オウビの町

「うわぁ~っ!」



場面は再び変わり、大勢の人々で賑わう、オウビのメインストリートを眺めて、レンは口を開けて驚嘆の声を挙げた。



レンが驚いているのは、押し寿司の様な密度でごった返している、オウビの食料品市場だ。


オウビやクリ社などの、翼域の農民が育てた作物や畜産物――港町でもある故、オウビに住む漁師たちが捕らえた、魚介類などを売り買いする場所である。



ミモト川の辺りで一夜を明かしたソウタとレンは、早朝に翼域の東端へ向けて出発し、テンを疾駆させて約9時間――幸いにも、追っ手の類とは出くわすコトも無く、オウビの街に着いたのは、夕刻に迫る頃合いであった。


丁度、夕食の材料を求める客が多い時間帯でもあり、田舎育ちのレンなどでは、御目に掛かったことなど無い、品物や人の数に因る活気に気圧され、レンはすっかり呆気に取られていたのである。



無法者というイメージからすれば、"流者の都"という異名はマイナスに思えるが、自由な経済活動や労働が、課税無しで認められてるという、このオウビに人やモノ――そして、"金"が集まるのは、世界は違えても至極当然の傾向だろう。


オウビにとって、その悪名や異名は、ツクモ経済の中心であるという事を表す誉め言葉でしかない。



「レン……口、閉じた方が良いぞぉ♪」


レンを背に乗せたテンを、下で長手綱を引くソウタは、ニヤニヤと微笑みながらそう言った。



レンは、ソウタの忠心にハッとなり――


「えっ?!、わわっ!、すいません……」


――恥ずかしそうに、口を結んだ。



「驚くのも、無理も無いさ――俺も、初めて来た時は、目が回りそうだったよ」


ソウタも苦笑して、恥ずかしそうに鼻を掻く。



ソウタが、レンを馬上の人としたのは、そんな自分の経験からである。


オウビの市場は、一旦誤ってはぐれてしまうと、再会がかなり難しくなるほどに人が集まっており、脇道も多いので、迷ってしまうコトが必至なのだ。



そんな市場街を抜けると――歩く人の数も疎らになり、一気に街並みの雰囲気が変わった。



賑やかさは也を潜め、周囲がそんな界隈に変わると急に、ソウタはキョロキョロと周りの様子を気にしだした。


「う~ん……」


ソウタは、チラチラと馬上のレンの様子も気にした様で、何かを悩んでいる。


「あの……どうかしました?」


そんなソウタの様子に、レンは何だか不安を掻き立てられ、険しい表情でソウタに問うた。


「えっ!?、いや、なぁ……」


ソウタは、言い難そうに見せながら――


「――紹介する船主の屋敷は、確かにこの先なんだが……キミを連れて、"ココ"を通るのは、なんだか気が引けてね」


――という、曖昧な言い方で、話を濁そうとした。


「……?」


レンはソウタの答えの意味が解からず、不思議そうに首を傾げた。


「――やっぱり、一旦、戻ろう。


遠回りにはなるけど、迂回するのが賢明――」


――と言って、ソウタはテンを反転させようとした。



「あれぇ?、テン……ちゃん?」



――が、その時、そんな艶っぽい女の声が、側の脇道の方から聞こえた。



その声に、ソウタの背筋はビクッと、敏感の反応して、彼は、"そぉ~っと"声が聞こえた方へと、ゆっくりと振り向こうとする。


「――てぇコトは、手綱引いてるのはぁっ?!」


艶っぽい声の女は、獲物を見つけた女豹の様な目つきで、テンの姿がある方へと脚を早める。



その足音を聞いたソウタは、観念した様に、女の方へと振り向き終えた。



「やっぱりぃ~っ!、ソウタじゃなぁ~い!♪」


女の足音は、早歩きから駆け足へと変わり――



――ガバッ!



