第二章~④
「連城先生の話を聞いて、それは違うと言ったじゃないか。もしそうだったら、遺産の管理を弁護士に依頼したりしないだろ。勝手に姿をくらまし、もっともな理由を付けてお金を不正に使っていてもおかしくない。でもお祖父さんは多額の借金を抱えた時でさえ、遺産に手を付けなかった。いくら弁護士が間にいたって、管理者はお祖父さんだ。一時的に遺産から立て替払いし、少しずつ返金していたとしても違法にはならない。道義的な問題は残るとしても、だ」
泊も賛同した。
「大貴さんの言う通りだと思います。そこまでしっかり管理し、養育費や学費等も父親から確実に支払わせるよう目配せしているのは、お祖父様の指示があってこそです。だから姻族終了届を出した理由は他にあるのではないかと思い、磯村家や関係する人達の過去を遡って調べました。それでも時間が経ちすぎている為、決定的な情報まで辿り着けませんでした。しかしまだ諦めてはいません」
「やはり磯村家の呪い、または倉田家の呪いと呼ばれている件と関係がある。泊さんは、そうお思いですか」
楓が尋ねると、彼は深く頷いた。
「調べれば調べる程、それしか考えられません。知らない女性と駆け落ちでもしたのか、とも正直疑いました。ですが騙された女性と知り合ったのは、あの村を出た後です。他にも可能性を辿りました。しかし謎が残るのは、過去の件だけでした」
「それでも病死した人達は、関係ないですよね。あるとすれば、失踪した誠さんや滑落死した真之介さんと光二朗さん。後はせいぜい事故死した圭子さん位でしょう」
口を挟んだ大貴に、彼は同意した。
「はい。もしそれらが事故でなく事件だったとすれば、磯村家または倉田家の呪いを、お祖父様は断ち切ろうとしたのかもしれません。唯一磯村の姓を持つ彼が、姻族終了届を出し旧姓に戻したと考えれば、筋は通ります。もちろん彼がそれらの事件に関わっている可能性なんて、考えていませんよ。それはまずあり得ません」
「この年表を見れば、そうでしょうね。他の人のアリバイはどうなっていますか」
大貴の問いに、彼は答えた。
「まず一番古い、圭子さんの事故が起こった際、真之介さんは誠さんの家にいたとの証言がありました。八重さんは体調が思わしくなく、療養の為に由子さん達と村の家にいたようです。山道を走っていた圭子さんが単独事故を起こし、ガードレールから飛び出して崖に落ちた。その一時間以上後に、通りかかった別の車が偶然発見し、警察へ通報して救急車も呼ばれたと聞いています」
田舎でよく見る風景だが、集落は点在してそれぞれ離れている。その中でも家と家との間の、人気のない峠で事故は起こったようだ。
ちなみに駆け付けた警察というのは、あの村の駐在員だった宗太郎らしい。義理の娘の死体を、救急隊員達と共に見たのが彼である。
「アリバイもあるってことですね」
「はい。また真之介さんが山で滑落死した時、由子さんと子供達は村の家にいたと聞いています。また光二朗さんの時も同様でした。誠さんが村から失踪した頃は、由子さんだけが村にいて、真由さんとお祖父様は東京にいたようです。山での事故時も、宗太郎さんが救急隊員と駆け付けています。今度は実の息子達の死体を目にした事になりますね。もちろん車に細工、または故障していた形跡は見つかっていません。これは事故後に専門機関が調べたようなので、間違いないと思われます」
「圭子さんが事故を起こした際など、他の磯村家の親族達はどこにいたのかは、分かりますか」
「まず圭子さんの時、光二朗さんは八重さんの様子を見に訪ねて来ていたそうです。他の親族と言えば宗太郎さんとその両親ですが、両親は由子さんの家から戻った光二朗さんと一緒に畑仕事をしていたようです。宗太郎さんは駐在所にいて、事故の連絡を受けて駆け付けたと聞きました」
「だったら真之介さんの時は、どうですか」
「光二朗さんは、義父だった誠さんと一緒に家でいたようです。宗太郎さんは、母親と一緒にいたと聞きました。父親は既に病死していましたからね。あと光二朗さんの時、他の方が何をしていたかまでは調べ切れていませんが、特に怪しまれた人はいませんでした」
「誠さんが失踪した時は、どうですか」
「たまたま由子さんだけが村に来ていて、宗太郎さんの家にいたようですね。彼の母親の体調が
泊の調査により聴取した結果を改めて確認し、大貴は納得したようだ。その上でさらに質問を重ねていた。
「となれば親族関係は、ほぼ全員アリバイがあった。だから全て事故で、病死など不幸な出来事が続いたから呪いと言われていたのでしょうね。ちなみに誠さんの失踪の理由は、見当がついていますか」
