第二章~②

 四人が再び集まったのは、以前と同じ店だ。大学も短い休みに入ったばかりで、周辺に人がいなかったのが理由の一つだった。

 席に座り、泊が口を開いた。

「予定では先月上旬にご報告できればと思っていたのですが、遅くなり申し訳ありません。これからお渡しする書類にもありますが、正直言って今回は目ぼしい情報を得られませんでした。なので大半は、磯村家周辺の過去を時系列にまとめたものです。それを追って確認しながら、順にご説明したいと思います」

 今回はそれぞれに一部ずつ渡された報告書を、楓はパラパラとめくりながら言った。

「要するに、磯村家から出た理由は、掴めなかったのですね」

「そうなります。そこで山内様に確認させて頂いた部分もありますが、私なりに調査して整理したもので情報を共有し、改めて皆様にご意見を伺おうと今回お集まり頂いた次第です」

 報告書に目を通していると、大貴が尋ねた。

「それにしても、かなり昔まで遡っていますね。そこまで調べなければならなかったのですか」

「必要だったかは分かりませんが、私なりにその辺りから今に至る中に何かヒントがあるのではと思い、記載させて頂きました」

 表にして見やすく作成されていたが、一番上の右端に記入されていた年代は、一九四〇年から始まっている。今から約八十年も前だ。

 この年に祖母の由子が誕生。彼女の父は戦場に招集された為、東京では由子の祖父母と母の八重の四人暮らし。磯村家は代々土地持ちで不動産業を営んでおり、残った三人で会社を経営。

 さらにN県の土地は、その当時借金の抵当で手に入れたとの記載もあった。登記簿謄本を取り寄せ、確認したようだ。

 一九四四年十二月に、由子の父が二十四歳で戦死。終戦が翌年の八月十五日だった為、もう少し生き延びていればと楓は思わずにいられなかった。

 一九五〇年に由子と後に結婚する真之介が誕生。一九五四年に彼の弟の光二朗が生れたが、同じ年に彼らの母親が病死している。それを機に、N県市内の警察署に勤めていた彼らの父の宗太郎そうたろうは、両親の住む村の駐在所へ移動願を出し勤務。五人暮らしとなった。

 母親がいない中、働きながらでは二人の息子を育てられないと、田舎に住む親を頼ったとある。場所は楓も一時住んでいた家がある地域だ。

 一九五六年に、磯村家はN県の家を別荘用に建て替え。高度成長期に入っていた頃だ。その為不動産業で、莫大な資産を形成したのだろうと想像できた。売るにしても余り資産価値のない土地と家は、夏の間の避暑地に利用しようと考えたらしい。

 また追記として、毎年必ず一定期間滞在していたと記されており、余程この場所を気に入っていたとある。それは楓も知っている事実だ。自身も幼い頃から、夏になれば必ずあの家で過ごした。だから祖母もつい棲家すみかとして選んだのだろう。

 一九六三年に磯村家の唯一の子である由子が大学を卒業し、別の不動産会社に就職。将来会社を継がせる為、修行に出したようだ。

 一九六九年に由子が二十九歳の時、当時十九歳だった真之介と結婚。由子は父達と共にN県の別荘地に毎年通っていて、幼い頃から真之介を知っていた事情もあり、二人は結ばれたとある。

 ここで大貴が、泊に質問した。

「この当時で十歳の年の差婚だと、反対にあったのではないですか」

 これには楓が頷き、先に答えた。

「うん。お祖母ちゃんから、そう聞いたことがある。でも反対を押し切って、何とか結婚をしたらしいの」

 泊はそれに補足した。

「ほぼ五十年程前ですが、村には当時の様子を覚えていらっしゃる方もいたので、聞き取りをしました。年齢だけでなく格差婚でもあった為、彼女の祖父母は絶対駄目だと言い続けていたようです」

「ということは、真之介さんの家が貧しかったということですか」

「そのようです。彼の祖父母は農家だったので、食べる事には困らなかったようですが、主な収入は宗太郎さんに頼っていたからでしょう。しかし公務員である警察でも市内に勤めていれば別ですが、駐在所となると余り高い給与ではなかったようです」

 そこまで聞けば想像できる。片や東京で代々不動産業を営むお金持ちの一人娘だ。反対されても仕方がない。

「しかし母の八重さんが間に入り、何とか収めたようです。二人は幼馴染でしたし、由子さんも当時嫁に行くには年齢が高かった。ある意味売れ残りと言われていたでしょうから、そのまま独身でいられるよりいいだろうと、最後には彼女の祖父母も折れたようです」

 二十九歳だと今なら初婚のほぼ平均年齢だから、決して遅いとは言われない。しかし五十年近く前の女性の初婚年齢は、二十五歳弱だという。よって晩婚扱いされていたようだ。

 一九七一年に、由子が楓の母の真由を出産。それを機に、勤めていた不動産会社を退職している。この時代なら当然だろう。夫の真之介は結婚後すぐに磯村不動産へ入社していたし、経済的にも余裕があったからに違いない。

