異世界美少女の食べ歩き漫遊譚

ちびだいず

プロローグ 悪の発生とプリシラの過去

※前書き

こちらの話は読み飛ばして問題ないです。

悪の誕生秘話で、プリシラの父親がどういう人物なのかを知りたい方だけ読み進めればいいかなと思います。


───────────────────────



 ある村に種族を超えた親友が居た。

 人間とトロールの親友だった。

 名前は、アンドレイとサルマン。人間がアンドレイで、トロールがサルマンである。

 寒さの厳しい北国ではお互いに協力し合うことこそが生き残るすべであった。

 トロールという種族は、オーガよりも力があるがゴブリンよりも浅はかな頭脳を持っていた。

 だが、サルマンはゴブリン以上に賢しく、ずるがしこい方向に頭が回る人物だった。

 それでも、共に育ったアンドレイの事は信用していたし、アンドレイのおかげで周囲に自分が見下していることがばれずにすんでいた。


「はっ、俺様よりもマヌケな癖に」


 実際に口にすることはアンドレイの前以外ではなかったが、サルマンが他のトロールに比べても賢しく悪辣な性格であることの証左であった。


 一方、アンドレイは心優しい人物であった。

 人のためになるならば、進んで自分が泥をかぶるような人物だった。

 ついでに近くの家の雪をかき、ついでにおじいさんやおばあさんの世話をするようなそういう人物だった。


 サルマンとアンドレイをよく知るものにとって、二人の性格を足して二で割ったら丁度良いと言われるぐらい、二人は性格が反対だった。


 なぜ、二人が親友であるかというと、それは単に幼馴染であり、サルマンのことをアンドレイが放っておかなかったからである。

 人間は頭脳があり、細かい仕事が得意であり、一方トロールは力仕事が得意である。お互いにいい協力関係がなり立っており、その村では人間とトロールがニコイチ二人一組になって生活をするのは一般的であった。

 いや、その北国では常識的なことであった。

 人間と協力するトロールは、非常に穏やかな性格をしている。

 その中でもやはり、サルマンは異質であったといえる。


 さて、そんな二人のたもとを分かつ事件が起きる。


 それは、サルマンの妹のエディルが結婚することになったことだ。

 基本的にトロールはトロール同士でしか子をなせない。トロールと人間とではあまりにも体格差がありすぎるためである。

 そのため、結婚式の準備を行うことになったのだが、ここで悲劇が起きたのだ。


 サルマンは自分をバカにされるのが死ぬほど嫌いだった。どれぐらい嫌いかというと、「バカ」の一言で家一軒を破壊してしまうぐらい暴れてしまうほど嫌いだった。

 ただ、同じトロール同士ならばではあるし、同じトロール同士ならば抑えることができるので、問題ではなかった。ただ、腫物はれものを扱うような取り扱いにはなってしまうが。

 唯一の例外がアンドレイであった。アンドレイからなじられたとしても(そもそもお人好しが過ぎる性格上そういうことはほぼ起こりえないが)怒りはするものの暴れることはなかった。


 まあ、単にサルマンにとってアンドレイは雑種人間の中でも使える奴程度の認識で、サルマンにとって唯一尊敬できる人間であるというだけである。


 そんなサルマンの趣味は、であった。周囲に自分は頭のいいトロールだと思ってほしい承認欲求と、他のトロールをバカにしたいという浅はかな考えからくるものであるが、サルマンのキレやすさを知っている人々からすれば、うまく聞き流さざるを得なかった。

