第18話

 投獄から数ヶ月が経っても、サイラスは面会に来るのをやめなかった。


「お嬢様、お元気でしたか? 暮らしに問題はないでしょうか」


「特に問題はないわ。快適な生活とは言えないけれど、どうせ長くてもあと数ヶ月の辛抱だし」


 淡々とそう言えば、サイラスは表情を曇らせる。数ヶ月すれば釈放してもらえるわけではない。刑は既に決まっている。


 一ヶ月ほど前、私への判決が言い渡された。判決は死罪。死をもって聖女を殺めようとした罪を償えということだった。


 私はもうここから出られない。牢屋を出られるのは、処刑されるその日なのだ。



「お嬢様は処刑されるようなことはしていません。そもそも、あちらが最初にお嬢様に無実の罪を着せたのではないですか」


 サイラスは悲痛な声で言う。後ろで見張っている兵士が、こちらをじろりと睨むのが見えた。


「国の大事な聖女の暗殺未遂なんて、処刑されても仕方ない罪だわ」


「暗殺未遂と言ったって……! カミリア様はただ腕を怪我しただけではないですか。命をもって償わなければならないほどの罪だとは思えません」


 サイラスは真剣な顔で言う。結果的に腕に軽傷で済んだだけで、結構な罪だと思うけれど。私を思いやってそう言ってくれているのだろう。


「いいのよ、もう判決を受け入れているから」


「しかし……」


「ただ牢屋の中にいると時々青空が恋しくなるのよね。外にいるときは何とも思ってなかったのに。もう見られないと思うと、やけに明るい空が見たくなるの」


 思わず溜め込んでいた本音が漏れる。


 牢屋の中は暗くて、狭くて、長く過ごすほど外の世界が恋しくなった。もう出られないとわかっているから余計にそう感じる。それを聞いたサイラスの顔がいっそう悲しげに歪む。


 こういうことはあまり言わない方がよかったのかもしれない。


 少しでも惨めにならないように感情を押し殺してきたのに。幼い頃からそばにいたサイラスが目の前にいるからか、つい気が緩んでしまった。


「……冗談よ」


 そう言ってもサイラスが表情を和らげることはない。


 黙り込んでしまった後に消え入りそうな声で、「また来ますね」と言って去って行った。これから先死ぬだけの人間に会いにくることなんてないのに。



 翌週になるとサイラスはまたやって来た。前回の別れ際と違い、その顔はどこか晴れやかに見える。


「……また来たの? 何も毎週来なくてもいいのに」


 本当は来るのをやめて欲しくはないのに、つい素っ気なく言ってしまう。散々見捨てられ裏切られてきた私は、すっかり人を信用するのが下手になっていた。


 それなのにサイラスは優しい顔でこちらを見る。


「すみません。お嬢様にお話ししたいことがたくさんあるので、週に一度では足りないくらいなんです。今日は特に聞いて欲しい話があって」


「そう? それなら聞いてあげてもいいけど」


 サイラスは私の言葉にうなずくと、後ろにいる見張りを横目で見遣る。


 それからそっとこちらに顔を近づけた。仕切りがあるので距離があるが、ぎりぎりまで近づくと、彼は小声で言った。


「お嬢様、ルディ・クレスウェルのことですが」


「え?」


 突然出て来た名前に驚く。なぜ今ルディ様の名前が出てくるのだろう。


「彼には気をつけてください。あの方がまた接触しようとしてきても、もう決して会ってはいけませんよ。それから──……」


「おい、会話はこちらに聞こえるように話せ」


 後ろから見張りの声が飛んでくる。サイラスはそちらを向いて謝ると、再び私のほうを見て言った。


「わかりましたか?」


「え、ええ……」


 どうしてサイラスがそれを、そう聞きたいが、見張りに監視されているので躊躇われる。



「お嬢様、前にまた青空が見たいと言いましたね」


「言ったけれど……」


「きっと見れますよ。楽しみにしていてください」


 サイラスはそう言うと、柔らかく笑った。


「そんなはずないじゃない。気休めはやめてよ」


「気休めではないのですが……。その日が来るまで待っていてください」


 私が抗議すると、サイラスは困ったような顔でそう言った。


 私は処刑が決まっているのだ。そんな日が来るはずないではないか。不満げにサイラスを見るが、サイラスはただ笑うだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る