第81話


「お嬢様、ご友人からお手紙が届いていましたよ」


「まぁ、ありがとう。ちょうどよかった。あなたに話したいことがあったの」


 騒がしい日常の中でやっと時間を見つけ、部屋で一息ついていると、サイラスが手紙を持って部屋にやって来た。


 私は笑顔で彼に駆け寄る。サイラスは目を細めて首を傾げた。


「なんでしょうか? お嬢様」


「あのね、結婚の件だけど、なんとかお父様に認めさせられそうなの」


 そう報告したら、微笑んでいたサイラスは途端に慌て顔になる。


「お嬢様、そんなことをしてくださらなくていいと言ったではありませんか……!」


「でも、今はお父様も前向きに検討してくれてるのよ? 最初は結構反対されたけど、認めてくれないなら家を出て平民になるって言ったら、大分悩んでた。

最近はお前は跡取りでもないのだし、通常とは違う結婚をしてもいいかもしれないなんて言いだしてるの」


「お嬢様、いけません。そんなことを言って旦那様を困らせては」


 私はその後も何度も私は大丈夫だ、私もサイラスと結婚したいと言ってみたが、サイラスは戸惑い顔を見せるばかりでちっとも喜んでくれなかった。


 その顔を見ていたらなんだか寂しくなってくる。



「迷惑だったかしら」


「……え?」


「私、突っ走り過ぎちゃったかしら。サイラスも一緒に喜んでくれると思ったんだけど……」


 サイラスの戸惑い顔を見ていたら、自分が見当違いのことをしているのではないかと不安になってきた。


 サイラスは私に好きだと言ってくれたけれど、公爵令嬢と結婚する面倒を乗り越えてまで一緒になりたいとは思ってないのかもしれない。だとしたら、一人で浮かれていた私は馬鹿みたいだ。


 落ち込みそうになったところで、慌てて頭を振る。


 別にそれでも構わないじゃないか。


 今回の人生は私がどうしたいとかではなくて、サイラスのために使うと決めたのだ。


 サイラスが幸せになってくれるなら、どんな未来でも構わない。サイラスは私のことなんて気にせず、自由に生きていいのだ。


 悲しい気持ちを振り払うようになんとか笑顔を作る。

 

 すると、突然腕を引かれて抱き寄せられた。



「サイラス……?」


「すみません。お嬢様にそんな顔をさせるつもりはなかったんです」


 私をぎゅっと抱きしめたサイラスは、苦しげな声で言う。


「ただ、私の身勝手な願いでお嬢様の未来を狭めてしまうことが怖くて」


「そんなこと……」


「そう思ってもお嬢様に新しい縁談が来るたびに苦しくなりました。お嬢様を誰にも渡したくないと、身の程知らずにも思ってしまったんです」


 思わずえ? と顔を上げる。サイラスは断ろうとしているのではないのか。密着した彼の胸からは、早くなった心臓の音が聞こえてくる。


 サイラスは体を少し離して私の肩をつかむと、覚悟を決めたように言った。


「お嬢様、私と結婚してくれますか?」


 前に聞いたのと同じ言葉。けれど今度は、そこに試すような響きはなかった。サイラスはただ真剣に、真っ直ぐ私を見ている。


 私は迷わずうなずいた。


「ええ、もちろん! 喜んで!」


 そう答えたら、真剣な顔でこちらを見ていたサイラスの顔がふっと緩んだ。サイラスは柔らかな眼差しで私を見る。


「お嬢様……」


「サイラス、私が絶対に幸せにしてあげるからね!」


「ありがとうございま……、あの、普通逆ではありませんか……? 私がお嬢様を幸せにしたいです」


「そう? それなら私たちお互いを幸せにしましょう! よろしく頼むわね」


 そう言ったらサイラスがおかしそうに笑った。


「お任せください、お嬢様」


 なんだか胸がうずいて、自然に顔がにやけてしまう。


 ジャレッド王子との婚約が決まったときよりもずっと嬉しいのはどうしてかしら。



 その時初めて、私が本当に欲しかったのはこんな未来だったのだと気がついた。


 私の欲しかったものは、本当はすぐ隣にあったのだ。



終わり


─────────


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