初恋の幼馴染と手を繋ぎたい新米魔導士の苦難

アソビのココロ

第1話

 ボクはマイカのことがずっと好きだった。

 マイカもそのことは知ってるはずだったのに。

 いつになったら手を繋ぐことができるんだろうか?


          ◇


「今年の洗礼式で神の恩寵を得たのは、マイカとシシンの二人か」

「二人も恩寵を得るってすごくねえ?」


 ボク達は七歳で洗礼式を迎えた。

 七歳までの幼年者は神様のものって言われているのだ。

 洗礼式を迎えると人間の子供として扱われる。


 洗礼式では稀に神様から恩寵を授かることがある。

 神様に愛されていた子が人間になる時にもらえると言われる、特別な才能のことだ。

 でも信心深い子がいただけるというわけでもないみたい。


 ボクは『魔道』の、マイカは『探求』の恩寵を授かった。

 『魔道』はわかる、魔法の才能があるってことだ。

 『探求』って何だろうな?

 ボクにはよくわからなかった。


「シシン」

「あっ、村長様!」

「よかったな、シシン。『魔道』の恩寵を賜ったものは、王都の魔術学校にタダで入学できることになっているのだぞ」

「そうなのですね?」


 何となくずっとこの村で暮らしていくものと思っていた。

 急に違った道を示されて戸惑った。


「シシン」

「あっ、マイカか」

「おめでとう。勉強家のシシンらしい恩寵だね」


 心底嬉しそうなマイカ。

 ボクのために喜んでくれるのか。


「マイカだって恩寵をもらったじゃないか」

「うーん、そうなんだけどね。村長様や司祭様にもどんな恩寵なのかわかんないんだって」

「そうなの?」

「うん。だから気に入ってるんだ」

「えっ?」


 ちょっと何言ってるかわからない。


「誰にもわからないって、面白いじゃない」


 ニコニコしているマイカ。

 何にでも興味を示すマイカらしいなあ。

 ボクはそんなマイカに惹かれていたんだ。


「村長様。ボクが王都の魔術学校に通うのはいつからですか?」

「通常は一三歳になる年齢からじゃな」

「ねえ、マイカもついて来てくれないかなあ?」

「えっ?」


 目を瞬くマイカ。


「一人だと心細くて」

「ふむ、『魔道』の恩寵持ちに支給される奨学金ならば、二人くらい暮らせるはずじゃぞ」

「そうなのですか? ねえ、マイカ。一緒に来てよ」

「マイカも恩寵持ちじゃ。探し求めるものが王都にあるかもしれんぞ?」

「そうなの? じゃあ私も王都に行こうかな」

「やった! マイカ大好き!」


 あっ? 思わず声に出しちゃった。

 周りの皆がヒューヒュー囃すから恥ずかしい。

 マイカも困ったように頬をポリポリ掻いてる。


「私もシシンが好きだよ。必ずシシンの力になる」


 すごい盛り上がりと普段見せないマイカの照れた顔が印象的だった。

 それなのに……。


          ◇


 ――――――――――洗礼式から五年後。


 もうギリギリだった。

 ボクは王都に発たねばならない。

 しかし一月ほど前からマイカの姿が見えないのだ。

 一緒に王都に行くって約束したのに。

 一体どうしたんだろう?


