"指輪の君"

到着

朝の内に、宿舎の後片付けを終えた商隊の面々は、けが人を宿舎に残し、数時間遅れでオウクへと出発した。



残り半日の道程は、出発が遅れた事もあり、昼までに着くスケジュールには狂いが出たが、目立った支障も無く終わり、ソウタたちはヨクセ商会オウク支店に到着した。



「――みんな、ご苦労だったな」


トウベイは、店の奥にある居間に、ソウタを始めとする護衛衆を集めた。



「みんなのおかげで、とりあえずの仕事を終えられた……感謝してる。


本来の予定じゃあ、明日からテンラク様に向う予定だったが、品不足だから、全部の荷をココで解くコトになっちまった。


雇っておいて悪ぃが、護衛を頼むのは、ここまでとさせて貰う……」


トウベイからの突然の発表に、皆から動揺の声が漏れる。


「――もちろん、商会コッチの勝手な都合だから、給金は往復した分をちゃんと払わせて貰うし、荷を全部守ってくれたから、ボーナスイロも着けてる――だから、許してくれ!」


トウベイは、皆に向けて深々と頭を下げた。


「トウベイさん、頭を上げてくれ!」


「そうだぜっ!、別に、ありえねぇハナシじゃ、ねぇんだしよ」


皆、実直なトウベイの対応に感銘し、彼を慰める謝辞が絶え間なく起こる…



「……ありがとよ、――じゃ、給金を渡すから、並んでくれ」


トウベイは金が入った袋を持って、皆に配り出した。



「――ほい、おタマちゃん」


「ありがと、おじさん――」


タマが、袋を受け取ると――


――ズシッ……


「――重っ?!、えっ!、うわっ!、こんなに?!」


――想像以上に入っていたらしい、給金袋の重みに驚き、思わず開けて中身を覗いてしまう。



「ははっ♪、おタマちゃんにとっては、初めての給金だもんな。


でも、それは"ウチだから"だぜ?、他所はもっと安いし、今回はあんなコトもあったからなぁ……それは、肝に命じときなよ?


それに、これから流者として生きてく、おタマちゃんへの俺からの"餞別"も入ってる――もう、腹ぁ空かせて、街道で行き倒れてるんじゃねぇぞぉ~!」


トウベイは、そう言いながら破顔し、くしゃくしゃとタマの頭を撫でる。


「うん!、アタシ頑張るよ!、おじさん!」


タマは、嬉し涙をまぶたに溜めて、トウベイの頬に頬摺りをした。


「はは――じゃっ、次はソウタだ」


タマの頬擦りに照れながら、トウベイはソウタにも給金袋を渡す。


「ああ――って!、俺のも重いぞ!?」


「ソウタは、元から、オウクまでってハナシだったが――みんなと同じく、往復込みの額で払わせてもらった」


「おいおい、オリエさんにバレたら……大目玉を喰らっちまうぜ?」


「なぁに、ウチのお嬢は、"侠気"ってモンを解かる人だから、俺の判断を責めはしねぇよ。


逆に――あれだけの仕事をしてくれたおめぇに、約定分しか払ってねぇのがバレた方が、俺の首が飛ぶってモンさ」


トウベイは、そう言って、自分の首をポンポンと叩く。


「――じゃあ、貰っとくよ。


でも、頼みたいコトがあったんだが、言い辛くなっちまったなぁ」


「頼みてぇコト?」


「ああ、風呂と、着替えをするための部屋を貸して欲しい。


流石に、今のみすぼらしいカッコじゃ、ちょいと"会うのが憚られちまう人"のトコに行くのが、オウクに来た目的でな」


ソウタは伸びた顎鬚を擦りながら、しかめた面を見せる。


「なんでぇ、そんなコトかよ。


おい!、ソウタに風呂を沸かしてやってくれ!」


トウベイはそう言って、店の者に風呂焚きを命じた。




「――お~~~~っ!」



居間に集まっている、トウベイや"元"護衛衆の面々は、珍しいモノでも観たかの様な歓声を挙げた。



その珍しいモノというのは、風呂に入り終え、着替えも済ませた――ソウタの姿である。


蓄えたままとなっていた、顎鬚をキレイさっぱり剃り落とし、髪も、雑ではあるが相応な長さに切り揃えており、みすぼらしさは失せている。


着替えた衣服の様は、白い羽織りにグレーの袴という出で立ちで――これは、ツクモでは主に軍務に関わっている、公者の正装に近い。



「へぇ~……」


トウベイは、腕組みをしながらニヤニヤと笑って、ソウタの様をまじまじと見据える。


「――ったく、なんだよ!


俺は、いつから見世物になったんだぁ?」


ソウタは、苦笑いを造り、原因と思われる自分の格好を見る。



「その着物――どこで誂えたんだ?、しかも、かなり値が張る反物で作ってるだろ?」


トウベイは、鋭い目線をソウタの着物に向け、何度も頷きながら、着物の裾を手に取る。



流石は、物資輸送のプロ――トウベイも、物の目利きには自信がある。



「――アヤコ様が、旅立つ時に、手紙まで添えて、荷物に入れてくれたんだ。


『着るなり売るなりは、あなたの判断に任せます』


――ってな。


まさか、んなモン売るワケにはいかねぇから、一応"勝負服"として、荷に入れっぱなしにしてたのを、引っ張り出したんだよ」


「流石は、ハクキの姫様だな……御目が高ぇぜ」


トウベイは、惚れ惚れとした表情で、ソウタの着物の裾から手を離す。



「ねぇねぇ!、そんな大事な服を着るなんてさ、もしかして――恋人とかと会うの?」


――と、タマはまったく遠慮無しに、ソウタに尋ねた。


「バーカ、違うよ。


確かに、会うつもりでいるのは女性だけど、別にそういう相手じゃねぇよ」


ソウタは、苦笑いを見せて、タマの眉間を小突いた。


「ふ~ん……でも、アヤしいなぁ。


そんな"お洒落な指輪"までして、会うのが恋人じゃないなんて、信じられないなぁ~?」


――手元をよく見ると、ソウタは左手の人差し指に、地金が白金で、金糸の龍が巻きつく様なデザインの、これまた高級そうな指輪をしていた。



「これは――その人と会うための"目印"なのさ。


じゃあ――行って来るかね、きっと、忙しいんだろうから、今日は会えなくても……せめて、来てる事ぐらいは、知らせておきたいからよ」


ソウタは、そう言って、徐に店から出て行った。



ソウタとタマの会話を、ぼんやりと聞いていたトウベイは――


(――あれ?、そういや……"白金に金糸の龍の指輪"って、何か"特別な意味"が……あったはずだよな?


う~ん……なんだっけ?)



――数日後、トウベイは、この時思った疑問の答えを、オウビに戻ってから思い出し、彼は全身を震わせて、気を失いそうになる。



"白金に金糸の龍の指輪"とは――"皇"が、"特別な信頼を寄せている者へ、直に渡す贈り物"の事を指し、それは大概――"後の夫として、指名した相手に渡す"のが、慣例であるという事を……

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