②
村で鬱屈した生活を送っていたある時、私は久しぶりにエヴェリーナの近況を聞いた。
それは週に一度だけ許された隣の村への買い出しの日のことだった。
役所の前で村人の女性数人が興奮気味に何か話している。
耳を澄ますと、彼女たちは「公爵家のエヴェリーナ嬢が平民出身の執事と結婚するらしい」という話を興奮気味にしていた。
私はしばらくの間呆然としてしまった。
エヴェリーナが執事と? あのいつもそばについていた?
確かにエヴェリーナはあの執事を気に入っていたようだし、王宮でジャレッド様が執事を悪く言ったときも随分怒っていた。
しかしそうは言っても、公爵家のご令嬢と使用人なのだ。単なる暇つぶしの相手だとばかり思っていた。
私はエヴェリーナは高位貴族の誰かと結婚すると考えていた。
私が望んだ通りに落ちぶれることがなかった彼女には、きっといくつも良い縁談が舞い込んでくるに違いないと。
もしかすると、王宮でやけにエヴェリーナに肩入れしていたミリウス様とくっついて、再び次期王太子妃の座に収まるのではないかと戦々恐々としたくらいだ。
しかし、実際は使用人と結婚だなんて。しかも、平民出身の。
思わず笑い声が零れた。やっぱり一度醜聞に塗れた女は、多少名誉が回復したところで良い縁談なんて望めないのだ。
かわいそうなエヴェリーナ様。使用人にしか相手にしてもらえないなんて。気の毒な彼女の身の上を思うと、少しだけ溜飲が下がる気がした。
村に送られてさらに半年が経った。
ある時、私とジャレッド様は一日だけ王都に戻ることを許された。監視はつくものの、それ以外は自由に王都で過ごしていいらしい。国王陛下の温情だった。
久しぶりに新品の服を着て、懐かしい王都の地を踏みしめる。ジャレッド様は王都まで向かう馬車の中はずっと不機嫌そうに黙ったままで、王都につくとすぐさま「別行動にしよう」とどこかへ行ってしまった。
単に馬車が一つしかないから一緒に来ただけだ。私としてもジャレッド様となんて一緒にいたくはないので都合が良かった。
しばらく街を歩いていると、ふと前方の花屋に見覚えのある二つの人影を見つけた。並んで花を見ているのは、エヴェリーナと執事だった。
私は彼らから目が離せなくなる。
エヴェリーナは私が想像していたようなみじめな顔なんてしていなかった。むしろ心から幸せそうな顔で執事を見上げている。
風で花びらが舞って、エヴェリーナの髪に落ちる。執事はそっと花びらを払うと愛おしげに彼女の髪を撫でた。エヴェリーナは幸せそうに目を細めている。
なぜだろう。公爵家のご令嬢が使用人と結婚なんて、落ちぶれるのもいいとこなのに。胸がかき乱されて仕方ない。あんな顔は違う。あの女は不幸でいてくれないと。
そうじゃなきゃ困るのだ。幸せとはより力のある者に愛されることであり、上に上り詰めてみんなから崇められること。それ以外の幸せなんてあるはずがない。
ふと、幼い日に見た光景が頭に蘇る。
隣街で偶然見かけた華やかな貴族令嬢たち。私はなぜあの光景にあそこまで心をかき乱されたのだろう。
楽しげに笑う少女たち。手のかけられた服装。それを見守る大人たち。この世の全てから愛されたようなその姿は、私の胸をたちまち嫉妬で埋め尽くした。
私が本当に欲しかったのは、なんだったのだろう。王宮でちやほやされること? 王子様に気に入られること? 誰も持っていない特別な力を与えられること?
けれど、全てを手に入れたはずの王宮時代も私は別に幸せではなかった気がする。願いは叶ったはずなのに、心のどこかはいつも満たされなかった。
「私、何か間違えたの……?」
エヴェリーナと執事はこちらに気づくことはなく、楽しそうに笑いながら歩いていった。
私にはもうエヴェリーナの不幸を願う気持ちすら湧かず、黙って来た道を引き返すことしかできなかった。
終わり
全てを恨んで死んだ悪役令嬢は、巻き戻ったようなので今度は助けてくれた執事を幸せにするために生きることにします 水谷繭 @mutuki43
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