告解

猫川 怜

プロローグ


木で出来ているドアなのに、いや木で出来ていても重いドアはある。

 重いのは俺の心だ!

 小さな小窓のある一人がけの木製の椅子に、座布団のようなクッションのある部屋へ俺は入った。

 暫くして小窓が開いて、中年の男らしき声が聞こえてきた。

「父と子と聖霊の御名によってアーメン。神は罪人に許しを与えられます。あなたの犯した罪を告白してください」

 俺は、言葉が中々出てこなかった。

 しかし、あのドアを開けてこの部屋に来たんだ。

言わなければ、楽にはなれないだろう。

 あっあの神父さま、おっ俺、人を殺しました。

 暫く、沈黙の時間が続いた。

どれだけの時間がたったのか、恐らく数分経つか経たないくらいだろうが、俺には何時間にも感じた。

 「続けてください」

 俺は少しあっけにとられた。人を殺した人間が格子の向こう側にいるというのに神父の声は落ち着いているし、暖かみを感じるのだった。

 俺は、決意を決めた。

「神父さま、俺は今日、友を殺しました。俺の手で縄にかけて」

 格子の向こう側にいる神父は無言のまま聞いている。

「実は俺、刑務官で、今までにも何人か処刑してきているんですが、今回は・・・・・・」

 おかしな事だと俺は思う、泣きたいのに泪が出ない。

「あなたは、職務を果たしただけです。わたしは、あなたを罪とは定めません」

 神父から返ってきた言葉は、もっともなのだがそれで不に落ちていれば俺はこんな所には来ていない。

「神父様、多くの凶悪犯の刑を執行してきました。最期まで悔い改めないで刑場で暴れたり、だけどあいつは・・・・・・」

「どのような方だったのですか?」

 神父の声が、少し暖かく感じた。

「はい、そいつは強盗に強姦、あげくには殺人ととんでもない罪を犯して、死刑判決を受けて俺が担当する死刑囚舎房へやってきました。」

「その方があなたの友ですか?」

 神父の言葉に、俺は目頭が熱くなるのを感じた。

「はい、最初は手の付けられない奴でしたが、観念したのか次第に変わっていったんです。死刑囚というのは何時執行されるか分らない、刑を待つ間は狭い独居房ですることがないので本を読んだり書き物をしたり、絵を描いたりと様々ですが、あいつは、いつ頃からか本を読みふけるようになったんです。中学までしか出てないあいつは、よく俺に漢字の意味を聞いたりしてきて国語辞典や漢和辞典の使い方を教えたりしました」

「あなたは、とても優しく素晴らしい事をしましたね」

 俺は、目頭が熱くなっている。そして、身体が火照るように熱くなっている。

「受刑者を更正させるのも職務です。だけど塀の外では極悪人と呼ばれたあいつがどんどん真人間どころか、まるで聖者のようになっていったんです」

身体の火照りは俺の罪の炎なのだろうか? 少し、息切れもするほど俺は興奮していたんだろう。神父はゆったりとした口調で格子の向こうから小声で言った。

「時間は、十分ありますから落ち着いて、ゆっくり話してくださいね」

 その言葉に、少し不思議な感じがした。まるで俺が、ここに来ることが解っていて、この告解室は見えない力によって予約でもされているのかとさえ感じた。

「ある日、あいつはいきなり聖書を読みたいと言ったので、図書室に取りに行って渡しました。しばらくして、キリスト教の教誨を受けたいと願い出てきたんです」

 かすかに見える向こう側の部屋で神父が頷くのが見えた。

「教誨を受けている間いつも俺は脇について見張りをしていましたが、聖書を朗読したり、祈ったり、聖歌を歌ってるときの目を見ると本当に罪を悔い改めているのが解るというか、感じるというか、その別人になっていたわけです。そんなあいつを殺してしまった自分の手が憎くて、憎くて仕方ない・・・・・・」

 反対側からゆっくりとした声が返ってきた。

「その方は、あなたにとって大切な人だったのですね?」

 俺は、その言葉で全身に震えが走り、泪が溢れてきた。

「今日、俺はあいつの首に縄をかける役目をしました。最期の教誨を終えて、前室で所長が命令書を読み上げる時も大人しくしていました。目隠しをされて刑場に連行されてきて、俺が縄をかけようとした時、今田さんありがとうございましたと小声で呟いたんです。何故、俺と分ったのか不思議でもありますし何というか、あいつは分っていたのではないかと」

 俺は、息が切れていた。もう、これ以上声が出ないくらいに

「彼は、天国に行った今でも、あなたに感謝していますよ」

 俺は、目頭が熱くなり、気がついたら泪がこぼれ始めていた。

そして、小さな声で、声にならぬかならないのかという声で言った。

「神父さま、これが俺の犯した罪です」

 格子の扉が開き、手が出てきて十字を切りながら神父の声が響いた。

「父と子と聖霊の御名により、あなたのすべての罪の許しを宣言します」

 俺は、その手を握りしめていた。

「また、来てもいいですか?」

 手を握り返して神父は答えた。

「いつでも来て下さい。歓迎します」



 俺が、初めて教会を訪ねてから何年になるのだろう? 

「司祭叙階おめでとう今日から晴れて君も神父様だね」

あの時、告解室にいた神父、高野神父が今では俺の先輩になる。

俺は、あの後、刑務官を辞めて神父になる道を選んだ。

自分で考えても不思議な人生だと思う。

「今日から拘置所で教誨師をすることになったそうだが、激務だろうが無理しない程度に頑張りなさい」

「はっはい俺・・・・・・わたしに出来る限りがんばります」

 こうして、かつては、刑務官として制服を着て勤務していた拘置所に、今度は、教誨師として司祭平服(カソック)を着て足を運ぶ生活がはじまった。

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