 もちろん、人間からしてみれば既知の情報であったり誤っている情報であったりを自分の知見で語りだすので、割と苦痛だったりするが、トロールからすれば、


「へぇ~。おいら知らなかったよ。お前さん頭ええんだなぁ~」


 となるだけなので、サルマンの承認欲求を満たすには充分であった。

 もう一つ、トロール以外から承認欲求を得ることができるのが村の子供であった。サルマンは子供が好きだった。バカだから。サルマンよりも無知であることが多かったからだ。

 だからこそ、結婚式の準備で力作業よりも子供の世話を自分から率先してやったのだ。


 だが、これがいけなかった。


 とある人間の子供の一言が、サルマンの神経を逆なでしたのだ。


「それって、聞いたことがあるよ!」


 プッツーン。

 サルマンのただでさえを刺激してしまった。

 そこからは惨劇さんげきの始まりだった。サルマンに預けられていた子供は大けがを負うか、死亡してミンチにされるかのどちらかであった。

 きっかけとなった言葉を発した子は、遺体が見つからなかったほどすりつぶされてしまった。

 そうして、サルマンは逮捕されたのだった。

 アンドレイは二人の娘がいたが、サルマンに預けていなかったので無事だった。

 サルマンの暴れぶりは、アンドレイすら見たことが無いほどで、国から兵士が派遣されてようやく取り押さえることができたほどであったため、村での処刑ではなく国で処刑を行うことになった。


 北の国は、トロールと人間がニコイチの国だ。

 だから、処罰には相方となる人間も連帯責任を追うことがほとんどであった。

 当然ながら、アンドレイもサルマンとニコイチであるため、サルマンとともに王城に連行されることになった。


「このものがサルマンであるか」


 この国の王は、トロールであるが、ニコイチの原則から人間側の王も存在する。側王そくおうと呼ばれ、王を補佐する役目を追っている。声を出したのはトロール王の方であった。


「はっ」


 サルマンを除く全員が膝をつき、王に対して敬意を示す。

 王の御前ごぜんであってもふてぶてしい態度を崩さないサルマンと、膝をついて頭を深く下げるアンドレイの対比は、二人のニコイチはもはや機能していないことを周囲に印象付けるには充分であった。


「して、この者が子供たちを殺戮さつりくし、他被害多数を出し、捕まえに来た兵数人を負傷させたというのは事実か?」

「はい、その通りにございます」


 側王の質問に、宰相が答える。

 基本的に頭脳労働は人間の役目であるため、重役には人間が多いが、貴族とかになるとトロールが主であることがおおいため、謁見の間にはトロールが多く見える。


「……救いが無い」


 トロール王はいまだにふてぶてしい態度を崩さないサルマンの姿にあきれ果てる。


「して、サルマンよ」

「はぁ」


 トロール王の問いかけに対して、呆けたような返事をするサルマン。


「自分が何をしたのか、理解しておるのか?」


 動機を確認するトロール王。今代のトロール王は非常に慈悲深いことで知られている。この国は北にある山の中に存在する国であり、それ故、他国から侵略戦争を受けることはほとんどないのだ。


「はぁ……? 俺様は暴れた時のことはあんまり覚えてねぇんだよなぁ」

「おい、サルマン! 陛下の御前だぞ?!」


 サルマンのあんまりにもあんまりな態度と回答に、アンドレイは困惑してしまう。アンドレイにとって、今のサルマンの開き直った姿は、今まで見たことが無かった。困惑のあまり、先に態度の方を注意してしまうほどだった。


「よい、アンドレイよ。態度についてはもうよい。話が先に進まぬ」

「は、はい!」


 人王がアンドレイをそう言ってたしなめる。つまりは、サルマンの態度は相変わらずであったわけだ。

 なんてことだとアンドレイは頭を抱えてしまう。


「で、俺様はなんで縛られてるんだ? それも鎖で」

「暴れられては落ち着いて話も聞けないからな」

「は?」


 サルマンは少しイラっとする。叩き潰してやろうかくそ爺とも思ったが、鎖で頑丈に縛られている以上は逃亡もむつかしかった。

 サルマンにとって、目上の奴は気に食わなかった。理由は単純である。

「お前らよりも賢くて強い俺様がなんで従わないといけないのだ」

 だが、その気持ちを隠してこれたのは、アンドレイの存在があったからである。この国で生きていくうえで人間とニコイチである必要性は、サルマンは十分に理解していた。それに、アンドレイほどのバ……お人好しはそうそう存在しないことも理解していた。

