第76話

「一体こんなところで何をしている。お前は兄上に王宮への出入りを禁止されているのではなかったか?」


「そのお兄様と、お兄様の婚約者様から呼び出しがあったのです。ほら、ちゃんと王宮の侍女に案内してもらっているでしょう? 忍び込んだわけではありませんから、ご心配なく」


 笑顔を作ってそう言うと、ミリウスが顔をしかめた。


 許可はあると言っているのに一体なんなのだ。こっちは暗殺未遂の冤罪をふっかけられて、ミリウスに構っている暇などないのに。


 サイラスは立ち去る気配のないミリウスを警戒するように見つめ、ぴたりと私の横に張りついている。

 緊迫した空気を感じ取ったのか、ミリウスはどこか慌てた様子で言った。


「別に非難したわけではない。兄上に呼ばれたのなら自由に行けばいい」


「ええ、そうさせていただくつもりです」


「ただ、その……」


 ミリウスは口ごもり、なかなか続きを言おうとしない。ジャレッド王子に呼び出された時間は迫っているというのに、どうしたものか。


「ミリウス様、お話しでしたら後でゆっくり聞かせてくださいませ。私どもはこれで」


「あ、エヴェリーナ……!」


 後ろでミリウスが呼んでいるのがわかったが、聞こえないふりで侍女に先へ行くよう促した。



「こちらでございます」


 途中でミリウスの邪魔が入ったが、無事時間通りに部屋まで着くことができた。


 侍女が扉を開けると、そこにはジャレッド王子とカミリアだけでなく大勢の人たちが集まっていた。


 王子が断罪劇の観客にするために呼んだのだろうかと、どこか冷静な頭で考える。


「来たな、悪女エヴェリーナ」


 ジャレッド王子は私に目を留めると、冷たい声で言う。人々がさっと道を空けたので、私はゆっくりと彼の元へ進んでいった。


「お待たせして申し訳ございません。仰せの通り参上いたしました」


 笑みを浮かべて言うが、ジャレッド王子の表情は冷ややかなままだ。彼の腕にはいつものようにカミリアが絡みついて、不安げに目を潤ませている。


 ふと、王子たちを囲む群衆の中に、よく目立つプラチナブロンドの髪の男がいるのが目に入った。ルディ様だ。


 人々が困惑と緊張の表情を浮かべながらこちらを見守る中で、ルディ様だけは穏やかな表情を浮かべてこちらを見ている。その姿はなんとも不気味だった。



「カミリアを暗殺しかけておいて、笑みを浮かべてやってくるなど図々しいものだな」


 意識が散漫になった私を現実に引き戻すかのように、ジャレッド王子が蔑みの表情を浮かべて言う。


「その件ですが、殿下は誤解されていると思うのです。私はカミリア様を暗殺しようなどと考えておりません」


「現行犯で捕まった犯人がお前に頼まれたと証言したのだぞ。どう説明をつける」


「それは私にも何がなんだか……。けれど、犯人の言葉が本当だと言う証拠もないでしょう?」


 眉根を寄せてそう言うと、ジャレッド王子の顔はたちまち怒りに歪んだ。


 正直に言っただけなのに。ジャレッド王子といいミリウスといい、この兄弟はなぜ些細な一言で激昂するのだろう。


 こちらとしては怒らせるつもりはないのに、困ってしまう。


「小賢しい! 犯人がはっきりそう証言している以上、何の疑いの余地がある。

それにお前には動機があるだろう。お前は分不相応に私の愛を求め、カミリアに嫉妬したんだな。それで暗殺にまで手を出すなど、恐ろしい女だ」


 ジャレッド王子は汚らわしいものでも見るかのような顔で言った。

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