「いつもみたいにふいっと出て行ったんだよ。木の実でも取りに行ったんだろうと思ったら戻ってこなくて」


 マイカのお母さんも心配していた。


「でもあの子のことだから。きっとどこかで元気にしてるよ」


 ボクもそう思う。

 クマにやられたんじゃないかとか、人さらいに遭ったんじゃないかって言う人もいる。

 でもマイカに限ってそんなことはあるもんか。

 熱心に剣術の練習もしてたし、絶対ひょっこり帰ってくるに決まってる。

 だけど……。


 村長様が言う。


「シシンよ。もう待てぬ。王都へ行きなさい」

「でもマイカが……」

「マイカが戻れば追いかけさせる。だから早く」

「は、はい」


 馬車に乗り込む。


「シシン、頑張れよ!」

「お前なら立派な魔導士になれるさ!」


 そうだ。

 ボクは村の皆の期待を背負っている。

 こんなところで立ち止まっていてはいけない。

 でもマイカ、君はどうしちゃったんだ。


          ◇


 ――――――――――さらに三年後。


 今日は王都の魔術学校で学んだ三年間の成果を見せる日だ。

 王都近郊のダンジョンでの実地訓練を行う。

 魔物もいるというから不安ではある。


「おい、田舎者」

「何だい?」


 入学するまで知らなかったけど、魔術学校の生徒は貴族がほとんどだ。

 平民でも由緒ある名家とか富豪の子ばかり。

 貧乏平民・地方出身・特待生のトリプルコンボは、メチャクチャ悪目立ちするものだった。

 今もってボクは色眼鏡で見られている。

 『魔道』の恩寵のおかげで今までの講義は難なくこなせてはいるが、やりにくいことこの上ない。


「お前、一人でダンジョンに入るつもりかよ?」

「魔物を舐めるのは感心しないな」

「御忠告ありがとう」


 今日の実習はダンジョンに入り、どこかにいる教諭に札を渡し、無事脱出できれば合格だ。

 しかしボクとパーティーを組んでくれるクラスメイトはいなかった。

 ボクには従者もいないし、冒険者を雇うしかないか。


「目ぼしい冒険者は既に誰かに囲われてるぜ」

「ギブアップした方がいいんじゃねえの?」

「残ってるのはえらい高額な凄腕だけだ」

「金のないお前にはムリだと思うよ」


 笑わば笑え。

 ボクはこんなところで諦めるわけにはいかない。

 ダンジョン実習さえクリアすれば、最終学年の来年は論文だけだ。

 卒業は決まったようなもの。


 今日のためにいくつかポーションだって作ってきた。

 これで何とか……。


「おっと、すまんね」

「あっ?」


 突き飛ばされてポーションのビンを落とし、皆割れてしまった。


「何をするんだ!」

「謝ってるだろうが。今持ち合わせがないから、学校に帰ったら弁償するよ。それまで君が生きていたらな」


 ポーションなし、独力でダンジョンを踏破できるか?

 よほど運が良くなければ万事休すだ。

 留年したら特待生を解除されてしまう。

 高額な授業料をボクが払えるわけもない。

 退学が目の前をチラつく。


「シシン」

「え?」


 懐かしい声が聞こえた気がした。

 まさか……。


「マイカじゃないか!」


 ニコニコしているマイカ。

 ああ、その笑顔は変わらないな。


「どうしてここに?」

「話せば長いことなんだけど」


 三年前ボクに先だって王都に来ていたそうだ。

 何で? わけがわからない。


「一緒に王都に来ようって言ったじゃないか!」

「……一緒にと約束した覚えはないかな」

「そうだったかな?」

「そうだよ」


 ボクの思い違いだったか。


「どうして魔術学校を訪ねてくれなかったんだ! 心配したんだぞ!」

「ごめん。でも私は必ずシシンの力になると約束したから」


 そう言えばそんなことを言っていた。


「王都で遊んでいては、シシンにためになることはできなかったよ」

「そんなことはない」


 マイカがいるだけで嬉しかったのに。


「私は冒険者になったんだ」

「ガハハ、マイカはメチャクチャ筋がいいんだ。若手じゃナンバーワンだぜ」


 誰かに雇われている冒険者が太鼓判を押してくれる。

 そんなにマイカはすごいの?


