第59話
一体何を言っているのだろう。
純粋で心優しいお嬢様が、そんなことをするはずがないではないか。
見張りがいるからそう言わざるを得ないのか、それとも自暴自棄になっているのか。
「私のこと信じてくれていたのね。でも、ごめんなさい。私、あなたが思っているよりずっとあさましい人間なの」
お嬢様は自嘲気味な笑みを浮かべて言う。幼い頃からよく知っているはずの彼女が、別人に見えた。
「お嬢様」
「そういうわけだから、同情して何回も面会に来てくれなくて結構よ。どんな判決が出ようと覚悟はできているから」
お嬢様は平然とした態度で言う。私は彼女の言葉がなかなか飲み込めない。
「本当に、そんなことをしたのですか?」
「ええ。だって腹立たしいじゃない。がっかりした?」
私は考えがまとまらないまま、なんとか首を横に振る。
面会時間が終わるまでまだ時間は残っていたが、動揺でとてもその場に留まってはおれず、少し早めに面会室を後にした。
屋敷に戻り、使用人寮に与えられた自室で考え込む。
お嬢様が本当に暗殺者に依頼しただなんて、一度も考えたことがなかった。
お嬢様が言ったように彼女をあさましいなんて思わない。それだけ追い詰められていたということなのだろう。
そもそも先にお嬢様を陥れたのはカミリアたちだ。盲目が過ぎると言われても、私にはお嬢様を責める気にはなれない。
それでもお嬢様の言葉は私の心を重くさせた。
彼女の暗い面を知ってしまったからではない。単に、本当は無実なのだからどこかでやっていないという証拠が見つかるはずだという希望が断たれたことに絶望したのだ。
クレスウェル公爵家のルディ様には何度も面会を申し込んでいるが、なかなか了承は得られない。
それでも何度も手紙を出したり、直接屋敷を訪れたりして頼み込んでいる。
しかしその行動も全て無駄なのかもしれない。
八方塞がりに陥っている最中、お嬢様への判決が下された。
判決は死罪。聖女であり王太子の婚約者である尊い女性を暗殺しようとした罪は重いとして、死をもって償うようにと言い渡された。
時間は刻一刻と進んでいく。
何とかしてお嬢様をあの冷たい牢屋から出してあげたいのに、私には何もできない。
こうしている間にも、処刑のときが近づいているのだと思うと、焦りが体中を巡る。
せめて婚約破棄のときにカミリアへ嫌がらせをしたという点だけでも否定できないかと、信徒のふりをして神殿を訪れたり、カミリアの取り巻きの権力者たちの情報を集めたりした。
しかし有益な情報は得られなかった。
そんな中、今まで全く返事をもらえなかったクレスウェル公爵家のルディ様から返事の手紙が届いた。急いで中を見ると、短時間で構わないのなら面会に応じてくれるという。
藁にも縋る思いでぜひ面会して欲しいと返事を書き、指定された日にクレスウェル公爵家まで向かった。
***
クレスウェル邸を訪ねると、そこの使用人はわざわざ私をルディ様の私室まで通してくれた。
中を覗き込むと、プラチナブロンドの長めの髪を横で結わえた身なりのいい男性がソファに座っている。ルディ様だ。
「やぁ、君がサイラスだね。何度も手紙をもらっていたのになかなか返事を出せなくて悪かった」
「いいえ、お忙しい中何度も手紙をお出しして申し訳ありません。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「構わないよ。どうぞかけて。エヴェリーナさんのことで話があるんだよね? 僕にとっても彼女は大事な友人だから」
ルディ様は人好きのする笑みを浮かべて言う。
私は促されるままソファに腰掛けると、お嬢様が置かれている現状について話した。
現在牢屋に入れられ、処刑の時を待っている状況であること。もとはカミリアがお嬢様に嫌がらせされたとありもしない嘘を並べ、ジャレッド王子に不当に婚約破棄されたことが始まりだったこと。
最後に、もしお嬢様が暗殺者に依頼した件で何か知っていることがあれば、小さなことでもいいので教えて欲しいと頼んだ。
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