第5.5話 【幕間】アネッサ・ベルブランジュの記録

 プリシラの活躍の裏の話。

 馬車の中の話。


 アネッサはバイオロイドの女性だ。バイオロイドは人間ヒューマンとは年齢換算が異なり、製造年数をカウントしていくことになる。唯一成長するのは精神だけで、それ以外はパーツの交換になる。

 アネッサ・ベルブランジュは、耳のみ機械部品が露出したタイプのバイオロイドだった。それも、有機部品の多いタイプで、関節が隠れているタイプである。有機部品が多いタイプは後期型と呼ばれており、一番人間に近いと言われている。


 そんなアネッサではあるが、今は何の縁かプリシラ・ヴェルトリスという人間ヒューマンと仲良くなり、共に旅をしている。アネッサは自分が学者タイプの機体であり、有機部品が比較的多いため魔法が使えるが、ポンコツであることは理解していた。戦闘タイプのような敵性反応の検知ができないのである。その代わり、学者タイプの機体として膨大な知識にアクセスでき、遺跡探索の際の罠の検知や解除と言ったことや言語の読み取りなどの機能が搭載されている。

 つまり、アネッサは自分が頭でっかちで戦闘には向かないポンコツであることは十分に理解していた。


 そんな遺跡探索に向かう織り、盗賊団に襲撃されてしまう。どうやら、御者が裏切者だったらしく、既に気づいていたプリシラとエルマンが動いたのだ。


「む、何が起きているんだ?」

「盗賊に襲撃されているのよ」

「そうか、それはちょっと面倒だね」


 アネッサは女性型の身体をしているが、は備わっていなかった。前に盗賊に鹵獲されたときは使い物にならないとしてサンドバックにされ、半壊状態にされて何とか逃げ延びたほどだったことを記憶しており、思わずため息が出てしまう。あの時は自己修復機能で回復するまでにかなりの時間を要してしまった。


「……命の危機だと思うけれども、あんまり焦らないのね」

「そりゃまあ、我らがプリシラがいるんだ。彼女の強さは人間ヒューマンが何人束になったところで問題にはならないのさ」


 アネッサがプリシラを信頼しているのは、当然ながら助けてもらったからである。遺跡探査の最中に再び盗賊に鹵獲ろかくされ、アネッサが破壊される前に助けてもらったのがプリシラだった。


「信頼しているのね」

「まあね。過信しても問題ないと思うほどには、信頼しているとも」


 アネッサはルヴィーサと話しながら、成り行きを任せている。


「おい、まずいことになった」


 と、話しかけてきたのがエルマンだ。彼は神父とは思えないほどの体つきをしている。そのエルマンが焦っていた。


「プリシラがオーガに足止めされた。で、お嬢。案の定狙いはお前みたいだな」

「……まあ、そうでしょうね」


 ルヴィーサは若い女エルフだ。エルフ自体は見かけることは珍しいが、当然、性奴隷としての価値は計り知れないだろう。


「まあ、からさらうというよりは、レアな女エルフだからさらうという感じだろうがな」


 どうやら、ルヴィーサは何かを隠しているようである。

 確かに、エルフの生態を考えればそうかもしれないだろう。エルフというものは、自然に愛された非常に長寿な種族である。美醜の分かれる人間と異なり、全員が金髪緑眼で一般的に美しい容姿をしている。そして、その種族特性上、森に住んでいることがほとんどであり、秘境と化している森などを住みかとすることが多く、あまり人目につくことは少ない。

 人間ヒューマン社会で見かけるのは、1つ目が冒険者としてのエルフ、2つ目が奴隷としてのエルフ、そして、3つ目が巨大都市を持つエルフ貴族がこの大陸でよく知られているエルフである。3つ目の巨大都市を持つエルフ貴族とは、大陸南部に位置するトリシリオン連合国のアリキシリオンに所属するエルフだ。彼らについては、エルフの印象を貶める存在だという事だけを知っておいてもらえればいいだろう。

 いずれにしても、ルヴィーサはアネッサ達に対して何か問題を隠していることは間違いなかった。


「いずれにしても、逃げられる状態じゃねぇ。だがまあ、俺が何とかするさ。アネッサさんも、俺に任せてほしい」

「わたしはそもそも戦いに向いていないからね。エルマンの指示に従うよ」

「オーケー。とりあえず、おとなしくしていようか」


 アネッサ達は、おとなしく捕まることになった。

 腕に縄をくくられ、連行される。まあ、エルマンにはそんなことは関係ないように見えたが。ゴブリンの盗賊に連行されてる最中、アネッサはそこが遺跡を改造しているものであると気づき、興奮していたが、エルマンはタイミングを見計らって、縄を破り、一瞬で見張りについてきていたゴブリンを殺してしまう。それは暗殺者のようでもあった。


