Episode24.私は優秀な事務員のはずよ!(エルダ視点)



 ちょうどその頃、男爵家に戻っていたエルダは、書類を前に頭を抱えていた。

 昔、といってもほんの2、3年前までは、彼女も優秀な事務員の一人。けれど性格に難がある。


 自分よりも身分の低い男が部署長というのが腹立たしく思っていたエルダは、男爵という身分をちらつかせて部署長を脅した。気の弱い部署長はすぐ従順になり、エルダに部署長補佐という特別な地位を与えた。給与も増え、父である男爵からも仕事ぶりを褒められるようになった。


(こうすればいいんだわ……!)


 たてつく奴は遠回しにいじめてやればいい。

 なんたって自分は男爵令嬢なのだから。

 そうやって、いつしかエルダは真面目に仕事をしなくなった。


 ある日、セロースという少女が入職してきた。

 シェルアリノ騎士公爵領の小さな町に住む少女。聞けば単身で越してきているため、頼りになる人間はいない。しかも弟が帝都の病院に入院しているため、お金に困っているという。


 男爵からすれば、そんな治療費は安いもの。


(この子を使えば仕事が楽できるわ…………っ!)


 セロースに弟への治療費を払う代わりに仕事を押し付けた。

 今日は、そんなエルダが久しぶりに本腰を入れて仕事をする。

 大丈夫、昔みたいにすればいい。

 あのセロースですら出来たのだ、これくらい……。


(おかしいわ、こんなはずじゃないっ! 私はとても優秀で、誰よりも仕事するのが早くて、周りのみんなから期待されているの! いずれは事務部の部署長になって、楽しながら大金を手にするのよ……!!)


 驚愕した。

 全然仕事が進まないのだ。

 書類をまとめようにも魔獣の知識が欠落していて、いちいち魔獣図鑑を開く羽目になる。そのせいでとても時間がかかった。2時間ほど時間を使っても、まだ一ページしか終わっていない。


 それもそうだ。

 ここ最近のエルダは仕事をセロースに押し付けていたため、仕事ができなくなっていた。

 にも関わらず、エルダは最後まで自分の実力を信じ続けていた。

 仕事が終わらないのは疲れているせい。残業なんて、仕事が遅い人間だけがするものだ。


(あの仕事が遅いセロースが一か月で終わらせたのよ。私なら……一週間、いえ五日あれば終える事ができる。その半分の量なら、二日あれば余裕よ)


 なのに、書いても書いても終わらない。

 騎士団の上層部宛に提出する書類は、事務部で集まった様々な種類の魔獣について報告する大事なもの。当然、分かりやすく纏める技術や今まで培った魔獣の知識が求められる。


 いつもセロースに任せていたエルダは、その知識も技術も持ち合わせていない。

 ロサミリスはそれをよく分かっていた。三日で終わらないだろう事は始めから分かっていたので、最初からセロースと二人がかりで全量を纏め直すつもりである。


 エルダはそれを知らず、長い時間をかけてようやく二ページ目が終わろうとしていた。


(これじゃあ間に合わないわ。ええいだったら、簡略化して書くのよ。……うふふ、どうせバレないわ。これで私も、ダメな後輩の失敗を取り返した超絶優秀な上司って事になるわね……っ!)


 自分が絶賛される未来を思い浮かべると、笑みがこぼれる。

 だが、エルダは知らなかった。

 現実がそこまで甘くない事を──

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