第37話

 城内が騒がしい……。


「お釈迦さま。遂に出家なされたのですね」


 さて、教えると言っても一体僕に何を教えられると言うのだろうか。自然な感じで振る舞えばいいとは思うのだが、コミュ症な僕に本当にお釈迦さま相手に会話が成り立つのだろうか……。


 いや、相手はお釈迦さまだ。一番親しい間柄なのだから大丈夫……なはずだ。


 ……お釈迦さまがこちらに歩いて来ている。


 ……。


「王子さま、お待ちしておりました。これからは私があなた様をお導きします。どうか安心して旅をしてくださいませ」


 ……これが釈迦如来か。意外と普通のお顔をしている。いや、悟る前というのははみんなこんな感じなのかも知れない。だけれど、どこか凛々しいお顔立ちをしている気もする……。


「ああ、あなたが私のことをこれから案内してくださるのか。私のことはシッダールタでいい、これからの旅を一緒にしてくださるとはありがたい。どうか、色々と教授して欲しい……」


 ……僕は胸が何やら熱くなるのを堪えるのにやっとだったのだが、どこか妙な安心感が僕を包んだ。涙が一滴だけ出てしまったことは内緒なのだ……。これは心の涙なのだ……。


「いえいえ、こちらこそ。お釈迦さま……ではなかったです。はい、シッダールタ様……。それではこの旅を終えたら苦行の日々になりますが私に付いて来れますか?」


 するとシッダールタ王子はこう微笑み返してきた。


「シッダールタでいい、友よ。これからどうぞよろしく頼む」


 うう……なんてできた御方だ。


「わかりました、シッダールタ。それでは案内します」


 ……。


 はああ、緊張した……。しかし、なんで僕は当時の言葉のパーリ語?サンスクリット語?を話せているのだろうか……?これは夢の中だからか……?観音様の不思議な法力で話せているのだとしたら納得がいくが……。ここは気にしない方向でいくしかない……。


「それでは今日は、苦行林についてお話しします。修行の内容は自由ですが、主に心と体を鍛えるのが目的になります。それでは仲間の元へと向かいます」


 ……ええと、観音様から教えられた苦行をする場所は確かこっちの方角に……。ああ、緊張する。それに残り仲間の二人というのはどういうメンバーなのだろうか。これでは息が続かないよ……。ほんと、どうしようか……。


「……しかし、不思議なことに。あなたと私はよく似ている気がする。どこかで会ったことがあるだろうか? 奇なることもあるものです」


「そ、そうですか? 特に会ったこともないような気がしますけど……はは、不思議なこともあるものですね」


 そして、僕とお釈迦さまは、しばらく歩いていた……。


 軽く目眩がした様な……そして気がつくと何故か苦行林が見えてきたのだ。


「……あれ? 苦行林がもう見えて来ましたね。こんなに近いものだったかな……?」


「何を言っているのだ、ミロクよ。私とあなたはもう随分と旅をして来たではないか。こんなに仲良くなったというのに……奇なことを話すのだな」


 ??


 ……どういうことだ?あれ?腕時計の針が少し動いている気がする。これは一体……。


「そ、それでは明日から苦行を開始します。宜しいですね?」


「ああ、よろしく頼む。しかし相変わらずシャイな奴だな。そろそろ、慣れてもいい頃合いだと思うぞ……」


 そうか……タイムリープをしたんだ。ああ、やっと苦行林に着いたらしい。これからはお釈迦さまと知らない人たちとで苦行か……。僕にそんな修行が耐えられる訳がないじゃないか。ああ、もう限界だ。逃げ出してしまおうか。


 すると、知らない二人が僕とお釈迦さまを出迎えてくれた。


 ……。


「あの……。あなたは観音様ですよね?」


 するとつけ髭を生やした男装したであろう人物はこう言い放った。


「さあ? 何のことですか? ミロク。それでは修行を開始しますよ。シッダールタ。あなたも覚悟しておいてくださいね」


「そうだぞ、ミロク! 俺たちの厳しい修行に、付いて来いよな!」


 ……ああ。


 何故か涙が出てきてしまった。

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