 一九七六年には真之介の弟、光二朗が倉田圭子と結婚。その年に由子の祖父が七十八歳で病死し、祖母と母の八重が遺産を相続した。三十六歳になった由子が将来磯村不動産を継ぐ為に会社へ入り、八重は社長に就任。

 娘の真由も五歳になり、七十五歳の祖母が代わりに隠居して孫の面倒を看る役目となった。しかし翌年一九七七年に病死し、遺産は全て娘の八重に渡っている。

 だがその翌年の一九七八年の冬に八重も病死。遺産は由子が引き継いだ。その同じ年の夏、光二朗の妻の圭子が最初の子を産んだばかりで、交通事故死している。

 その為光二朗は幼子おさなごかおるを連れて、宗太郎や祖父母と暮し始めた。だが生活に貧窮している状況を見かねた磯村家から、経済的援助を受けてなんとかなっていたとある。

 しかしさらに翌年の一九七九年、真之介達の祖父が七十六歳で病死し、一九八〇年の夏には真之介がN県の山道で滑落事故に遭い、亡くなっている。

「この辺りが、不幸の始まりだったんだな。五年間で磯村家の人間とその親戚が、六人亡くなっている」

「山内様からも伺っていましたが、大貴さんが言った通り短期間で関係の深い方々が亡くなった為に、あの地域では磯村家の呪いと呼んでいる方がいたのは確かでした。しかしその一方で、別の言い方をする人達もいらっしゃいました」

「なんですか、それは」

「倉田家の呪い、です」

「倉田家ですか。確か自動車事故で亡くなった、光二朗さんの奥さんの旧姓が倉田でしたね。彼女の父親は一九八五年に失踪していて、同じ年に真之介さんのお祖母さんが病死しています。その前年の一九八四年に光二朗さんが、山で滑落死した。あ、これって真之介さんが落ちたのとほぼ同じ場所で起きた事故なんですね」

 報告書にそう記載されていた為、大貴が尋ねると彼は頷いた。

「そうです。今お話された十年間で五人が病死、三人が事故死、一人が失踪されています。よって九人共が磯村家またはそのご親戚と呼べますが、光二朗さんは倉田家の方と結婚されています。そう考えると、倉田家の人間が三人亡くなり一人失踪。そのお身内とご親戚の内二人が事故死、三人が病死されたとも言えるのです」

「それで倉田家の呪いですか」

「あの村で聞き取りを重ねると、そうおっしゃる方が多かったですね。というのも磯村家は元々、あの地域の住民ではありませんでしたが、倉田家は違います。また真之介さんの家と同様、彼らも余り経済的に裕福だとは言えなかった。その上失踪した誠さんは、村での評判が良くなかったようです」

「それはどうしてですか」

「酒癖が悪く、それが原因で奥さんに逃げられたからでしょう。その為金持ちだった磯村家を妬んでいた人達の口からは磯村家の呪いと言われ、倉田家を余り良く思わない人達からは、倉田家の呪いと呼ばれていたようです。それに磯村家の血族は全員病死で、間違いなさそうでした。心臓発作などの突然死をされた方はいらっしゃいません。それぞれが体調を崩し、その間しばらく療養しております。よって何らかの毒物を飲まされた可能性も、まずあり得ないと考えていいでしょう。偶然続けて、病死しただけと思われます」

「だったらお祖父ちゃんがいなくなったのは、呪いから逃れる為ではなかったということですか」

「現在のところ、そうした根拠は発見できていません」

 大貴が再び口を挟んだ。

「自動車事故はともかく、山で滑落して事故死した件と、謎の失踪をした誠さんの件に事件性は無いのですか。そもそも何故真之介さんと光二朗さんは、似たような場所から滑落したのですか」

「すみません。それぞれ三十三年から、三十八年も前の話です。真之介さんと光二朗さんの件は、当時の警察が事故死で処理していますから、探るには時間が足りませんでした。失踪についても同様です。誠さんが今生きていたとしても九十二歳なので、どこかで亡くなっている可能性は高いでしょう」

 日本における年間での身元不明の遺体は、決して少なくない。全国で年間約二万体、東京だけでも三千体あるという。その多くは身元が分かるようだが、それでも百数十体は特定できないらしい。

 そうした遺体は火葬され、発見された管内の寺や役所等に遺骨が安置される。訳あって失踪し、ホームレスになって戸籍も持たず名前も分からないまま無縁仏となる人は、思った以上にいるそうだ。

 そこでふと疑問に思い、楓は尋ねた。

「失踪届は誰が出されたんですか。倉田誠さんって、他に身内の方がいらっしゃったという記載はありませんけど」

「駐在員の宗太郎さんが出されたようです。息子さんの妻の父親なので、遠縁に当たるとの理由だったと聞きました。そんな方が出されたのですから、他に近い親類はいなかったのでしょう」

 ぼそりと話す彼の言葉を聞いている内に、これ以上質問すれば期待した報告がないと責めているように思われる気がした。その為楓は、黙って年表の続きに目を通した。

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