Episode25.美味しいデザートで女性を労うとは手慣れていますね




 事務部にオルフェンがやってきて、数十分後。

 会議用スペースに移動したロサミリスとセロースは、オルフェンが持ってきた美味しいケーキに舌鼓を打っていた。


「んー美味しー。リサさんだけじゃなくて、私や残業している方全員にケーキを配ってくれるなんて、本当にありがとうございますオルフェン様! しかもこれ、今帝都で流行ってる売り切れ続出のラリーレのケーキですよ。弟にもあげたいくらいです!」

「最近事務部の残業時間が酷い事になってるって聞いたからね。シェルアリノ家の次期当主としては、これくらいのねぎらいはさせてもらわないと。あぁ、何個か余ってるから良かったら寮まで持って帰る?」

「良いんですか!? 嬉しいです!!」


 セロースは甘いものが大好物らしく、オルフェンに頭を下げていた。

 ひとしきりセロースの感謝を受け取ったオルフェンは、次いで、無言でケーキを食べるロサミリスに声をかけた。


「リサ嬢、口に合わなかったかな」

「…………いえ」


 偽名で呼ばれたロサミリスは、一秒ほど反応が遅れる。

 

「よく、甘すぎないものがわたくしの好みだとお分かりになりましたね」

「ああ。簡単だよ、君とジーク君の好みが一緒だってことは五年前に知ってたから。きっと今でも、そうなんだろうなって」


 ロサミリスはオルフェンの事を覚えていなかったのに、彼はよく覚えているようだ。

 いたたまれない気持ちになる。

 ここにセロースがいてくれて本当に良かった。

 いなかったら、彼の前から姿を消していたかもしれない。


「あの。前々から不思議に思っていたんですけど、リサさんとオルフェン様ってどういうご関係なんですか? とても親しげに見えるんですけど」

「ん? あぁ、フラれた側とフッた側っていう関係。五年前だけど」

「ふ、ふら…………!?」

「もう、どうしてオルフェン様はそんなこじれるような言い方をするんですの!?」


 かぁあと顔が真っ赤になるセロースに、笑いながら冗談口調で衝撃発言をするオルフェン。

 思わずロサミリスが睨むと、オルフェンはにっこり笑った。


「やっと目を合わせてくれたね」

「あ…………」


 無意識に、オルフェンと目を合わせないようにしていた。

 いとも簡単に気付かれてしまい、少しだけロサミリスの顔が赤くなる。


「噂程度には聞いてましたけど、騎士公爵家の次期当主様と本当に仲良しなんてびっくりしました。もしかして、実はただの貴族じゃなかったり……?」


(セロース先輩には話しても……いいわよね)


 ますます混乱しているセロースに、ロサミリスも決意を新たにする。


「今まで騙していてごめんなさい。セロース先輩、わたくしの本当の名前は、ロサミリス・ラティアーノと言います。エルダ先輩対策で、身分を隠していました」

「え…………じゃあ、やっぱり!! 初めて見た時に似ているなとは思ったんですが、黒蝶の姫君ロサミリスさんですよね!?」

「え?」


 予想の斜め上過ぎる反応に、思考が止まった。

 沈黙を肯定と受け取ったらしいセロースは、興奮した面持ちで「あ、握手してください!」と身を乗り出す。


(握手を求められるなんて……人生七度目といえど初めてだわ)


 〈呪い〉で人から煙たがられる事はあっても、歓迎されることはあまりない。

 遠慮がちに手を伸ばした。


「もしかしてセロース先輩、あの舞踏会に……?」

「はい! エルダ先輩の付き人役として出たんですけど、そのとき聞いたピアノが忘れられないくらい素敵で!! 人が多すぎて顔はよく見えなかったんですけど、すごく綺麗な黒髪で、私と同い年くらいの女の子だということは分かりました!!」


 ぶんぶん大きく手を振るセロースは、感激のあまりハンカチを口もとに当てていた。


(同い年というか年下なのだけれど……)


「まさかあのときのピアノの人が目の前にいるなんて。…………なんて運が良いんでしょう。エルダ先輩の噛ませ犬……? 引き立て役……? として無理やり連れ回されましたが、今思えばとても幸せだったんですね」


 わざわざ引き立て役にするためにセロースを連れ回していたのは驚いたけれど、それよりも──


(これって、結構な確率でわたくしの顔って知られてる……?)


 伯爵家の娘とはいえ、こんな黒髪で貧相な顔立ちをしている地味な娘を覚えている物好きなんていないだろう。まして舞踏会の日は、ジークが誰よりも目立っていたはずだ。

 今は化粧もしていない。

 ドレスも着ていない。

 だから大丈夫だと思っていた。


「どうしてエルダ嬢はロサミリス嬢に気付かなかったんだろうね」

「あぁそれはたぶん、自分以外の女性が目立ってるところなんて見たくなかったんじゃないでしょうかね。ピアノが始まってすぐ、エルダさんは外に出ていましたから」


(むしろ彼女らしくて安心したわ……)

 

「あれ? でもロサミリス様は……」

「今まで通りでいいですよ、先輩」

「……はい」


 セロースは嬉しそうに頷く。


「ロサミリスさんは、あんな素敵な婚約者様もいるのに、どうして事務部に来たんですか?」

「僕が誘ったんだよ。とりあえず期間は一か月、騎士団は年中人手不足だしね。それに彼女は魔法が扱える」

「え、魔法!? ロサミリスさん、魔法が扱えるんですか!?」

「ええまぁ……嗜む程度には。そんな期待されるほどのものじゃないですよ、魔法ならここにいるオルフェン様のほうが」

「でも女性で魔法が使えるなんてかっこいいじゃないですか!」


 やっぱり、セロースはとても可愛い人だ。

 素直だし、いちいち反応が可愛いらしい。


「セロース先輩、少しだけオルフェン様とお話ししたいので休憩してもいいですか?」

「いいですよ。どうぞどうぞ」

「ありがとうございます」


 ロサミリスは、オルフェンに目配せした。


「お話ししてもよろしいでしょうか、オルフェン様」

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