第20話

「ほう……」


 景虎が真っすぐな眼で僕の方を見てくる。


「すると、そなたはまさしく弥勒仏ではないか」


「はい、そのようですね……」


 僕は言い訳しようとすると逆に失敗する身の危険を感じ、あえて認める事にした。恐ろしい眼で見てくる。これが軍神……毘沙門天の化身か。


「何か……」


「何か、それを証明するものはあるのか?」


 一試案したが、パッとは何も思いつかなかった。この軍神に何を語ればいいのだろう……そうして僕はこの後の歴史起こる事を話そうと決意した。


「六道輪廻というものをご存じでしょうか」


「うむ、知っておる」


「天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つの世界を指します。六道という道です。その迷いの世界で人間は無限に生まれ変わり、繰り返すという意味です。お釈迦様がお生まれになった時に、七歩歩いて、この迷いの世界から解脱すると誓った事はご存じですね」


「この世界を弥陀の世にするといった意味です。ですが今の戦国時代は修羅の世界に当たると考えています。僕の使命はそれを人道の世界に戻す事です。それを直接、観音様から承りました」


「ああ、この世は狂っておる……わしもそなたと似た様な事があった。毘沙門天から啓示を受け、この世を人の世に戻して欲しいとな……」


「南無阿弥陀仏と念仏を唱える事を繰り返せば人は変わるはずです」


「僕はその事を教え広めたいのです……そして僕はこの世を弥陀の世に変えたい……観音様は乱世を治めるというよりはこの世界で蓮華に咲くはずの人を守りたいと考えておられます、だから、戦さはしたくないと考えておられるはずでございます」


「そして、この後の世について簡潔に話します。尾張の織田家、織田信長という大名が天下の惜しいところまで迫ります。すると家臣の裏切りに会い、後一歩の所で天下を逃します、その後、家臣の家老である羽柴秀吉という男がその仇打ちに成功し、天下を掌握します。ただ……」


「ふむ、遠慮せずに言ってみよ」


「その後、天下を握るのは徳川家康という大名です。今は天文23年なので今はまだ子供です。今から五十年後程に天下分け目の関ケ原という戦いが起き、東軍、西軍と別れ、羽柴秀吉、名を改め、豊臣秀吉の意思を継いだ大名が敗れて、彼には跡継ぎとなる子供が居りませんでしたのでここで歴史舞台から名が消えてしまいます」


「そして徳川家康が天下人となり江戸に幕府を開き、徳川幕府を開きます。この幕府は十五代続く事となります」


 ……。


「……なるほどな」


「すると、私はその信長という男が亡くなるまでに涅槃に入ってしまうのか?」


 僕は気まずそうに口を動かす。景虎はそれを促すように


「よい、言うてみよ」


「亡くなります。そして跡継ぎがいない上杉家は滅亡してしまいます」


 ……。


「よく言った!」


「えっ!?」


「わしとてこの乱世を生き残ろうなどとは思っておらん、この乱世を纏められるとも思っておらん。わしの本分は仏法。そして、この修羅の世が仏法の世になる事よ。それができるならわしは戦さを辞め、生きる道を変えようと思う。弥勒……わしに臆せずよく申してくれた」


「うむ、出家をする!」


 ……。


 そうして、長尾景虎は上杉謙信と戒名し、弥勒と共に春日山城を宗泉城と名を改め、仏教の布教にその目的を変えるのであった。それはこの戦国の乱世で中立を誓う異例の内容であった。その日、家臣団へと発表された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る