 だからこそ、自分を何とか隠していたし、ストレスではあったが、陰でこっそりと村のトロール達をバカにすることでしのげて来た。

 しかし、やってしまった。それも、一番大事な妹の結婚式の準備で、である。

 どちらにしても、サルマンにとって目に入れても痛くない『ペット』が妹のエディルであった。

 エディル本人からは非常に嫌われていたが、サルマンにとっては大切な存在だ。その結婚式を邪魔してしまったことについては謝りたかった。そのためには、この邪魔な鎖を何とかして逃げる必要があった。

 悪辣なサルマンは、どうにかこうにかこの場を切り抜ける方法を考えていた。


「ふむ、サルマンは死刑が妥当だろう」


 不意に、王の言葉が聞こえた。


「し、死刑、ですか……」


 アンドレイのあきらめたような声音に、ただ事ではない雰囲気を感じ、サルマンは。そのためには、ガキどもを腹立ってぶっ殺した罪を求めざるを得なかった。


「そうだ、死刑だ。サルマンよ、何か釈明はあるか?」

「……ございません」


 サルマンの言葉に、周囲はざわめく。今までふてぶてしい態度の人間から発せられる言葉とは思えなかったためだ。


「ほう、案外素直に罪を認めるのだな」

「はい、その代わり、一つお願いがございます」

「ふむ、言ってみよ」


 この国では国によって裁かれた死刑囚はなんでも一つだけ願いを聞いてもらえる習わしがあった。もちろん、潔く罪を認めた場合にのみ限るとか、色々と制約があるが、王の心証がいい場合は1つだけ願い出ることができるのだ。


「妹の結婚式を、どうか見させてください」

「……」

「私が暴れてしまった結果、台無しになってしまいました。そのことを謝るためにも、どうかお願いします。その代わり、終わり次第処刑してもらっても構いません」


 謁見の間はざわつく。

 確かに、習わしだ。法ではないので、無視してもいいが、急に礼儀正しく罪を認めた上に

 だが、普通に考えれば結婚は破談だろうし、仮に破談になってなかったとしても、結婚式は大幅に日程をずらすだろうし、そもそも台無しにした張本人に来てはほしくないだろう。

 だから、ばかばかしいと一蹴されると誰しもが思った。

 だが、ここでアンドレイがかばい建てをする。


「……サルマンは、少しだけ沸点が低い奴ですが、気さくでいい奴なんです。今回犯した罪は消えませんし、ニコイチの私も処罰されることは覚悟の上ですが、私からもサルマンの最後の願いを聞き届けてやってもらえませんでしょうか?」


 深々と礼をしつつそう擁護するアンドレイ。

 さすがにそこまで言われると、『習わし』を無視できなくなってきてしまう。

 アンドレイにとって、この判断は大きな誤りであったと思わせるようなお人好し発言であったが、今現時点でアンドレイはのだ。生来のお人好しな性格と、実際の現場や被害者の話を聞く前に王都に連行されたことが災いして、アンドレイの判断を狂わせたのだ。


「……仕方がない。ならば、ニコイチであるアンドレイ。貴様が責任をとるのだ。サルマンよ。万が一逃亡をした場合は、お前のニコイチであるアンドレイを代わりに処刑する。それで問題ないか?」

