第62話


 そもそも不当に婚約破棄された件が問題だったとか、ルディ様に誘導されたのだとか、そんな主張をして世間にわかってもらう必要などなかった。


 お嬢様が罪を犯していないということになりさえすれば、真実などどうでもいいのだ。


 心臓が痛いほど早く鳴る。


 高揚と興奮と恐怖とが混ざり合った感情が体を巡る。


 頭の中で、どんどん計画が形作られていった。


 カミリア暗殺実行犯の男は、捕まったときナイフを持っていなかった。ルディ様が言うには、動揺して川に捨てたのだと言う。捨てられたナイフはまだ見つかっていないはずだ。


 それならそのナイフを見つければ……。


 いや、王家も協力して日夜捜索しても見つからなかったのだから、簡単には見つからないだろう。それよりも、証拠と偽造できるものがあればいいのだ。



 以前、お嬢様がリーシュの神殿で行われた聖女の儀式の話をしていた。


 儀式でカミリアは腕に傷をつけ、流れた血を瓶に入れて保管したのだそうだ。その血を使うことはできないだろうか。


 神殿の内部には関係者以外入れないが、お嬢様はその鍵の複製を持っていたはずだ。


 以前、お嬢様が見慣れない銀色の鍵を持っているのを見かけ、尋ねると「これでカミリアに文句を言ってやるの」なんて言うので、慌てて止めたことがある。


 すぐに処分するよう勧めたが、お嬢様は目に涙を溜めて嫌がるので、それなら決して使わずに隠しておくよう言い聞かせた。あの様子ならきっと処分せずにそのまま残っていると思う。


 保管してある場所は予想がつく。あのアメル公爵家の人間が一人ひとつ持つという金庫だ。


 幼い頃にお嬢様が私の作った押し花を入れてくれた場所。あの金庫を開ければ……。



 自分でも不思議なほどに必要なことが浮かんできた。


 私はアメル公爵家に戻ると、急いでお嬢様の部屋まで向かう。


 金庫の鍵の番号あの時から変わっていなかった。開いた扉の中にいくつかの書類に混じって私が作ったしおりが入っているのを見て、胸が締め付けられる。


 金庫の一番奥に鈍い銀色をした鍵が見えた。本物の色は金色らしいが、複製する際色が変わったらしい。そっと鍵を取り出し、金庫の戸を閉める。


 無事にカミリアの血を入手できるだろうか。暗殺未遂の際についた血だと偽装できるだろうか。


 不確定なことだらけだったが、もう私にはそれしか思いつかなかった。



 この数ヶ月でカミリアやカミリアの働く神殿についてのことは随分調べたので、警備が薄くなる時間帯はわかっている。


 深夜よりも早朝下働きの者たちがやって来始める頃のほうが、人がいる安心からか警備は薄いのだ。


 私は元修道士に多額の料金を払って譲ってもらった修道服を着て、こっそり神殿に忍び込む。


 リーシュの神殿で働く者の数は多い。そのため、見覚えのない者が歩いていてもそれほど目立つ心配はない。



 石畳の回廊を抜け、神殿の奥に進む。


 この先には二階につながる階段がある。二階は神殿関係者のみが立ち入りを許された場所だ。


 私は周りに人がいないのを確認してから、ばくばく言う心臓を押さえつけて階段を上がった。

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