「よし、安全は確保できた」


 エルマンはそう言うと、アネッサとルヴィーサの拘束を解除する。


「相変わらずの腕ね」

「ま、お褒めにあずかり光栄ですよ、お嬢」


 エルマンを褒めるルヴィーサの姿は、貴族とかそういう気品や気立ての良さを感じる。


「まずは身を隠すことにしよう。あの突貫娘はどっちにしても、このアジトに突撃してくるはずだ。その隙に逃げ出すことにしよう」


 エルマンの指示にアネッサはうなづいた。


「突貫娘、ね。陽動に使うつもり?」

「ま、そういうことだな。あいつはもしかしたらかもしれないしな」

「……そうかもね」


 アネッサはあえて口を挟まなかった。友人が面倒ごとに巻き込まれているがからだ。我ながら性格悪いなぁなんて思いつつ、似たような思考回路でアネッサがプリシラに手記を書くように勧めたことを思い出す。

 冒険者としてのシビアな面もあるが、プリシラは基本的に善性の塊のような人物だ。たとえ騙されたとしても、それを覆す圧倒的暴力も持っている。そんな人物の周囲が面白くないわけがないのだ。


 当然ながら、アネッサ達が逃げ出したことはアジト内で騒ぎになる。エルマンは脱出しやすい位置に移動しつつ、盗賊を適宜処分していく。そのうち、とらわれている人たちの居る場所までたどり着いた。


「ここは……」


 いわゆる、も兼ねていた。

 つまり、そういう奴も常駐しているわけで、派手に見つかってしまったわけだ。


「入ったのは失敗だったな」


 エルマンがそうつぶやくと、半裸や、まさに行為真っ最中だった盗賊がこちらに敵意をあらわにする。


「なんだ? なんで神父が侵入してきてるんだ?」

「脱走した奴だろ。後ろに女エルフがいるしな」

「お、やっちゃう? やっちゃう?」


 襲い掛かってくる盗賊。エルマンとルヴィーサは武器を手に戦闘を始める。さすがに暗殺ではなく戦闘なので、そう簡単には急所に当たらない。だが、エルマンは確実に一人一人、その拳で気絶させていく。

 ルヴィーサも戦いなれているようで、細剣レイピアで集団を相手に戦っている。

 アネッサはと言うと、魔法を詠唱して敵を燃やしていた。

 ともあれ、エルマンが手練れなだけで、ルヴィーサもアネッサもどちらも戦闘自体の経験が浅い。なので、魔法使いのアネッサは敵の接近を許してしまった。


「まずは魔法使いのお嬢ちゃんからだぁあああ!!」


 振るわれた剣、アネッサは咄嗟に回避をするが、剣はアネッサの上着を切り裂き、深くかぶっていたフードを切り飛ばしてしまう。そこには、バイオロイドの象徴である耳の機械部品が露になってしまった。


「なっ、機械人形バイオロイドだと?!」

「ふっざけんなぁ!!!」

「わっ?!」


 アネッサは蹴り飛ばされる。


「アネッサ!」


 エルマンが声を上げる。

 だが、アネッサが女ではなく機械人形であることにブちぎれた盗賊は容赦がなかった。


「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!! なんでが出てくんだよ! 俺様の期待を返せよぉ!」

「う、ぐ、は……!」


 盗賊のストンプは痛かった。が、慣れてたアネッサは頭の中でプリシラに心配をかけてしまうなぁなんて思っていた。


「このっ……」


 が、盗賊が突然止まる。ルヴィーサの細剣レイピアが盗賊の脳天を貫いたからだった。


「大丈夫?! アネッサ!」

「あ、ああ」


 細剣レイピアを抜かれた盗賊はどちゃりと崩れ落ちる。と同時に、ルヴィーサも顔を青くして崩れ落ちてしまった。


「大丈夫かい、ルヴィーサ」

「う、うぇ……」


 ルヴィーサは初めて人を殺した。その感覚に吐き気を覚えたのだった。魔物化したゴブリンだったら自分に言い訳はできたが、今回は盗賊といえども人間ヒューマンを殺害したのだ。その脳天を貫く感覚、そこから剣を引き抜く感覚、崩れ落ちる盗賊、殺害した事実がいっきにルヴィーサを襲った結果、ルヴィーサは吐いてしまったのだ。


「アネッサさん、お嬢を任せた!」

「あ、ああ、わかったよ」


 そんな状態になってしまったルヴィーサを、アネッサは訳が分からないまま介抱する。

 ルヴィーサはエルマンが人間ヒューマンを殺すのは何度も見てきた。だから、自分も大丈夫だとは思ってはいたが、自分で殺害するまでには至らなかったのだ。あくまで自衛のために相手にけがをさせる程度にとどめておいたのだ。だから、ルヴィーサにとって殺人は初めてだった。