「はぃぃ! ありがたき幸せでございますぅ!」


 サルマンは目から涙を流しながら、床に頭をこすりつける。

 実際、アンドレイからの提案が嬉しかったのは事実ではあるが、目論見がうまくいきそうで嬉しくて涙が出てしまったのが事実であった。


「妹に謝罪をして、戻ってくるまで6日の猶予を与える。衛兵は最大限の警戒を行いサルマンを連行せよ」


 なぜ、エディルを召喚するのではなく、サルマンが向かうことになったかというと、「結婚式を見る」という願いの代わりだった。「最後に故郷を見る」という願いの代わりだ。

 だが、実質的にことになっており、「故郷を見る」「妹に謝罪する」の二点がかなえられることになってしまったのだった。


 だが、悪辣なサルマンにとっては逃亡するチャンスが与えられたに過ぎなかった。


 結局、アンドレイはサルマンを信じて牢に閉じ込められ、死刑囚として過ごすことになり、サルマンは拘束されて兵に連れられて3日間を過ごすことになったのだった。


「サルマンの妹、エディル殿はいるか?」

「は、はい、あたしですが……」

「サルマンは死刑となることになった。そのため、最後の願いとしてエディル殿に謝罪をすることになったのだ」

「え、なん、で」


 エディルは、嫌な可愛がり方をするサルマンが嫌いだった。人間として明らかに見ていない、まるでのような可愛がり方をするサルマンを、ずっと嫌っていた。

 だから、殺された子供たちには悪いが、暴れて連行されるサルマンを見てせいせいしていたのだ。


「あ、あたしは嫌です! あんな兄、同輩どうはいじゃありません!」

「まあまあ、死刑囚の最後の願いです」


 衛兵に説得され、エディルは困惑する。すると、アンドレイの娘であるアティナがエディルに怒り心頭で話しかけた。


「エディルさん、最後なんだし行きましょう! サルマンのせいでエディルさんの婚約が台無しになったんだし!」

「……そうね、兄さんに嫌いだってちゃんと伝えないとだしね」

「うん、それに、お父さんを早く村に戻してもらえるように訴えないとだしね!」


 彼女たちは知らない。サルマンに踊らされていることに。彼は人の善意を良いように操る天才だということに、サルマン自身も含めて誰も気が付いていなかった。


 そうして、サルマンとエディルの面談が始まった。

 だが、それはすぐさま惨劇へと切り替わってしまう。

 なぜならば、サルマンを拘束していた拘束具はサルマンのパワーに耐え切れなかったからだ。

 実際、サルマンが結構力を入れれば、拘束具がミシミシと壊れそうな音を立てたことを移動中確認していた。実験の際壊れかけたので、衛兵に自ら申告して取り換えてもらう徹底ぶりであった。

 なので、サルマンは妹との面会が終わったら、すぐさま逃走するつもりだった。


「……兄さん」

「サルマンさん」


 怒りの表情を浮かべた二人の女性ににらまれたが、サルマンは何も気にならなかった。。むしろ、かわいいペットならば叩いてでもしつけをするだろう。つまりは、そういうことである。


「どういう顔をして戻ってくるかと思いましたが、兄さんは相変わらずなんですね」


 既に、拘束されているとはいえ自由になったサルマンを目の前に、拘束されて安心しているであろうエディルはサルマンをなじる。


「あたしの結婚式を台無しにして、子供を5人も殺して、よくもまあおめおめと! サルマン兄さんはもう、一家の恥なんです! 骨も拾いませんから!」


 この国では、というよりもこの世界では火葬が一般的である。なぜならば、土葬だとアンデットになる可能性があるからだ。それは、この国でも変わりはなかった。

 だから、遺族に骨を拾ってもらうことはある種重要であった。


 さすがにここまで言われて、プッツーンときたサルマン。

 、周囲のトロール兵は滅多打ちに、人間は、エディルの襟首をつかんで持ち上げていた。


「……に、い、さ……」

「ん、ま、言い過ぎるなよってことだ」


 ポイっとサルマンはエディルを投げ捨てる。

 なんか、ボロボロのエディルを見て、かわいくなくなってしまった。


「おっと、アンドレイには申し訳ないが、俺様はこんな国からはおさらばするぜ。エディル、達者でな~」

「……か、は……!」


 もはや、サルマンを拘束するものは何もなかった。

 普通のトロールだったはずのサルマンが、なぜ兵士たちを完膚なきまでに叩きのめすことができたのかも謎であったが、


「るんるん~~♪」


 ブチ切れて、当たり散らした結果気分がよかったサルマンは、兵士から状態がよさそうな鎧をはぎ取り身にまとう。ここまで壊滅させるつもりはなかったが、結果オーライである。