「マイカはほとんど毎日ダンジョンに潜ってるだろ?」

「そうだね。シシンがピンチになるとしたらダンジョン実習だと思ったから」

「な、何で……」

「私の恩寵がね」


 マイカの『探求』は調査全般に効果のある恩寵らしい。

 それで魔術学校のカリキュラムを調べたのか。


「幸い冒険者にも向いてる恩寵でさ」

「ガハハ、駆け出しの頃から抜け目なかったぜ。ボウズ、あんたはツイてる。マイカに惚れられるなんてな」

「もう、バカッ!」


 どんどん勇気が湧いてくる。

 嬉しい。

 やっぱりボクにはマイカが必要なんだ。


「今日は私がシシンをリードするから、大船に乗った気持ちでいてね」

「わかった」

「どれだけの時間で戻ってこれるかと、いくつレベルが上がったかで成績が決まるんでしょ? パワーレベリングは得意だよ」


 よく調べてるなあ。

 何だか申し訳ない。


「わ、悪いね。ボクお金ないんだけど」

「わかってるってば。気にしない。私は結構稼いでるからね。大事なシシンのためだから」


 大事なシシンだって。

 涙が出てくる。

 さっきの冒険者が言う。


「去年マイカは必死だったんだぜ? ひょっとして飛び級で一年早くダンジョン実習があるかもしれないからって」

「それはさすがに買い被り過ぎだよ」

「一年余裕があったから、このダンジョンのことは調べ尽くしたよ。誰よりも詳しいと思う」


 思わず苦笑する。

 魔術学校で飛び級する者なんて、才能と環境に恵まれた者だけだ。

 数年に一人出るか出ないか。

 でもマイカはボクをそんなに買ってくれてたんだな。

 引率の教諭から声がかかる。


「次、シシンのパーティー。ダンジョンに入れ」

「軽くクリアしてこようか」

「頼もしいなあ」


          ◇


「魔法剣士は強いよ」

「そうなの? 魔術学校では魔法なり剣士なりに特化した方が強いって言われてるんだけど」

「魔王を倒したような伝説的な人達がたまたまそうだった、っていう話でしょ? 冒険者界隈では、やれることが多い方が生存率高いって言うね」


 生存率か。

 その通りかもしれない。


「ケイブウルフだ。群れで出ることが多いんだけど、一体だけだね。やっ!」


 見たことないような鋭い踏み込み!

 もうケイブウルフは瀕死だ。


「とどめ刺して経験値を得てね」

「ありがとう」


 遠慮してる場合じゃない。

 レベルが上がらなければ足を引っ張るのはボクなのだ。

 マジックポイント温存のために魔法は使わない。

 借りたショートソードで切りつける。


「お見事」

「からかわないでよ」


 残された魔石を拾って奥へ。


「魔道士ったっていろんなタイプがあると思うけど。シシンはどんな魔道士になりたいの?」

「ボクは……」


 宮廷魔道士は貴族閥だからムリだ。

 マイカに再会するまでは治療院か民間の魔法薬屋に就職しようと思ってた。

 それでは送り出してくれた村に恩返しできないことはわかってたけど。


「マイカはどうするの?」


 そうだ、ボクはマイカと一緒にいたいんだ。

 マイカとともにある魔道士になる。

 マイカがニコッとする。


「私は修行したら村に帰るよ。シシンが卒業するまで一年あるでしょ? フィールドの魔物や野獣との戦い方を覚えようと思ってるんだ」

「わかった。ボクも村に帰る。そのために必要な技能を磨いておくよ」


 卒業論文はもう目処が立っているから楽勝だ。

 村に帰るなら魔法薬のレシピを増やしておこう。

 それから魔物と戦えるために剣術を。

 マイカ推しの魔法剣士を目指そう。


「マタンゴだ。胞子が厄介だから、私が一撃入れたら火魔法で燃やしてくれる?」

「了解だ」


          ◇


 魔物実地訓練の成績は、マイカのおかげでダントツだった。

 それが決め手になったか、一年後には首席で卒業することができた。

 村に帰るって言ったら先生方には惜しまれたけど、田舎者に宮廷魔道士はムリですよ。


「シシン!」


 卒業式の日、マイカが魔術学校の正門で待っててくれていた。

 一ヶ月くらいかけて、歩いてのんびり村まで帰るつもりだ。


「シシンちょっと逞しくなった?」

「一年間剣術道場に通ってたんだ」

「やるね。荷物は?」

「もう村宛てに送ったんだ。器材とか本とか結構な量だから」

「あっ、そうだったか。どうする? 今から王都を出れば次の集落まで行けるけど、明日でもいいよ?」


 ボクは首を振る。

 図書館や剣術道場、時々サービスしてくれた食堂なんかに未練がないわけじゃないけど、ボク達の未来に関係はないだろうから。


「行こう」

「うん」


 どちらからともなく手を繋ぐ。

 考えてみればこうしてマイカと手を繋ぐって初めてじゃないかな。

 笑顔のマイカと目が合う。


「ふふっ、嬉しいな」

「ボクも」


 手を繋いでマイカと同じ方向に歩む。

 ただそれだけのことで心が温かいんだ。

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