Episode14.ビアンカお姉様浄化計画の終了


 舞踏会が終了し、早一週間が経過した。

 その間で起こったことは多くある。


 大々的な記事になったのは、バファノアの捕縛だ。彼は数十年にわたって人々を騙し続け、実力以上の富と名声を得ていたという。稀代の伴奏者は一夜にして大ホラ吹きへと変貌を遂げた。


 しかも、ただ天才だと偽っていたわけではなかった。

 彼は世間からの評価を利用し、彼の教えを請いたい未来の音楽家達から多額の指導料をぶん取っていたのだ。彼の元生徒は高い指導料のわりに実践的なピアノの練習が出来なかったことから、元生徒同士で集まり、訴訟を起こしたのだという。


 また、それ以外にも純正の楽器類を安く仕入れた偽物とすり替え、不当に高く売りさばいていたことも分かった。ビアンカがバファノアへ不信感を抱いており、それをロサミリスとジークに告白した。ジークがそれを騎士団に報告することで、逃亡される前に強制的な家宅捜査に踏み切ることができたのだ。


 バファノアはこれから、暗くて辛い獄中生活を送るだろう。

 また、バファノアの犯罪に片棒を担いでいたシャルローン夫人は、子爵を剥奪された上に騎士団に捕縛された。彼女自体は直接関わっていたわけではないものの、子爵という特権階級を濫用した罪は重いと見なされた。ただ、彼女自身は夫からの被害を訴えており、心身もかなり病んでいたため、罪を償い心を休める意味合いで修道院送りとなった。


 彼女の夫であるロゼリーヌ氏も、同じく爵位剥奪の状態。

 彼は最後まで自分は無実だと訴えていたが、あっさり棄却されて、離婚は確定。夫人と娘ビアンカに多額の慰謝料を支払う羽目になった。親戚中に頭を下げまくってお金をかき集めるらしい。


 ちなみに娘のビアンカは、すでにラティアーノ伯爵の養女となっている身のため、親権はそのまま伯爵家が保有する。ビアンカは修道院に発つギリギリまで母の体を抱きしめ、「立派な淑女になってお母様を養うからね」と、再会を夢見て涙ぐんだという。


 ロサミリスの母リーシェンは、親友シャルローンにこう声をかけた。


『寄宿学校時代、私が困っていた時は貴女が助けてくれました。あの時、屋敷が燃えた時は私一人では貴女を助けられませんでしたけど、今度こそ私は貴女を助けたいのです。だからどうか、私に手紙の返信をください』


 このとき、シャルローンは『手紙なんて届いていない』と首を振ったという。

 これは後から判明したことなのだが、ロゼリーヌ氏が破って捨てていたらしい。心配で胸が張り裂けそうだ、というリーシェンの手紙は一回もシャルローンに届いていなかった。


『分かりました。これからは毎週書きますね』

『毎週はいらないわ』

『ええ!? シャル、貴女がとっても寂しがり屋だってことは知っているのよ。書いてあげるから、しっかり返事をくださいね?』


 こうリーシェンが言うと、シャルローン夫人はほんの少しだけ頬を染め、遠慮がちに頷いたという。

 

(お母様がシャルローン夫人と数年ぶりの仲直りが出来たのはよかったわ)


 なにはともあれ、ロサミリスにとってもこれは幸せだ。

 母の昔のシコリを解消したことにプラスして、ジークの婚約破棄イベントを回避できたのだから。


「ロサミリス様っ!! いまから私、ローランド様のお茶会に行って参りますわ!!」


 興奮した様子で勢いよく扉を開けてきたのは、噂のビアンカだ。

 彼女は舞踏会で出会ったルーロレン侯爵の三男坊ローランドと恋に落ち、絶賛『恋する乙女』。向こうのローランドも、ビアンカのぐいぐい押せ押せアピールが良かったらしく、近々婚約を発表するらしい。


「もうビアンカお姉様ったら、そんな激しいと向こうのご両親に失礼ですわよ。せっかく素敵な方と巡り会えたのだから、もっとたおやかに淑やかに。ローランド様が失望なさってもよろしいので?」

「う……っ! そ、それはダメよ…………私はビアンカ。美しいビアンカ、立派な伯爵令嬢として侯爵家に嫁ぐのよ」

「そうそうその意気ですわ」


 ビアンカは、気を取り直すように綺麗なお辞儀をして、去っていく。


 本当に、人って変わるものだなと思う。

 養女として来たばかりは、とても人様に出せるような令嬢ではなかったのに。


(うふふ、育てたのがわたくしですもの。……ビアンカ嬢……いえ、お姉様浄化計画もこれで終了かしらね)


 もともとは、ビアンカが人様の婚約者を横取りしないよう、清く正しい淑女に矯正するための計画だった。

 まさか、それ以上の立派な淑女に成長してくれるとは……いや、人生って何が起こるか分からないものだ。


「わたくしも頑張らないと」


 次は、兄から魔法武術を学ぶのだから。

 

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