 そんなルヴィーサの背中をさすっているうちに、エルマンが敵を殲滅してしまい、戦闘は終わってしまった。

 行為中だった女性をエルマンは解放してあげていると、一人が声を出した。


「神父様、我々を助けに来ていただいたのですか?」


 エルマンは首を横に振る。


「いや、俺たちも捕まった間柄だ。しばらく身を隠せる場所を探して、この部屋にたどり着いたんだ。すまないな」

「そ、そんな……」


 そう言いつつ、エルマンはポケットから紙タバコを取り出して吸い始める。


「ちと一服させてくれ」


 エルマンは疲れたように見えた。もちろん、戦闘での疲れもそうだろうけれども。

 と、少しして外が騒がしくなった。プリシラが騒ぎ始めたのだ。

 奴隷たちは何が起こったのかとざわめき始める。


「お、ようやく我らがのご到着ってわけだな。お嬢、動けるか?」

「え、ええ。ごめんなさい」

「いや、まあ、よくやったと思うぜ。アネッサさんも大丈夫かい?」

「ああ、すまないね。二人とも」


 アネッサは自分がバイオロイドであることに何か反応はあるのか期待したが、そこまで大した反応が無くて疑問に思う。


「あれ、二人ともわたしがバイオロイドだというのに、特に反応を示さないんだね」

「ま、何かあるのはお互い様よ」

「そういうことだ」


 アネッサは二人に感心する。大抵、アネッサがバイオロイドだと判明すると今まで対等な扱いが、まるで下に見るかのような扱いに代わることが多かったからだ。もちろん、そんな人間ばかりではないことはアネッサは理解しているが、そういう人間も多いことも知っているのだ。


「さて、突貫娘が暴れている間にいろいろとやりたいことがある。俺たちを裏切った御者も見つけておきたいしな。おそらく注意のほとんどは突貫娘に向くはずだから、だいぶ動きやすくなるはずだ」

「そうね」

「ふむ、ならば、この盗賊団の壊滅も狙えるね。ここの人たちも助けることができるわけだ」

「そうなる。そのために、俺らがいろいろ動く必要があるというわけだ」


 例えば、ボスを捕まえることも重要である。

 戦いに出ているオーガはである可能性が高い。ならば、盗賊団をまとめるボスが別にいて、取引などを裏で仕切っていてもおかしくはなかった。その際、ボスはオーガやゴブリンではなく人間ヒューマンの可能性が高い。つまりは、逃げ出す可能性があった。

 盗賊団のボスは独自の販路を持っていたりするので、逃がすとまた再興する可能性が高い。なので、今後の被害を減らすためにも必ず捕まえる必要があった。


 アネッサ達はそんな道中、オークと激しく戦うプリシラの姿を見ることができた。

 プリシラは周囲から魔法や矢を撃たれているにもかかわらず、グレートソード一本でオークと戦っている。腕や足にはいくつか深手の怪我を負っているが、それでも問題なく動いている。その戦う姿は、まさに鬼だった。あれが『狂戦士化』魔法を発動中のプリシラかと思うほどである。普段はそこまで目立たない、華奢な体に見える肉体に隠れた筋肉が隆起し、表情は鬼のような形相になっている。普段のプリシラとは異なる姿だった。まさに、『小型オーガ姫』は言いえて妙であると、納得させられるような戦う姿である。


「さあ、見とれてないで、ボスをさっさと探すぞ」


 エルマンに言われて、アネッサ達は探索を続けた。そしてようやく、逃げ出そうとする盗賊団のボスを捕獲する。馬小屋で部下を使って逃げ出す準備をしていた。


「おいおい、部下が戦ってるのに、お前さんは逃げ出そうってのかい?」

「ひ、ひぃぃ……!」


 全員が怯えている。アネッサはまるで地震の前にネズミが逃げ出すかのように見えた。


「これだけの悪行、見逃すはずが無いわ!」

「た、助けてくれぇ……! あんな……あんな、どうか命だけはぁ……!」


 どうやら、プリシラの覇気に全員が怯えたように見える。


「……彼らはどうしてプリシラに怯えているんだい?」

「……わかる気はするわ。これだけの規模のアジトを真正面から突破してくる人間なんて、普通じゃないもの」

「お、お前さんらは知り合いか?! どうかあの『小型オーガ姫』に命だけは見逃してくれるように言ってくれ! か、金ならいくらでもやるから!」


 まるで、許しを請うようなその哀れな姿に、エルマンも毒気を抜かれたのかため息をついた。


「なら、おとなしく捕まるんだな」


 こうして、ボスを捕獲し、この盗賊団はあっけなく壊滅したのだった。

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