 アンドレイには申し訳ないが、自分の代わりに処刑されてもらおう。あいつのことだし、どうせ生き延びられるだろうが、それだったらサルマン的にも全然オッケーだった。


「さてと、俺様の理想郷、探さねぇとなぁ!」


 気分は冒険者だ。

 それも、底辺のごろつきがなるような無様な冒険者ではなく、新天地を目指して冒険をする冒険者だ。

 こんな暮らしにくいカスみたいな国ではなく、サルマンが何をやってもほめたたえられる自由な国に向かうのだ!

 そのためには、から面倒くさいが逃げおおせなくてはならない。だから、兵士から鎧をはぎ取り、身分を隠す必要があった。


「じゃあな、あばよ♪」


 こうしてサルマンは村を去ったのだった。

 遅れて2日後、サルマンの逃亡が周知される。

 アンドレイは牢獄内でそれを知り、絶望する。何より、自分の娘が居の一番に叩き潰されて殺されたことに、絶望した。


「あ、ああぁ、あああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁああぁああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああっっっ!!!」


 絶望に慟哭するアンドレイに、他の囚人は何も言えなかった。少なくとも、彼らは人間の心はあったからだ。

 長年連れ添った親友に、こんなにも簡単に裏切られ、愛娘まで無残に殺されるなんて、アンドレイは

 自分のお人好しが、ここまで残酷な結果を招くだなんて、思っても見なかった。


 後悔と絶望に塗れたアンドレイは、自分のまき散らした汚物に塗れて気を失ったのだった。


 事件から1か月後、アンドレイは釈放された。

 ニコイチの責任を取るためである。

 アンドレイに課せられた罰は、

 だが、釈放されたアンドレイの瞳に、光は灯っていなかった。

 何度か自害の兆候が見られ、落ち着くまでがちがちに拘束されていたのだ。


「アンドレイよ。本日、そなたは釈放される。その代わり、悪鬼サルマンの討伐を命じる」

「……」


 アンドレイは両手を拘束されていた。

 その風貌の変わりように、王も側王も一瞬たじろぐほどであった。


「悪鬼サルマンの討伐がなされることにより、そなたの責務は果たされ、神もそなたを許すだろう」

「……」

「サルマンは、既に国外を脱出して南に下っていると聞く。そなたの冒険に役に立つように、通行手形および武器、防具、金銭の支給を行おう。だが、ひとたび国外に出てしまえばこちらから支援はできぬ。冒険者となり、自力で何とかせよ」

「……」

「本来であれば、仇討あだうちは禁物であるが、わが国ではサルマンはすでに盗賊およびそれに類する人物として指名手配をしておる。生死を問わず、賞金を出すことになっておる。ゆえに、遠慮する必要は無い」

「……」

「宰相」

「はっ、それではアンドレイ。こちらに」

「……」


 アンドレイは、暗い瞳を宰相に向ける。

 宰相はサルマンを逃したのは国の責任であるのに、ひどい話だと思いつつも、これがアンドレイの復讐になり、それが彼の心を回復させることを祈らずにはいられなかった。


「アンドレイ、お前のもう一人の娘のプリシラは元気だ。残された二人はお前の責務が果たらされるまで国が面倒を見るから、安心してほしい」

「……わかった」

「プリシラには会っていくか?」

「……いや、今のの顔を見せられないさ」


 アンドレイの一人称が『私』から『俺』に代わっていた。

 あのお人好しのアンドレイは、のだった。

 拘束具が解かれたアンドレイに、国が用意した武器や防具、服や手形などが渡される。

 本来であればアンドレイの物言いは不敬でしかないが、最愛の娘を失ったアンドレイにそれを指摘するのは野暮というものであった。


「じゃあ、俺は行くよ」


 アンドレイは責務を果たすために旅に出た。

 アンドレイはもはや、生きる屍であった。


 それが、物語の始まりであった。

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