳は、本当に捨てたの」

 梨花の言葉を無視し、父に尋ねると答えてくれた。

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