「村の人達の話によれば、酒癖が悪く金使いの荒い人だったから、借金を抱えて夜逃げしたのだろうと噂されていました。誠さんは林業の仕事をしていましたが、五十一歳の時に怪我をして働けなくなっています。その時支払われた労災等で、その後何とか生活をしていたと聞きました。しかし怪我をした翌年、色々揉めたそうですよ」
「どんな問題が起こったんですか」
「娘の圭子さんが事故で亡くなった件です。その際死亡保険金が支払われましたが、夫の光二朗さんや子供もいましたから、相続人は彼らです。しかし誠さんが金を寄こせと、詰め寄ったようですね」
「なるほど。金銭トラブルですか」
「他にもあったと聞いています。光二朗さんが亡くなった時も、遺産の一部は自分も受け取る権利があると言い出していたようです。その翌年に失踪したので、労災で支払われたお金も使い果たし、良からぬところから金を借りて逃げたんだろう、という訳です」
「滅茶苦茶ですね。法定相続人は子供だけでしょう。未成年でも遺産管理者としては、父親の宗太郎さんがいますしね。義理の父親が受け取る権利なんてない。誠さんは本当に借金があったのですか」
泊は首を横に振った。
「それが良く分かりません。何せ三十三年前ですからね。ただそれほどお金を持っていないはずなのに、昼間からお酒を飲んでいたようで、金遣いが荒かったのは確かだったと聞いています」
「だったら本当に、単なる失踪だったのかもしれませんね」
「はい。病気で亡くなった方達は皆さん、ある程度闘病した末の結果です。五十六歳だった八重さんを除けば、七十五歳から八十二歳と高齢の方ばかりなので、本当に不幸が続いたとしか思えません」
「事故で亡くなった人も、呪いと呼ばれた親族全員にアリバイがあるのなら、例え事件だとしても無関係の人が関わっているとしか考えられない。だったらそんな呪いを苦にし、姻族終了届けを出してまで縁を切るのはおかしい、という結論になりますよね」
「はい。そこで調査も行き詰りました。よってここまでの経緯を説明し、皆さんと今後について話し合う必要があると考えたのです」
つまりこれ以上過去を調べても、楓の祖父が取った行動の原因を突き止められるとは限らなくなった。だから今後の方向性を見直す必要がある、と彼は提案しているのだろう。
けれど誠の失踪はともかく、真之介と光二朗の事故については、まだ不明な点が多い。どうしてそれぞれが、そんな危ない山道を一人で歩いていたのか。しかも四年の時を挟み、兄弟揃って似た場所で滑落死した点に疑問が残る。
とはいっても泊が言うように、余りに昔の事で調査するのは難しい。また本来知りたい謎と関係するか、全く不明だ。それでも楓は滑落事故についてだけなら、もう少し調べる価値があると思った。調査費用は馬鹿にならないけれど、大した問題ではない。
そこで決断した。
「本当にお手数をおかけして申し訳ありませんが、もう少しお願いできますか。ただし今後の調査は、真之介さん兄弟の滑落事故に絞って頂いて構いません」
大貴も同じ考えだったらしく、賛同してくれた。
「俺もそれがいいと思う。本職の泊さんに言うのも釈迦に説法かもしれませんが、新聞に載ったのならそういう記事は、どこかにデータとして残っているはずでしょう。後は発見者と通報者が誰だったのか。もしまだ生きていらっしゃれば、その方達の証言も欲しいですね。救護に当たった方達からも、話が聞けるといいのですが」
「警察としては、この時も村の駐在所にいた宗太郎さんが駆け付けています。ただ残念ながら、彼は二十四年も前に亡くなっています。宗太郎さんが生きていれば、色んな状況が聞けたでしょう。ですが止むを得ませんね。もしもに期待してはいけませんから」
「そうですね。ただ三十四年前と三十八年前の事故ですから、当時まだ三十代位の方が村にいれば、ご存命の人もいるでしょう。またもしお亡くなりになっていたとしても、お子さんや身内の方または近所の人に、話をされているかもしれません」
「それは否定できません。ごく限られた小さな村で起こった出来事ですから、そういう話は広まっている可能性があります。現に私が調べている時でもあの事故ね、だとか呪いの件でしょ、なんて話があちこちで聞けましたから」
二人の話を聞き、楓は頭を下げた。
「それでは、お願いできますか」
「山内様がそうおっしゃるなら、私は依頼された仕事をするだけです。お祖父様が連城先生に告げられた言葉も、気になりますからね」
楓も磯村家とは縁を切った方がいい、と呟いた件だろう。やはり最大の謎は、磯村家の過去にあるはずだと皆が思っている。とはいっても余りに古い為、どこまで調べられるか不明だし、困難を伴うのは間違いない。けれどここで諦める訳にもいかなかった。
こうして二回目の会合は一旦解散となった。しかしその後、予想通り調査は難航したのである。
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