――と、女は唐突にソウタに抱きついた。



「あはっ!、久し振りじゃなぁ~い!、いつオウビに戻ったのぉ?」


女は、ソウタとの再会が嬉しいらしく、満面の笑みでソウタの顔を凝視している。


「――よぉ、ミツカ……」


ミツカと呼んだ、その抱きついて来た女に、ソウタは対照的にぶっきら棒に応じて、乾いた返事を返す。


「ついさっき、戻ったんだ。


オリエさんの所に、ちょっと用が出来てよ」


――続けて、またも乾いた返し。


どうやら、このミツカという女は、ソウタからしては会いたくなかった人物の様だ。



そのやり取りを後ろから見聞きしているレンは、驚きを隠せずにいた。



何故かと言うと――原因は恐らく、ミツカの格好いでたちであろう。


ミツカは――年の頃は20代前半いった感じの美女だが、彼女は肩から胸の上までを露出した、既に"肌蹴ている"としか言いようが無い状態で着物を纏っていた。


――おまけに、下半身には、腰の近くまで開けたスリットが入っていて……チラチラと、太股が見え隠れする、かなりキワどい格好をしているのである。



更に、先程駆け寄って、ソウタに抱きついた時などは――


『通常、異性には、本来見せてはイケナイ部分』


――が、ハッキリ見えてしまったほどなので、レンは唖然として言葉を失っていた。



「なぁ~んだ、"ヨクセ"の姐さんのトコかい……アタシに会いに来てくれたワケじゃないのねぇ」


ミツカは、ソウタがオウビへ来た理由を聞いて、残念そうに拗ねて見せた。


「――で、テンちゃんに乗せてる、この娘は?」


「ああ、用っていうのは、この娘のコトさ。


ちょいと"ワケ有り"でな……オリエさんのトコで、雇って貰えねぇかと思ってな」



そのソウタの返答を聞き終えるより先に、ミツカは、値踏みでもする様にレンの全身を見渡す。


そのイヤらしい目線を浴びて、先程のミツカの格好に受けたインパクトから我に返ったレンは、ちょっと不機嫌な顔をミツカに見せ返した。



その対応に、ミツカはニヤッと笑って――


「――へぇ、見た目は純情そうな田舎娘だけど、随分と"芯"はしっかりしてる様だねぇ……オウビで喰っていける面構えだよ」


――感心して見せて、ソウタの方へ向き直る。



「姐さんのトコを選ぶのは、さすがソウタだねぇ~!、アタシらのコトをちゃんと気遣ってて♪


こんな、明らかに"客ウケ"しそうな娘を、アタシらのトコに連れて来られたら……商売あがったりさね♪」


「あっ!、バカ――!」


ソウタは顔を引き攣らせて、ミツカを睨む。


「……?、ソウタさん?、ミツカさんのお仕事が……何か?」


「えっ?!、いやぁ……」


ソウタは、困った様子でこめかみを掻いた。


「おや?、お嬢ちゃん――ひょっとして、アタシの姿を観て、生業に気付かないかい?」


ミツカは、呆れた様な笑顔を造って――


「――アタシは"娼婦"さ、ホラ、このとおり……」


――と言って、スリットを撒くって二人に……見せた!



「わっ!、わわわわぁ!、わっ!、解かりましたぁ!、さっきも見たのに、そういうイミだとは気付かなくてぇ……」


レンは、動揺しながらも、上手くミツカが言うコトを咀嚼して、柔軟に察したが――


「――なななななっ!?、いきなりナニするんだよ!、アンタわぁ~っ!!!」


――ソウタの方は、顔を真っ赤にしてミツカの行為を叱る。


「もぉ~っ!、ソウタは相変らずウブねぇ♪、でも、ソコがアタシらの気持ちを擽るんだ・け・どっ♡」


ミツカはそう言って、ソウタの顎を撫でる。


「お嬢ちゃんの方が、"こーいうコト"には肝っ玉が据わってるんじゃないのかい?


