第二部 魔獣襲来イベント
Episode15.魔法武術を極めましょう
さっそく兄のもとへ行こうと体の向きを変えると──
「ロサ、背中ががら空きだよ?」
「お、お兄様────きゃあ!?」
いきなり真横にサヌーンが現れるものだから、驚いたロサはよろけてしまう。
それを優しくキャッチするサヌーン。
(もう、本当にお兄様は意地悪よね。こうやって妹を虐めて楽しんでるの。性格悪いわ……ま、わたくしも人の事は言えないのだけれど)
お姫様抱っこされながら、甘い顔立ちの兄を見上げる。
本当に甘いな。砂糖吐きそう。すごくモテるのに、なぜシスコンなんてやってるのだろう。
少々失礼な感想を抱きつつも、サヌーンをじーっと見つめ返していると、ようやく降ろしてくれた。
「本当に魔法武術を習いたいんだね」
「当たり前ですわ。わたくし、有言実行を常としておりますので」
「頑固」
「お兄様にだけは言われたくありませんの」
ついっと顔を背ければ、サヌーンはクスクス笑う。
「黒蝶の姫君か……。君は魔法武術を身に着けて、俺の手の届かないところへ飛んでいくのかな」
「あれはみなさんが勝手にわたくしをそう呼んでいるだけです」
舞踏会でピアノの演奏が終わったあと、観客達はロサミリスを『黒蝶の姫君』だと褒め称えた。
そんなつもりは全然なくて、ただ前世の記憶を掘り起こして得意な曲を弾いただけ。
「そんなことより、サヌーンお兄様には約束は守ってもらいますからね」
「はいはい。分かりました。どうやら始めから俺に教わるために、こそこそ体力作りに励んでいたみたいだしね」
「き、気付いておりましたの……」
「お兄様だからね」
早朝の走り込みや密かな筋トレも気付かれていたらしい。
兄は変態的に勘が良いから気付かれても無理はないのだけれど。
「ではさっそく外へ行こうか」
外で走りこむ用の
ようやく魔法武術を学ぶことが出来る。
ロサミリスは魔法武術にとても興味があった。
(魔法で岩をパーンチとか、襲い来る敵をバッタバタとなぎ倒していくとか、とっても素敵じゃない?)
己の力で未来を切り開いていく。
まさに〈呪い〉に抗い幸せを掴もうとするロサミリスにぴったりだ。
「そもそもロサは魔法についてどれくらいの知識があるんだい?」
「ふっふっふ。お忘れですかサヌーンお兄様。これでもわたくし、一時はお兄様がご卒業された魔法学校に行きたくて勉強してたんですのよ?」
(ま、悪い虫がつくとかあそこは地獄だとか可愛いロサの行くところじゃないとかお兄様に言われて、結局行けませんでしたけどね!)
悲しきかな兄の
「魔法というのは、体の中に流れる魔力を使用して森羅万象を人為的に引き起こす奇跡の象徴です。基本的な属性は全部で五つ。炎、水、雷、地、風です。さらに上位の属性として安らぎを象徴する光、人の精神に作用し重篤な症状を引き起こすこともある闇の二つがあります」
人には誰にも魔力というものが存在する。
ただ、それを魔法として行使できるのはごくわずかな人だけ。
魔法を職業にする魔導師はさらに数が限られ、そのほとんどがサヌーンも卒業した魔法学校に通っている。魔法学校は母が通ったようなお坊ちゃまお嬢様専用の寄宿学校とは違い、才能さえあれば庶民でも入学が可能だ。
「魔力値測定をやったことあったかい?」
「ありますわ。────並以下でしたけれど」
「ははっ、最初はね。鍛えれば量が増えることもあるよ」
「そうですけれども…………はぁ、兄妹格差を感じますわ」
「量が多くても大変だよ? 扱いを間違えれば暴走するし」
「はぁ…………勝者の蔑みに聞こえます」
「う。い、痛いなそれ……」
兄は魔力量も多いのだ。
風の噂で聞いたが、サヌーンよりもジークの方が魔力量が多いらしい。
彼が魔法を使っているところなど見たことないけれど。
(ジーク様のご予定が空いていたら教えてもらおうかしら)
「まずは基本的な魔力を体に纏わせることから始めようか。見本を見せるよ」
そう言って、サヌーンは己の体に膜のような魔力を纏わせる。
波動のようなものをビリビリ感じる。これが兄の魔力だ。
「体の内にある魔力を体に纏わせて、自在に体を強化することができる。例えば俺のように足に纏わせれば────」
いきなり長い足を振り上げたかと思えば、そのままの勢いで足を振り落す。
衝撃音とともに地面が割れ、破片が辺りに飛び散った。
「ね?」
「何が『ね?』ですの。上級向け過ぎますわ」
「いきなり地面を割れだなんて言ってないよ。そうだね、ロサは女の子だから、この方法で護身術を覚えてもらうのが良いかな」
「最初はそれだけでもいいですが、後々は敵をなぎ倒す術を教えてくださいまし」
身振り手振りをしてロサミリスに基本を教えようとしたサヌーンが、ピクリと動きを止めた。
「それは、なぜだい?」
「守りたい、人がいますから」
「…………それはジークフォルテン卿のことかな?」
たっぷり間をとってロサミリスは頷く。
魔法武術を覚えたい第一の理由は、もちろん自分のためだ。呪いの発現を少しでも食い止められるのなら、努力を惜しむつもりはない。けれども、それだけではない。魔法武術を学びたい大きな理由は、実はもう一つある。
(婚約破棄イベントは回避した。……でも、きっと…………それ以外のイベントも起こるわ)
婚約破棄イベントは生死をさ迷った後に起きたのだが、きっと順番が逆なだけで、似たような危機に陥るだろう。
「ジークフォルテン卿は強いよ。戦ったことはないけど、俺といい勝負できるんじゃないかな。だからロサ、君が何に対してそんなに怯えているのかは分からないけど、心配しなくていい」
十七歳のサヌーンと十五歳のジークが良い勝負出来るなんて知らなかったが、それでもロサミリスの心配はぬぐえなかった。運命の力は残酷だ。ギリギリまで抗わないと、ロサミリスも周りの人間も幸せになれない。
「もう少し、兄を頼ってもいいんじゃないかい?」
「いいえお兄様、今でも十分頼っておりますわ。それに、わたくしはもっと強い伯爵令嬢になりたいのですの!」
ほら見てくださいまし、この華麗なパンチを!
そう言ってパンチを見せるロサミリスに、サヌーンは何とも言い難い複雑な表情を浮かべていた。
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