悪夢
深海の底
本編
奇妙な夢を見た。
繰り返し–その回数は何の根拠もないのに、千回だと確信しているのだが–転生するという夢。
生まれる国は様々で、時代も前後し、次があるという確信もない状態で一つの人生を送っていく。まるでドラマのダイジェスト版のように各人生のハイライトが映っては、次々と切り替わっていく。前世の記憶は蓄積され、陰気な精神は受け継がれていき、無気力・無感動な姿勢で淡々と人生をこなしていくという罰ゲームのような夢。
数ある人生の中で一番記憶に残っているのは、急激な経済発展と格差の拡大が進む国で、孤独な少女として生きた人生。無秩序に発達した都市部の公衆衛生は劣悪で、私はその中でもスラムに分類される地域で生きていた。もくもくと立ち昇る排気ガスと、高さのバラバラな平屋。そして、遠くに見える超高層ビル群。凹凸だらけのあの街は、遠い未来の都市だったのか、それとも既にない、過去のものか。
その人生では、物心ついた頃には両親はおらず、家族と呼べるのは同じ年頃・境遇の少女Sだけであった。私たち二人は身を寄せ合って生きていた。Sは笑顔の可愛い子で、その汚れきった街にはそぐわない年相応の幼さと純粋さを持っていた。彼女の笑顔と見事なすきっ歯を見る度に、この子を守られば、という使命感に沸き立った。結局、彼女を守れたのかは自信がない。寒空の中、ほっぺたを真っ赤にして笑う彼女を眺めたところで、次の人生に移行してしまったから。
次の人生は中華圏の国で、私は何らかの思想を記した旗を掲げ、広場の中を行進していた。歳は十にも満たなかったが、その時代より先の人生を一度送っていたせいで、この思想運動、革命が悲劇的な結末に終わるのを知っていた。醒めた視点で、しかし、逆らえない時代の圧力に押されながら、集団の中を行進する。隣りにちらりと目をやると、自分よりいくらか幼い少女がへらりと笑って見せた。私はその笑顔を見て、ぴんと来た。
Sだ、と。人生を繰り返していたのは、私だけではなかったのだ。
その人生の後も、何度も転生を繰り返した。その転生先の人生にSがいることもしばしばあって、家族や友人として親しく付き合うこともあったし、何だか一緒にいることに飽きてしまったり、嫌気が差して没交流になった人生もあった。しかし、一緒の時代に生きる時は概して親しく交際していた。結局のところ、人生を繰り返していたのは私たちだけだったし、お互い以上に理解しあえる存在はいなかったのだから。
生まれ変わる度に見た目も話す言語も変わったが、変わらないこともあった。私もSも何故か毎回女として生を受けた。しかし、何百回も女として生きていると、飽きてきたり、違和感を感じることもあって、何度か男性として生きたこともある。幸せだと感じる人生もあったし、どうしようもなく絶望し、死だけが救いのように思えたこともあった。仕事に生きた人生もあれば、大人になる前に結婚し、家庭に入った人生もあった。善人として生きたことも、悪人として生きたことも。
そんな途方もない悪夢から目を覚ました時、私は夢の陰鬱さに震え上がった。冷や汗が背中を伝い、手足の先が震え、心と体を落ち着かせようとシャワーを浴びた。この悪夢の奇妙な説得力のせいで、熱い湯に当たっても身体の芯は冷たいままだった。
人恋しくなって、浴室から出るなりスマホを手にする。こんな時、頼りになるのは彼女だけ。
コール音が二回なり、「どうしたの?」という聞き慣れた声が響く。
「もしもし、さっちゃん?あのね、悪夢を見て…」
<終>
悪夢 深海の底 @shinkai-no-soko
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