さっきから、アタシの"アレ"を観てても、平然としているなんてさぁ……やっぱ、オウビこの街向きだよ♪」


ミツカは、感心した様にレンを見据えて、彼女の頭も撫でた。


「――ゴホンッ!、今の時間にこの辺に居るってコトは、賄いの買出しじゃねぇのか?、サッサと行きなよ」


ソウタは、とにかくミツカを遠ざけたいらしく、追い払うように手を振る。


「あっ!、そうだった!


くぅ~!、みんなより先に、ソウタをモノにするチャンスなのにぃ~!」


ミツカは、悔しそうに指を鳴らして、ソウタの顎をまた撫でて見せた。


「俺を、どうしたいって言うんだよ!」


ソウタは、眉間にシワを寄せて、ミツカの手を払った。


「ふふ♪、ソ・レ・はぁ~っ♪、ご想像に任せるわ♡


じゃあね♪、ソウタ!、お嬢ちゃんもっ!」


ミツカは、数回の投げキッスをソウタに浴びせ、慌しく中心街の喧騒に消えた。



「ふぅ~、やっと行ったか……」


ソウタが、肩の荷が降りた気分でレンの方を向くと――


「――あのぉ、ミツカさんとは、どういう……?」


――と、彼女は訝しげな表情で、ミツカとの関係を尋ねてきた。



ソウタは、ポリポリと頭を掻いて、答えに悩みながら――


「さっきも言った、オウビに初めて来た頃――ちょっと、"世話になった"事があってね。


その縁で、用心棒なんかを引き受けたコトもあるんだ」


――と、ミツカとの経緯を話した。



「――おっ?!、ぃ……ですかっ!」


レンは、急に顔を赤らめて、口元を覆う。


ミツカの、あんなあられもない様を見た後に――


『"世話"になった事が~』


――と、言われては、レンがその言葉から、"ナニ"を想像したかは、詳しく語らずとも、想像に難くないであろう。



昨夜の、ソウタに対する態度を見ても――レンは、純朴な田舎娘ながら、男女の機微を意外にも心得ている。



ヤマカキ村の様な田舎で、齢十七というレンの年頃は――この世界においては、いわゆる"結婚適齢期"の真っ只中である。


そのため、同世代の女性と、井戸端なんかで顔を会わせれば、夫との『そーいうコト♡』の話題が出るので、レンはソコで培った"知識だけ"は、人一倍であった。


清純な見た目とは不釣合いな、耳年増な一面も秘めているのである。



――だが、対するソウタは、レンの表情の意味には気付かず――


「――あんな知り合いがいるから、女衒と間違われんだよなぁ。


だから、娼街の近くを通るのは避けようかと……」


――と、先程、引き返す様に言い出した理由を吐露した。



この辺りの地帯は、九十九最大の歓楽街として広く知られている。


酒も博打も――そして、いわゆる"いかがわしい"事柄も満載の一帯だ。


オウビでは、売春や遊郭に対する規制は存在しない――"自由な経済活動と労働"が許されている、流者の都ならではの風土である。


まっ、それこそが流者の本質――それらの"都"と評される、オウビへのマイナスイメージの根源でもあるのだが。



「目的の屋敷に行くには、ココを通る方が近いんですよね?


なら、私の事は気にしないで通ってください――私は、ソウタさんにお世話をかける立場なんですし、このオウビで暮らしていくかもしれないというコトは、そういう"街の一面"にも、慣れる必要があると思いますから」


レンはそう言って、胸元の襟を握りながら、流者となる覚悟を改めて吐露して――


「それに、今のミツカさんとの出会いで、既に"ちょっとだけ"慣れましたから♪」


――と、微笑も作って、逞しい一面も覗かせた。



「そっか、じゃあ……遠慮無く通るぞ?」


「はい」


そうして、娼街界隈を通る中、ミツカと同じ様にソウタと顔見知りの娼婦や、出入りしている他の流者にも声を掛けられたりもしたが、上手~くそれらをやり過ごし、二人は粛々と通り過ぎた。



世界経済の中心としての、活気溢れる様相の陰に、歓楽街の淫靡な一面も秘めている――流者の都と称されるオウビの街とは、そんな世の中の表裏をも、紙一重に抱え込む街なのである。

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